第99話
それぞれの思惑を、秘めつつの会話。
もう限界かなと、トリスと巡らせていたのだ。
向かいにいる女たちに気づかれないように、トリスとクラインが目配せをする。
ほんの一瞬の出来事で、誰も気づかない。
頑なに、喋らないリュート。
一定のリズムで、食事と飲み物を堪能している。
そんな姿に、穏やかな眼差しを、トリスが傾けていた。
器用に、会話を挟みながら、女たちにも酒を注ぐ。
自分たちにも、注いで飲んでいくトリスとクラインだ。
静観する立場を崩し、動き始めたのである。
無駄がない動き。
注がれ、女たちも、グビグビと、飲み干していた。
平然とした顔で、トリスたちも、飲んでいたからである。
さらに、注いでいくトリスたちだった。
勿論、彼女たちのことを、飽きさせない。
巧みな会話術を、披露していったのだ。
そして、平気な顔をし、相手の女たちを、徐々に潰していった。
女たちの顔に、かなり赤みがさしている。
会話も、覚束ない女が、ちらほらと出てきていた。
ターゲットにしている女と、そうではない女に、酒を注ぐ量を変えていたのである。
それも、大胆に。
けれど、自分たちが飲める方だと、把握してやっているだけだろうとしか、思っていない。
まさか、自分たちが諮られると、抱いていなかったのだ。
だから、子供には負けないと、注がれる酒を飲み干していく。
「少し、水でも飲む?」
労わるように、水を勧めるトリスだ。
「えぇ」
平静を装いつつも、水を飲もうとした。
かなり酔いが、回っていたのである。
これ以上は、自分たちも、危ない領域に、踏み入れていると巡らせていた。
「アルコールを、中和させる薬もあるけど、飲む?」
「いいえ。自分で持っているから、大丈夫」
貰った水を使い、自分で持ってきた薬を飲んだ。
「随分と、飲んだから、食べ物でも、食べようか?」
「そうね」
飲み続けるのも、この辺が、限度に近かった。
ありがたい申し出を、素直に受け入れたのだった。
「じゃ、新しいものを、頼んでくるよ」
「私が……」
立とうとする女。
ふらついていたのだ。
それを、優しくトリスが制した。
「酔っているようだから、動かない方がいいよ。俺が、行ってくるから」
「そう。お願いするわ」
「ああ」
ニコッと微笑み、トリスが席を立った。
カーチスたちは、女たちとの会話で忙しい。
全然、トリスの方に、顔を向けなかった。
「手伝おうか?」
「いいよ、クライン。でき上がる頃に、手伝いに来てくれ」
「わかった」
飲んだ量も、変わらないはずなのに、トリスの足取りは、正常なものだった。
そのことに、女たちが気づかない。
キムやブラークたちに、目まぐるしく、双眸を巡らせている。
カウンターに行き、すぐさま、彼女たちの視界から、自分の姿を隠した。
そして、立ち尽くしているトリス。
余裕な顔を滲ませている。
「もう、いいかな」
ゆっくりと、顔を出すと、カーチスたちが、女と話し込んでいた。
女たちも、席を立ったトリスのことを、気にかける様子もない。
順調な展開に、口角を上げている。
厨房では忙しく、注文を受けた料理を、次々と作っていった。
誰も、トリスに気をかける者がいない。
入念に、自分を窺っている人物がいないか、見定めていた。
厨房同様に、注文を聞く女の子たちも、忙しそうに駆け回っている状況だ。
ようやく、動き出すトリス。
軽い足取りで、裏口ではなく、階段を上がっていった。
とても、慣れている。
下で、食事や酒を飲んでいる者が多いため、部屋にいるのは、少ない人数しかいない。
三階の開いている部屋に入り、窓を開ける。
一切の躊躇いがない。
中へ、ドンドンと進んでいく。
開けた窓から、暗闇で覆われた視界を確かめた。
下を見下ろせば、灯りで明るい。
だが、灯りが届かない上では、黒の世界が広がっていたのである。
黒の世界にも、疎らに、光が灯されており、視界がゼロではなかった。
けれど、普通の人の目では、見えないものを、トリスは映すことができた。
数軒、離れた位置に、数人の男たちが、酒場の入口や裏口などを、探っている様子を捉えていたのだ。
《夜目》で、日中のように視界を広げていた。
自分たちを、窺っている者たちを、しっかりと眺めていたのだった。
捉えられている男たち。
周囲を警戒するばかりで、トリスがいる場所に、気が回らない様子だ。
注意力が不足している連中に、思わず、ほくそ笑む。
さらに、視野を広げていった。
辺り一面を、窺うことができたのである。
ひと息、吐いた。
もう、用を済んだとばかりに、双眸を下降させたのだ。
通りでは、徐々に、人の通行が減りつつあった。
そして、暗闇に隠れるように、三人の男たちが、散らばっている。
「どこから、攻めようかな」
配置されている男たちに、眼光を傾ける。
全然、見定められていることに、気づいていない。
ただ、周囲や入口や裏口などを、窺っている程度だ。
嬉しそうに、トリスの口角が上がっている。
「ちょうど、ここにいるし、上から行こうかな」
倒していく順番を、即座に決まると、徐に、窓から出ていった。
気づかれないように遠回りをし、屋根で窺っていた男たちを、一人ずつ倒していったのである。
闇夜に隠れ、足音を消し、近づいていったのだ。
とても鮮やかで、無駄のない動きだった。
見張っていた男たちも、寸前まで気づかない。
気づいた瞬間に、突如、姿を現したトリスに、やられていたのである。
あっという間の出来事だった。
手馴れているトリスの手により、一人ずつ、意識を刈り取られていった。
仲間に、知らせる時間も与えない。
それほどまで、自分の気配を、トリスが消していたのである。
面白いぐらいに、倒されていった男たちを眺めていた。
派手な呪文や攻撃をしない。
ただ、頚動脈を強く押さえたり、眠り草を使ったりして、男たちを静かに眠らせていったのだ。
念のため、周囲を窺う。
下にいる仲間の男たちに、気づかれたような様子がない。
「では、下に行くとするか」
「さすが、トリス」
静かに男たちを、眠らせた腕前に、遅れて姿を見せたクラインが、賞賛していた。
トリスと同じルートで、屋根を歩き、ここまで辿り着いたのだった。
「後は、下の三人?」
「ああ。とりあえずな」
クラインがいる位置からも、自分たちがいる酒場を、窺っている三人の男たちの顔を捉えることができた。
まだ、自分たちに気づいていない。
「中は、どうだ?」
残っていたクラインに、中にいる、男たちの仲間の女たちのことを尋ねた。
「三人とも、眠っているよ」
何でもないと言う顔を、覗かせているクラインの報告に、にんまりと笑うトリス。
場から離れる時、まだ、意識があったからだ。
トリスがいなくなった後に、女たちの相手をしていたクラインが、女たちを眠らせていった。
トリスとクラインは、彼女たちに酒を進めつつ、料理や、水に眠り薬を仕込んでいたのである。
勿論、気づかれる可能性も、ゼロではなかった。
他の伏線も、きちんと用意はしていたのだ。
「他の女たちは?」
「ブラークたちが、落とそうと、必死に喋っている」
「大変だな」
苦笑しながら、トリスが首を竦めている。
安易に、その光景が、想像できたのだった。
「で、リュートは?」
「一応、目覚めたら、介抱してあげてと、リュートに頼んできた」
「さすが、クライン」
抜かりのなさに、賛美していた。
異常に褒めているトリスに、呆れ顔を覗かせている。
「俺は、地味だよ。俺よりも、トリスの方が、凄いだろう」
「そんなことないよ。地味な仕事ほど、大切なことはないって、じいちゃんが言っていた。地味な仕事をしてくれる人が、他の人の仕事が、輝くってな」
「……そうか。褒めて貰えて、光栄だよ」
互いに、ニコッと笑い合う。
全然、緊張感がない場所だった。
「じゃ、手伝いますか」
「頼む」
読んでいただき、ありがとうございます。