第109話
時間を見つけ、リュートは魔法科がいるオラン湖へ、出向いていた。
一人で行かせると、とんでもないことを、起こす恐れもあると、セナも付き合っていたのである。
すでに、目的の一つでもある宝箱を、見つけていたのだった。
一班には、余裕ができていたのだ。
勿論、剣術科では、他の班たちは、体験学習を続行していた。
森の中で、宝を探し回っているバッサとエリザ。
バッサの全身に、色とりどりなペイントが掛かっている。
木に、かけられている蔓を調べているところ、頭からペイントが、流れ落ちてきたのだ。
以前、トリスが仕掛けた罠に、掛かっていたのである。
とても、簡単な罠になっていた。
無様な自分の姿に、バッサが顔を歪めている。
ベトベトで、気持ち悪いのだ。
罠が、仕掛けられていることにも驚きだが、それ以上に、容易に罠に引っ掛かっているバッサに、呆れているエリザだった。
「何、やっているのよ……」
「……面目ない」
マヌケないでたちに、エリザが嘆息を吐く。
「このまま、行くわよ」
「えっ。この格好で?」
エリザが、ジト目で睨んでいた。
途轍もない圧を、ヒシヒシと感じている。
時間が、なかったのである。
「負けられないのよ」
「……わかりました」
反論を言える立場ではない。
「だったら、行くわよ」
「はい……」
うな垂れながら、エリザの後を、着いていくバッサ。
オラン湖では、傷だらけのカーチスを捉えた瞬間、リュートが駆け寄っていた。
全身の至るところが、傷だらけだったからだ。
無数に、治療を施した跡が、顔に残っていた。
気遣うような眼差しを、注いでいるセナ。
リュートの後に続き、近づいていったのである。
「どうした? 誰に、やられた?」
「……」
問いかけられても、答えられない。
徐に、諜報員たちとやりあったのかと、巡らせたのだ。
そうした場合、報復しなければ、ならないと抱いたからだった。
「それとも、トリスの罠に、引っ掛かったのか?」
「……」
「カーチス?」
親身に窺っているリュートだ。
「……いや。違う。大丈夫だ、気にするな」
痛ましそうな双眸で、セナが、カーチスを、上から下まで注いでいる。
ある程度、治療を施されているが、全身、傷だらけだったのだ。
(随分と、カレンにやられたようね……)
引きずるように、連れて行かれた姿を、眉を寄せながら、思い返している。
(ご愁傷様)
一生懸命に、何でもないと、笑おうとしていた。
だが、傷に痛みがあるようで、歪んでいるようにしか見えない。
無理にしている様子に、ますます困惑していった。
カレンにやられたと、リュートは気づかない。
「本当にか?」
「本当に、気にするな。そして、考えるな。無視しろ」
「……わかった」
とうとう面倒臭くなって、考えることを諦めた。
「よしっ」
「で、ブラークとキムは?」
少し離れた場所で、とても暗い顔で、沈んでいたのである。
その周辺では、魔法科の生徒たちが、各々で、動き回っていたのだった。
暗い二人を、気にする素振りがない。
完全に、放置していたのだ。
目を細め、見つめているセナだった。
ある意味、異様な光景でもあった。
「……あれも、気にするな」
渋面しているカーチスだ。
「そうなのか?」
「そうだ」
「わかった」
カーチスの言葉に、素直に応じていた。
(何で、素直に従うのよ……)
未だに、魔法科でのリュートの立ち位置が、見えないセナである。
セナの顔には、疲れも、滲ませていた。
「リュートと、セナじゃない? どうしたの?」
三人の前に、忽然と、カレンが姿を現した。
その形相は、とてもにこやかだった。
「遊びに来た」
「その付き添い」
「そう」
突如、カーチスが、硬く口を閉ざしていた。
セナは気づくが、二人は気にせず、喋っている。
「精霊呪文の方は、もう、大丈夫なのか?」
「勿論」
満面な笑顔を覗かせている。
突然、現れたリュートに、コツを教えて貰い、その後は、ひたすら練習をし、あれほど苦戦していた精霊呪文が、完璧に仕上がっていた。
「そうか」
「えぇ。カーチスも、付き合ってくれたのよ。それで、随分と、上達したみたい」
「そうなのか……。それで、傷だからだったのか」
「そうなの。身体を張ってくれて。そのおかげで、上手く、精霊呪文を、使いこなせるようになったの。ね、カーチス」
微笑むカレン。
どこか、有無を言わせない空気を、まとっている。
けれど、そうした空気感に、気づかない。
「……ああ。そうなんだ」
完全な棒読みにもかかわらず、不審に、思わないリュートだった。
「ブラークたちも、手伝ったのか?」
「いいえ。ブラークとキムは、自ら反省している最中なの」
パチパチと、リュートが瞬きを繰り返す。
「自ら?」
「えぇ」
「ブラークとキムが?」
「勿論よ」
ずっと、カレンが笑っている。
だが、目が笑っていない。
意外過ぎる二人の行動。
リュートが、目を丸くしていた。
「そうなのか。随分と、大人になったな」
「そうなのよ」
リュートとセナが訪れる前に、ラジュール以上の圧で、カレンが、説教を二人に施していたのである。
長時間に渡ってだ。
その間、魔法科の生徒たちは、慣れたように、それぞれに行動していた。
ようやく、解放された二人。
魂が抜けたように、ぐったりと、うな垂れていたのだ。
「トリスと、クラインは?」
「あそこよ」
クラインから、簡単なレクチャーをして貰い、精霊呪文を使えるようになり、トリスは真面目に練習をしていたのである。
次の、カレンの的に、ならないように。
クラインは、まだ、不慣れさが残る仲間に、丁寧に指導を行っていた。
勿論、理由は、トリスと同じだった。
「もう完璧に、なっているんだろう?」
「えぇ」
「教える方に、廻らなくっても、いいのか?」
ふとした疑問を、投げかけた。
いつも、クラインと同様に、指導する方に、回っていたからだ。
「ブラークとキムは、まだ、動ける状態じゃないから、カーチスを見てあげようと、思っていたところなの」
「そうなのか」
カレンの言葉に、フリーズしている。
「何、カーチス?」
微笑みを巡らされ、さらに、落ち着きがない。
「……え、あ、……大丈夫だよ、カレン。リュートが、来てくれたから、リュートに、見て貰うから」
必死に、言い繕っている姿に、妙に、痛ましく映って、見えるセナだった。
(藪蛇よ、それじゃ)
「カーチス。私じゃ、不満なの?」
これ以上ないぐらいに、笑顔を滲ませている。
「……いいえ。……ただ、カレンが、大変かなって」
段々と、にこやかなカレンを、見ることが怖くなっていく。
徐々に、視線をはずしていった。
「大丈夫よ。私は、元気だから。リュートも、そう見えるでしょ?」
促され、素直に、胸を張っているカレンに、双眸を注ぐ。
「……そのようだな」
「でしょ。だから、カーチス。一緒にやりましょうね」
「……はい」
有無を言わせないカレンに、連行されていくカーチスを窺い、セナが憐れんでしまう。
「忙しそうだな」
「そのようね」
「帰るか」
「そうしてくれると、助かるわ」
二人は、剣術科が、滞在しているところへ、戻っていったのだった。
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