第102話
意外過ぎるラジュールの登場に、リュートたちが瞠目していた。
場の空気も気にせず、涼しい顔で、両陣営の顔を見比べる。
何を考えているのか、わからない形相だ。
「過信しているのか?」
低めの声音。
目を細めている。
相当、怒っていることが、一目同然だった。
狼狽え気味のリュートたちを、見据えている。
瞠目していたのは、僅かな時間で、その後は、普段の表情に、二人が戻っていたのだ。
トリスとクラインが、テへと言う顔を覗かせている。
だが、リューと一人だけが違っていた。
微かに、身体を強張らせていたのだった。
(相変わらず、先生が苦手だな)
チラリと、トリスが首を竦めていたのだ。
そして、諜報員たちに、顔を巡らせた。
諜報員のリーダーを務めている男が、ラジュールに対し、殺気がこもった双眸を、姿を見せてから、ずっと傾けていたのである。
全然、リュートたちに、向けていたものとは、桁が違っていた。
隠そうともしない。
露骨に、醸し出していたのである。
向けられている方は、表情一つ、曇らせることもない。
ただ、教え子である、リュートたちを、窘めていたのだった。
ラジュールからの叱責を受けながら、煌々と、殺気を燃やす男に、リュートたちの双眸が注がれていたのである。
(((何、仕出かしたんだ? 先生は?)))
「ザック様……」
諜報員の一人が、痛ましそうに、自分たちのリーダーを視界に捉えていた。
その手は、ザックの肩に、手をかけるか、どうか、宙を彷徨っている。
ザック自身、聞く耳を持たない。
一途に、ラジュールに、眼光を向けたままだ。
部下の諜報員たちも、場違いに注意しているラジュールや、いつもとは違っているリーダーであるザックを、怪訝そうに窺っている。
「……ラジュール・キューザックか?」
急に、不敵な顔で、ザックが笑っている。
突如、名前を言われ、胡乱げな眼光を漂わせていた。
「……そうだ」
さらに、悦を深めていくザック。
部下の諜報員たちも、様々な表情だ。
憐れむ者、気遣う者、眉を潜めている者、困惑している者、それぞれだった。
そんな部下たちを放置したまま、当惑しているラジュールだけを、凝視している。
情報を得ようと、捕まえようとしていたリュートたちの存在も、どこかへ行っている様子だ。
「俺と、勝負しろ!」
勢いよく、ザックが叫んだ。
突然の決闘の申し込みに、眉間のしわが増えていく。
ただ、何なんだ? こいつはと言う眼差しで、ザックを見据えていた。
周りは、パチパチと瞬きを繰り返してみるのみだ。
何も、言わないラジュールの姿に、苛立ちが隠せない。
「決着をつけてやる」
「「「「「……」」」」」
鼻息が荒いザックだ。
勝手にやる気になっている、面倒臭いやつに、嘆息を吐いた。
(……見たことないぞ)
ラジュール自身、決闘を申し込まれるような、真似をした憶えがない。
それに、名を尋ねられた時点で、会ったことはないはずだと抱いていた。
それにもかかわらず、決闘を申し込まれ、困惑と戸惑いしかない。
「……ラジュール。決闘を申し込まれたようだが、何かしたのか? こいつに」
首を傾げつつ、指を指すリュート。
その表情は、怪訝、そのものだった。
すっかり、周りの状況を、忘れ去っていた。
「知らん」
「でも……」
「知らないものは、知らん」
冷めた眼差しを巡らされ、リュートがあっさりと気圧された。
しゅんと、黙り込む。
胡乱げな眼光を、ザックに傾けるラジュールだ。
(会ったこともないやつに、勘違いされ、甚だ、迷惑でしかないな)
「誰かと、勘違いするな」
鬱陶しいとばかりに、吐き捨てた。
ムッとしているザックである。
「……勘違いなどではない。俺は、お前に、コケにされたまま、今まで来たんだぞ」
噛み付くように、吐露されても、全然、コケにした記憶がない。
(誰だ? ホントに?)
ますます、訝しげるしか、なかったのだった。
「した憶えがない。そもそも、貴様は、フォーレスト学院では、ないだろう?」
「当たり前だ」
あっさりと、認めた。
ラジュール自身、学院から、ほぼ外に出たことがない。
卒業と共に、教師の職についたのだ。
だから、恨まれることがないと、断言できたのだった。
「だったら、人違いだ」
「違わない。貴様のせいで、俺は……」
拳を握り締め、ザックが、ワナワナと激昂している。
顔を、苦痛に歪めていた。
気遣うような眼差しを傾けた諜報員が、何人かいたのだ。
(あやつたちは、何か、事情を知っているようだな……)
説明してほしいものだと、ラジュールが視線で、威圧しても、リーダーであるザックが気になるようで、誰も気づかない。
(役立たずどもが)
徐々に、ラジュールは、人相が悪くなっていく。
リュートたちが、憐れむような視線を注いでいた。
(使えないものたちだ)
(聞けば、いいのでは?)
(面倒だ。私に、そんな粗末なことを、させるのか)
(((……)))
顔を伏せていたザック。
唐突に、顔を上げ、大声で思いの丈を叫ぶ。
「二番扱い、されたんだぞ!」
叫び終わると、獰猛で、鋭い眼光で、ラジュールを睨んでいた。
ギラギラさせ、いつでも、やってやると言う意思が込められている。
捉えられているラジュール。
ただ、ただ、唖然としているのみだ。
ザックの言っている意味が、全然、皆目見当も、つかなかった。
首を傾げていた姿を、ザックは見逃さない。
「……忘れたと、言わせない」
ますます、意味不明な発言に、眉を潜めていった。
(何を言っているんだ、こいつは?)
ふふふと、ザックが、不気味に笑っている。
「……卒業後の進路を、我が名誉ある騎士団に、声をかけて貰っていながら、それをあっさりと捨て、学院の教師なんて、つきよって……」
僅かに、潜めていた眉を解いた。
何に、怒っていたのか、ようやく合点がいったのである。
「……私の自由だろう」
平坦な顔で、ラジュールが突っ込んだ。
対して、ザックの形相が、怒りに燃えたままだった。
そして、ラジュールの言葉も、耳に入らないほど、自分の世界に、入り込んでいた。
走馬灯のように、屈辱の日々を、蘇らせていたのである。
さすがに、部下たちも気づき始め、誰もが、憐みを込めた眼光になっていたのだ。
ただ、リュートたちは、ぽかんと口を開けている。
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