第106話
急いで、カレンが、爆音がした方へ、向かっていると、その場に立ち尽くし、見上げているトリスの姿を、捉えることができた。
無事を確認でき、ホッと、息を吐くカレン。
徐々に、スピードを落としていった。
上がっていく爆風や、煙などを、窺っている姿に、近づいていく。
「トリスは、大丈夫みたいね」
「カレンか」
隣に立ち、安堵の表情のカレンに、視線を注いでいた。
見る見るうちに、カレンの形相が変化していく。
「いい加減に、しなさいよね。あちらこちらに、罠を仕掛けて、危ないじゃないの」
「大丈夫だよ。村の中では、ちゃんと、威力は落としている。その代わり、音はデカく、鳴るように、仕掛けているけどね」
全然、悪びれる様子がない姿に、頭を抱えていた。
何度も、村の中に仕掛けるのを、やめるように、注意を促していたのである。
けれど、受け入れられたことがない。
トリスなりに、村の中に仕掛ける際は、細心の注意を払いながら、罠を仕込んでいたのだ。
先ほどの爆音は、生徒たちを探っている諜報員が、引っ掛かったものである。
その罠の具合を、冷静にトリスが、分析していたのだった。
「あのね……」
ただ、笑っているだけのトリス。
ムッとしているカレンだった。
「「「大丈夫か」」」
カーチスたちが、駆けつけていたのである。
三人の背後から、クラインも姿を現した。
クラインが、小さく笑っていたのだ。
「大丈夫そうだね」
四人で、戻っている途中で爆音がし、その方向が、トリスがいた方だと、クラインから聞き、カーチスやキムが心配し、トリスの様子を確認しに来たのだった。
「大丈夫だ」
ニコッと、笑顔を滲ませている。
「諜報員か、先生が、引っ掛かったようだね」
何気なく、クラインが口にした。
「「「だな」」」
「ホント。トリスが、無事でよかったわね」
とびっきりの笑顔をカレンが、カーチスたちに振舞っている。
ここに来て、ようやく、カレンの存在に気づく三人。
瞬時に、凍りつく面々。
笑顔を崩さないカレンだ。
異様に、カーチスの様子だけ、ソワソワして、おかしい。
気遣うような眼差しを、ブラークやキムが注いでいる。
クラインが、トリスの姿を捉えたと同時に、カレンの姿も、確認していたのだった。
言葉にできない三人に代わり、クラインが口を開く。
「カレンも、来ていたの?」
「えぇ」
短い返事をし、眉を寄せているクラインから、落ち着きのないカーチスたちに、視線を巡らす。
笑っていない、カレンの目。
三人に、戦慄が走っていた。
何も、命じられてもいないのに、瞬く間に、三人がカレンの前で、正座をしてしまう。
そんな三人の行動に、クスッと、笑っているトリスとクライン。
いつもの、何気ない、光景の一つでもあったのだ。
冷めた双眸で、三人を見下ろしている。
うな垂れ、三人共に、顔を上げない。
カレンの形相を捉えることが、恐怖で、できなかったのだ。
「ねぇ。合コン、楽しかった?」
いきなり、真をつく言葉に、三人が息を飲んだ。
フリーズしたまま、どうして合コンのことを把握しているのかと、三人が目を見張っている。
「随分と、楽しく、会話が進んだようね?」
笑顔を振りまく。
だが、目の奥が怖い。
「「「……」」」
合コンの内容まで、知っていることに、瞠目していたのだ。
三人同時に、カレンの背後にいるトリスに、眼光を送っていた。
喋ったのかと。
居た堪れない状況に落ちつつも、辛うじて、咎める余裕が、出てきていたのだった。
黙ったまま、トリスが首を横に振っている。
「トリスじゃないわよ」
(((じゃ、誰だ?)))
犯人がリュートだと、三人は知る由もなかった。
「誰でも、いいでしょ? 必要なことなの?」
とても冷え冷えとした空気を、カレンが醸し出している。
行動を見透かされ、三人が、乾いた笑いしか出てこない。
「まず、じっくりと、お話を聞きたいわね」
とても低い声音で、三人の背筋に、悪寒が広がっていく。
笑顔のままのカレン。
ひと際、慄いているカーチスに、顔を近づけた。
「とりあえず、カーチス」
指名され、絶句しているカーチス。
そして、仲間たちに、助けを求めるが、誰一人としていない。
ブルブルと身体が震え、拒絶反応を示していた。
形相は、必死だった。
見捨てるなと。
それでも、ブラークやキムは、視線を合わせようとしなかったのだ。
「何しているの? カーチス」
優しい声音で、問いかけた。
ほぼ、鼻が、くっつきそうな距離だ。
ガダガダと震え、眼光が、揺れているカーチス。
瞳の奥が、キラリと光っているカレン。
ブラークやキムが、憐れむ顔を覗かせている。
トリスも、クラインも、同情的な表情を漂わせていた。
けれど、誰一人として、かかわろうとする者がいない。
有無を言わせない、笑顔のまま、じっとカーチスを見つめている。
「……何でも、ありません」
ようやく、観念したのだった。
がっくりと、カーチスがうな垂れている。
「そう。行こうか」
返事を聞かず、カレンがカーチスの首根っこを掴んだ。
引きずるように、森の方へ連れて行った。
声にできないカーチス。
必死の形相で、助けを求めるが、ブラークやキムは、手を振っていたのだった。そして、トリスとクラインが、声に出さないように、頑張ってと、口を動かしていたのである。
友達を見捨てた四人。
誰も、怒ったカレンを、止められる者など、いなかったのだ。
「卑怯者!」
カーチスが叫ぶが、誰一人として、動かなかった。
「うるさい。黙っていなさい」
カレンに窘められ、黙り込む。
段々と、二つの影が、小さくなっていき、見えなくなっていった。
「大丈夫かな、カーチス」
少しだけ、心配げな双眸を、二人が消えていった森へ、巡らせているキムだ。
「大丈夫じゃないだろう。カレンも、相当、怒っていたし」
僅かに、ブラークが顔を強張らせていた。
「それは、二人にも、言えることだな」
呆れながら、トリスが突き放した。
胡乱げな、二つの視線。
まだ、置かれている状況を、把握していなかったのだ。
「カレンは、とりあえずって、言っていただろう」
クラインが、答えを提示した。
「「……」」
渋面している二人に、容赦がない二人。
「カーチスの後は、ブラークとキムだろうな」
「そうだね。ま、カーチスよりは、幾分、ラクかもしれないけど」
「だな」
「「……」」
キムより、回復が早いブラークが、納得いかない形相を注いでいる。
お前らも、だろうと。
けれど、二人は、平然としていた。
「俺たちは、付き合わされた側って、カレンだって、見通しているから」
飄々としているトリスだ。
「ブラーク。カレンに、知られた以上は、覚悟しないと」
「でもよ……」
ブスッとしたままだった。
クラインが、首を竦めていた。
「カーチスを巻き込むって言うことは、こういうことでしょ? ある程度は、覚悟していたはずでしょ」
彼女がいるカーチスを巻き込み、面白くなれば、いいと、ブラークは思っていたのである。
素直に、打ち明けない、二人に対し、意趣返しでもあったのだ。
「……そうだけど」
「しっかりと、怒られて来い」
大きく、ブラークが嘆息を吐いた。
「わかった」
諦めたブラークが、うな垂れているキムを促し、帰っていく。
二人の足取りは重い。
その後を、クラインと、罠の補強を諦めたトリスが、ついていったのだった。
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