第101話
カーチス、ブラーク、キムの三人が、現在、宿泊しているオラン湖に、千鳥足で帰っていく。
覚束ない足取り。
何度も、身体が傾いていた。
帰っていく光景を、リュート、トリス、クラインの三人が窺っている。
辺りに、人通りが、ほとんどない。
賑わっていた通りも、静かな闇に、変貌していたのだ。
「三人に、付き添わないで、大丈夫なのか? クライン」
気遣うような眼差しを、トリスが送っていた。
一人、のほほんとしているリュートだ。
「大丈夫だよ。対処ぐらいできるよ」
「厳しいな」
「甘やかすと、いつまで経っても、よくないからね」
優雅な笑みを、クラインが零していた。
闇に消され、全然、カーチスたちの姿が見えない。
完全に、気配も、なくなっていたのだった。
大きく、背伸びしているトリスの横で、クラインが首や肩を動かしていた。
「別に、二人とも、帰っていいんだぞ」
平然としている顔を、リュートが覗かせている。
友の言葉に、二人が首を竦めていた。
先ほどから、不穏な気配を、周囲から嗅ぎ取っていたのだ。
少し前に、捕まえた諜報員の集団とは違っていると、リュートたちが判断していたのだった。
気配の消し方が、違っていたからだ。
だから、別な諜報員たちと、踏んでいた。
そして、その気配に、カーチスたちが気づいていない。
合コンに、潜んでいた諜報員たちも、気づいていなかった。
でも、リュートたちは、しっかりと察知していたのである。
ただ、何もしてこようとしなかったので、放置していたに過ぎない。
それと、せっかくの雰囲気を、壊したくなかったのだ。
トリスとクラインが、自分たちのことを、捕まえようとした諜報員たちを、カーチスたちに、気づかれないように、ひとまず先に片づけたのだった。
その際、出てくるようなら、一緒に片づけようと掠めていたが、彼らが動く様子が見られなかったのである。
酔っているカーチスたちを帰し、彼ら諜報員が出てくるように、仕向けたのだった。
「まだまだ、実験したいしな」
準備体操に、トリスは余念がない。
「そういう訳には、いかないよ」
苦笑しているクラインだ。
面白くないと、僅かにリュートが口を尖らせている。
剣の能力を試したくって、ウズウズしていたのだった。
「そうか。で……」
グルリと、漆黒の双眸で、リュートが周囲を見渡している。
ここでするのかと、無言で、提案していたのだ。
ここは、生活空間でもあり、このような場所で戦闘をすれば、眠っている住人や、観光客に、迷惑をかけるのは、目に見えてわかっていたのである。それに、こんな場所で暴れれば、教師たちに、怒られることは確かだった。
「それは、不味いでしょう」
せっかちなリュートの行動に、クラインが宥めていた。
「どうして?」
不満げな眼光を、リュートが注いでいる。
さっさと腕試しも兼ね、やる気が満々だ。
「目立つだろう。さすがに目立っては、困るでしょ」
「困らない」
早く、やりたげな素振りに、ジト目なトリス。
「また、増えるよ」
「増えても、蹴散らせば、いいだろう」
安易なリュートの思考に、クラインが首を竦めている。
以前から、何度も力技で、抑えてきた実績があった。
そのたびに、被害が大きく、何度も、教師から罰を受けていたのである。
それらのことが、クラインの脳裏を掠めていたのだった。
黙って、トリスが聞いていた。
やや、呆れていたのだ。
力技過ぎる行動を、以前から、窘めていたが、いっこうに直らない。
けれど、力技ができる、実力も、備わっていることを、把握していた。
(……リュートなら、力技で、片づけることもできるけど。後で、ラジュールからは、大目玉だろうな……)
遠い眼差しを、傾けているトリスである。
叱られること自体は慣れているが、叱られている時間が、無駄だなと巡らせていたのだった。そして、リュートと同じように、自分の腕前が、どこまで通用するのか、確かめたいと単純に抱く。
「言っただろう? 実験をしたいって。付き合えよ、リュート」
頬を膨らませた顔。
笑っているトリスを窺っている。
「……」
「試したいって、言うのもわかるが、ここには、俺たちもいるんだ。少しぐらい、話を聞いてくれても、いいだろう。たまには」
「いつも、聞いている」
不貞腐れ気味な表情を、漂わせていた。
けれど、トリスの表情も変わらない。
やや強気なままだ。
「そうか。いつも、勝手なことをしている気がするぞ?」
「……」
言われると、微かに自覚が芽生えていき、返す言葉がない。
不敵な笑みを、トリスが漏らしている。
ばつが悪くなり、そっぽ向くリュートだ。
「2対1で、決まりだね」
朗らかな表情で、クラインが割って入っていった。
「じゃ、いつも通りだな」
「そういうことだね」
ブスッとした形相のままで、反論を口にしない。
トリスとクラインが、和やかに喋りながら、その後を、ムスッとした顔で、リュートがついていったのである。
楽しくお喋りをし、帰っていく光景に見えた。
まだ残っている住人や、観光客たちに、気づかれないようにだ。
リュートたちの後を、手馴れている複数の諜報員たちが、静かに、そして、淡々とついていっていたのである。
楽しげな喋りが、続いていった。
いつもの、自分たちのテリトリーに連れ込む。
大通りから、少しは慣れた場所で、この辺りに家が少ない。
少々、ここで暴れても、何の問題もなかった。
ついていっている彼らも、先ほどのトリスたちの戦闘を目撃していたので、彼らが仕掛けている罠があると、誰しもが見込んで、過信をしていない。
広々としたところに、向かっていくことに気づき、諜報員たちも、ここが戦う場所なのだと把握していった。
人が、段々と少なくなっていくと、気配を消すこともなく、堂々と、リュートたちに傾けていったのである。
自分たちの存在を、示すために。
そうした雰囲気の中で、リュートの口角が、楽しげに上がっていた。
((大きくしないで、ほしいな))
楽しく、喋っているトリスとクライン。
その双眸は、やれやれと、滲ませていたのである。
テリトリー場所の中央で、リュートたちが、突如、止まった。
合わせるように、潜んでいた男たちも、続々と、顔を現したのだった。
顔触れを、確かめていくリュートたち。
「さすが、フォーレスト学院の生徒だ。俺たちの存在に、気づくとは?」
「それは、どうも」
気軽な挨拶を返したトリスを、男が捉えている。
彼は、この軍団をまとめている、リーダーだった。
彼自身、トリスたちが、ずっと以前から、自分たちの存在を、把握していたことに驚きがない。
先ほどのトリスたちの、鮮やかな動きを見ていれば、すでに自分たちのことも、察知されているだろうと踏まえて、後をつけていたのである。
「いい腕だな。あっという間に、のしていたな」
トリスが、別な組織に、属している諜報員たちの意識を、刈り取ったところを、きちんと窺っていたのだ。
賞賛されても、大して喜びがないトリスたちだ。
「ありがとうございます」
「そっちのも、いい腕だった」
トリスから、クラインに視線を巡らせる。
「ありがとうございます」
トリスとは対照的に、にこやかにクラインも、礼を述べた。
「で、そっちは、未知数だな」
最後に、気楽な眼光を、覗かせているリュートを見据えていたのだ。
「……」
(さてさて、当初は、甘く見ていたが、最初から、本気を出さないとは。さすが、フォーレスト学院生だな。彼らの腕で、どのくらいの位置に、いるんだろうか?)
目を細めていくリーダーの男。
その顔は、やる気に満ちている。
諜報員の数は、十九人もいた。
数に、怯えることもなく、冷静にリュートたちは構えている。
諜報員たちも、トリスとクラインの実力は、自分たちの目で見ていたので、侮っている様子がない。
油断も、隙もない諜報員たち。
久しぶりに、リュートたちが、心から高揚していく。
危機に陥っていっているはずなのに、恐怖感がない。
ただ、本気でやれると、ほくそ笑んでいたのである。
諜報員たちが、動こうとした瞬間、リュートたちと、諜報員の間に、突如として一つの影が現れた。
咄嗟に、動きを止める両者。
そして、その影の正体を、見定めている。
リュートたちに、背を向けていた。
僅かに、リュートたちが、瞠目している。
その背中の姿だけで、誰だか、見当がついていたのだった。
「無茶をするな、バカが」
「「「ラジュール先生」」」
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