第105話
薄暗い道を、歩いていくリュート。
先ほどより、人通りが、さらに、少なくなっていった。
不意に、慣れた気配が二つ。
「何だ?」
段々と、近づいてくる。
立ち止まって、待っていると、セナとカレンだった。
二人は、ローブをしっかりと纏い、その下には、いつ、何が起こっても、対処できるように、武器などが、備えられていたのである。
「どうした?」
何気なく、尋ねた顔に、二人が憤慨していた。
「「どうしたじゃないわよ」」
わからないと、リュートが首を傾げている。
捲くし立てるように、二人が喋り出した。
きょとんとした顔に、なってしまう。
二人の話を黙って、聞いていたのだ。
けれど、同時に喋っているせいで、全て把握することができない。
(……怒っているのがわかるが、何に、怒っているんだ?)
眼光鋭い二人。
その中でも、カレンの方が険しかった。
若干、目を細め、眇めて、問い質している。
「ところで、カーチスは?」
「たぶん、帰っている?」
やや首を傾げ、自信がないリュートだった。
酒に酔い、千鳥足だったことを、脳裏に掠めている。
まっすぐ帰ったはずだが、気が変わり、酒場にいって、ナンパしている可能性もあった。
「帰っていない可能性も、あるってこと」
とても、冷え冷えとした声音だ。
カレンの周囲には、絶対零度の冷気が漂っている。
隣にいるセナの表情が、僅かだが、引きつっていたのだった。
その中でも、リュートの形相だけが変わらない。
チラッと窺ったセナが、信じられないと言う顔を滲ませていた。
「……うーん、その可能性もあるな」
「……」
今にも、武器を片手に、動き出しそうなカレン。
(……魔法科の生徒って……)
「……大丈夫? カレン」
気遣うような双眸を、セナが巡らせている。
そして、悪びれる様子もないリュートだ。
キイッと、半眼している。
いきなり、セナに睨まれても、何で、睨まれているのか、理解できていない。
(なぜ、睨む? 抜け出すのは、大して、いつもと変わらないぞ?)
抜け出す、当初の計画では、魔法で、近辺にいる全員を、眠らせようと、画策していたが、セナやダンたちが爆睡していため、使用することがなかったのだ。
そのまま、歩いて、抜け出してきたのだった。
その後、セナが目を醒まし、リュートがいないことに気づき、捜し回っていたのである。そして、その途中で、カーチスたちを捜していたカレンと出くわし、合コンが行われている場所を、一緒に探していたのだ。
「何、勝手に抜け出しているのよ」
「別に、カーチスたちに、呼び出されたから」
「だからって、行くことはないでしょ」
物凄い剣幕で、話が止まらないセナだ。
(何で、こんなにセナは、怒りん坊なんだ? ……同じだから、カレンとも合うのか。なるほど)
合点がいき、小さく、口角が上がっている。
そんな姿に気づかず、喋る勢いが止まらない。
「頭数が足りないって、言うから」
「頭数って」
「カーチス。凄く、合コン楽しみにしてからさ」
カーチスと言う名に、ピクンと、カレンの身体が反応する。
頬が、引きつりそうになるのを、セナが必死に堪えていた。
「……そんなに、楽しみにしてたの?」
やや顔を伏せているカレン。
怒りをぶつけられながらも、意に返さなかったリュートから、顔を窺うことができない。
ただ、隣にいるセナだけが、能面のような顔を、見ることができたのだった。
「そうだ。物凄くな」
のん気に、笑顔を覗かせていた。
疲れた顔してセナが、バカと呟くが、気づかない。
軽やかなリュートの口が、閉じることがなかった。
「カーチスのやつ。張り切って喋っていたぞ。向こうも、カーチスに、いい印象が持てたはずだ」
このところ、ナンパが上手くいっていなかった、カーチスたちが沈んでいたので、久しぶりに上手くいった状況に、単純に喜んでいたのである。
「大成功だった?」
「そうだな」
「へぇー。それは、羨ましいね」
「そうだろう」
「進みそうなの? その女性と」
「カーチス次第じゃないのか?」
「そんなに、上手い具合に、ことが運んだのね」
「ああ」
共感できて、リューと一人だけが、ニコニコとしている。
軽い眩暈を、セナが起こしていた。
まだ、知り合って間もないが、何となく、カレンがカーチスのことを、好きなことは感じていたのである。それなのに、カーチスのことを、バラす能天気な姿に、脱力感しかない。
(知らないから。リュートの友達が、どうなっても……)
チラリと、カレンの様子を窺う。
メラメラとする炎が、彼女の背後で、燃え上がっていた。
(大丈夫かしら? ホントに)
カレンの殺気を感じたようで、リュートも、瞬きさせている。
「何、怒っているんだ?」
「……別に……。いいえ。怒っているは、勝手に、抜け出したから」
「ま、いつものことなんだし、そんなに、目くじらを立てるなよな。せっかく、いい思いをしたんだから」
「いい思いね。わかったわ」
ニコッと、カレンが微笑む。
だが、その目が、笑っていない。
物凄い殺気を、漂わせていた。
「とにかく、今回は……」
言葉が、途中で、途切れてしまう。
デカい爆音が、響いたせいだ。
「何?」
突然の爆音に、訝しげるセナ。
リュートとカレンは、物怖じしない。
平然と、爆音がした方へ、視線を傾けていた。
「また?」
「今日は、やけに出てくる」
うんざり顔を、リュートが滲ませていた。
わかっている二人。
わからないセナが、ムスッとしたままだ。
「捜している最中、何人か見かけた」
リュートの話に、顔を顰めているカレン。
「捕獲して、渡しておいた」
「また、無茶をして」
「別に、無茶はしていない」
ムッとした顔だ。
改めて、リュートのいでたちを窺うと、服が、ボロボロになっていたのである。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの?」
慌ただしく、セナがリュートのことを心配している。
それに対し、カレンは、大して心配した様子がない。
ある意味、見慣れた光景でも、あったのだ。
「平気だ。大したことはない、治療だって、終えている」
促され、よくよく見ると、傷は、塞がっていたのである。
ようやく、安堵の息を吐いた。
「大丈夫よ、セナ。無茶をするだけで、諜報員に、やられることはないから」
信頼しているカレンの眼差し。
「諜報員って……」
セナの目が、大きく見開く。
「知らないの?」
逆に、カレンも、驚愕していた。
チラッと、リュートを睨み、何とも言えぬ顔を、愕然としているセナに、巡らせていたのだ。
現在、学院が置かれていることを、掻い摘んで説明してあげる。
耳を済ませ、カレンの説明に、真摯に聞いていた。
頻繁に、村に遊びに行くリュートたちは、かなりの確率で、諜報員たちと出くわし、捕獲していたことを過去も、同時にバラしたのだった。
(だから、戦闘に、慣れていたのね……)
ジト目で、リュートを睨んでいたのだ。
「何だ、その目は?」
納得いっていないリュート。
「当たり前でしょ? 何で、説明してくれなかったのよ」
憤慨している姿に、カレンが哀れむ眼差しを注いでいた。
自己チューなところがあるリュートに、説明を求めても、性格上、無理だと抱いていたのである。
「気がつかない方が、悪い」
気づかない、自分も悪いと言う気持ちもあるので、セナが、キツく唇を噛み締めていた。
「ところで、この爆音は、カーチスたちかしら?」
「違うだろう。方向が違う」
「そう。じゃ、どこかの諜報員が、トリスの罠に、引っ掛かったのかしら?」
「その可能性もあるし、気づかず、先生たちが、引っ掛かった可能性もある」
「……そうね」
「先生たちにも、教えていないの?」
胡乱げな眼光を、巡らせているセナ。
「当たり前だろう。先生から、逃れる罠でも、あるんだからな」
「「……」」
微妙な顔を、滲ませる二人だった。
「でも、あの方向は、トリスがいった方向だから、トリスのやつ、出くわしたのかもな」
心配する様子もないリュート。
徐々に、眉を潜めているカレンだった。
「少し気になるから、様子を見てくる」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。昔は、何度も、手伝わされたんだから。それに、深入りはしないつもりよ。一応、遠目から、見るつもりだから」
「そうか」
「えぇ」
リュートと話し終えると、カレンが、セナの方へ顔を傾ける。
「じゃ、私は、ここでね」
「本当に、大丈夫なの?」
心配の色が、消えない。
「平気よ。リュートたちと違って、無茶はしないから。それに、自分の力は、わかっているつもりよ」
ニコッと、笑顔を覗かせ、瞬く間に、二人の前から、爆音がした方へ駆けていった。
その姿を、違う形相で、二人が見送っている。
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