第103話
「……俺は、貴様のせいで、いつも、二番手扱いだ。お前がいれば、あーだった、こーだったと、いつも、言われ続けたんだぞ」
相当、溜め込んでいたせいで、身体も、震わせていた。
そんな中、ラジュールだけが、溜息を漏らしている。
くだらないと、無言で示していたのだ。
ますます、ザックを苛立てさせた。
「……俺が、どんなに、歯を食いしばって、頑張っても、お前がいれば、もっと、スマートにできたとか……。いつも、言われ続けていたんだぞ。……その時の俺が、どれほど、悔しかったか……。挙句、お前がいれば、もっと功績があったと言われ、俺が、どんなに惨めだったのか……」
悔しげに、歯を噛み締めている。
(((ただの妬みじゃん)))
リュートたちや、諜報員の何人かも、ザックの吐露に、フリーズしていた。
彼ら全員が、正式な諜報員ではない。
国の騎士団に所属し、どうしても、リュートの情報を手にしたいと言う上層部が、優秀なザックたち、騎士団のメンバーを、学院に送り込んできたのである。
名指しされたザックの方も、長年、鬱屈とした思いを馳せていた、ラジュールの顔を見てみたいと抱き、この件を引き受けたのだった。
だが、ラジュールと対面した瞬間、今までの思いが、一気に爆発してしまったのだ。
「バカか」
呆れた顔で、ラジュールがはっきりと言い切った。
ばっさりと、切り捨てられ、絶句している。
「……バカだと……」
血を吐くようなザックの声だ。
それでも、ラジュールの表情が崩れない。
嫉妬に、顔を歪めているザック。
憐れむような顔を、リュートが注ぐ。
「愚だ愚だ言ってないで、勝負だ」
乱暴に、吐き捨てた。
「愚だ愚だ言った、憶えがない」
冷静に、返答したラジュールだ。
ますます、怒りに火をつけていった。
「……」
張りつめていた糸が切れた瞬間、ザックの身体が動いていた。
咄嗟に、殺気のこもったザックの攻撃を、マントを翻しながら、するりと交わす。
軌道をそれた呪文。
ラジュールの背後にあった、木に当たり、爆発と共に、衝撃があった場所が消滅していた。
まともに当たっていたならば、ラジュール自身、ただではすまない威力である。
けれど、その表情は、ケロッとしていた。
交わされても、ラジュールに対する攻撃の手をやめない。
魔法攻撃と、剣技を駆使し、巧みな攻撃を仕掛けている。
勿論、ラジュールも、応戦していた。
徐々に、周りの木々や、地形が変わっていった。
部下の諜報員や、リュートたちは、置いてけぼりだ。
ザックは、目の前のラジュールしか、視界に入っていない。
「リーダーが、我を忘れるなんて……」
今まで、見たこともない姿に、放心状態の部下たちだ。
「……ザック様のことは、置いておき、私たちは、生徒を捕獲します」
いち早く復帰した者が、的確に指示を出していった。
その声に、促されるように、止まっていた動きが、再開されるのだった。
リュートたちは、すでに、いつでも臨戦態勢に入れる状態を、保っていたのである。
襲い掛かってくる諜報員たちに、まごつくことがない。
ザックの下にいた男が、的確に、部下たちを、分けていった。
「何、よそ見をしている!」
目の前の決闘に、集中していないラジュールに対し、怒り狂っている。
(面倒なやつだ)
目が充血しているザックを相手にしながら、リュートたちの様子を、しっかりと窺っていたのだ。
そうした行為も、ザックにとって、癇に障っていた。
バカに、されたようでだ。
その間も、周りの光景が、変わっていく。
荒れていく森の様子に、嘆息しか出てこないラジュールだった。
「一応、教師だ。生徒の安全を見守るのも、役目だからな」
淡々と、当たり前のことを口にした。
もっともらしい意見に、ふんと鼻であしらった。
ザックの頭の中では、自分の部下たちが、確実に、目の前にいる生徒たちを、捕獲している映像しか映っていない。
だから、目の前にいる、最大の敵でもあるラジュールに、集中していたのだった。
「だったら、俺を倒してから、生徒たちを、守ればいいだろう」
「そうさせて貰う」
激しい戦いを、繰り広げているラジュールとザックだ。
二人の戦闘から、少し離れた場所で、リュートたちの戦いも、砂埃を巻き上げながら始まっていたのである。
双方とも、仲間と連携しながら、隙を与えることもない。
無駄のない、素晴らしい戦いをしていた。
魔法を、使用しないと言う縛りをつけたまま、リュートは剣のみだけで、相手をしている。
学び出したばかりで、荒削りだが、相手に、後れを取ることがない。
落ち着いて、リュートが戦っている。
その光景を、確かめたトリスとクラインも、自分の闘いに、意識を傾けていった。
油断や、隙を与えて貰えない相手だと、瞬時に、読み取っていたのである。
いい具合に、三人とも、目の前の戦いに、集中していた。
そうした様子に、ラジュールの口元が緩む。
(あれたちの、成長を確かめるには、いいかもな)
「よそ見するなって、言っているだろう!」
「言っているだろう。私は、教師だ。生徒の採点を、しなくてはならない」
「くそっ」
バカにされた物言いに、容赦なく、魔法と剣技を、混ぜ込んだ攻撃を仕掛けていく。
見事な攻撃にも、ラジュールは物怖じしない。
軽やかな動きで交わしたり、適切な魔法で、撃退していたのである。
そうした動きに、血が昇っていくザック。
自分以上の腕前が許せないし、認めたくなかったのだ。
「俺は、血が滲むような努力を、重ねてきたんだぞ」
「それが、どうした?」
冷めたラジュールである。
「……」
さらに、ギアが上がったザック。
その動きにも、意図も簡単に、対応していった。
涼しい顔をしながらも、さらに、攻撃力が上がった姿に、密かに賞賛していたのである。
(ほぉー。さすが、騎士団にいるだけのことは、あるな。怒りに、燃えながらも、決して無駄な力が入らない、スタイルになっている。だが、私は、お前以上に、強いやつを知っている、そして、そいつらを、相手にしているんだ。この私が、負ける訳がないだろう。実力を見せて貰ったし、そろそろ、ケリをつけるか。あいつらの採点も、あるんでな)
ザックよりも、ギアを上げた。
先ほどよりも、見事な動きで、ザックの攻撃を防御し、自ら攻撃を加えていった。
今までとは違う動作。
目で、追うことが、困難になっていた。
口惜しいげに、奥歯を噛むザックだ。
額に、汗を滲ませていた。
喋る余力さえない。
「……」
元々、無駄に喋らないラジュール。
攻撃を受けず、徐々に、魔法の攻撃を増やしていた。
段々と、交わしきれなくなり、ザックが攻撃を受けるようになっていく。
(くそっ。俺は、負けない……)
痛みに、顔を歪めそうになる。
そうした隙を突くラジュールだ。
意識が、僅かに刈られている間に、決定的な魔法で、仕留めたのだった。
その場に、ザックが倒れ込む。
念のため、身動きできないように、拘束の呪文を忘れない。
一つ、息をつき、リュートたちの闘いに、視線を注ぐ。
誰も、ラジュールたちの姿に、気を取られている者がいなかった。
自分たちの戦いに、集中していたのだった。
「……集中して、戦っているのはいいが、こちらに、気づかないとは、お粗末だ。まだまだ、修行が足りないな」
徐に、ラジュールが嘆息を吐いていた。
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