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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
第4章 ドッキドッキな野宿体験学習
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第96話

 多くの生徒が寝静まり、教師たちや警備員たちは、少しだけホッとできる、ひと時を味わっていたのである。

 日中は、生徒たちが動き回っているので、神経を尖らせていたのだった。

 この時間帯は、割りと穏やかに、周囲を見張っていたのだ。

 敵側だけを、気にかければ、いいだけだからだった。


 学院に残っている生徒たちは、まだ、就寝時間ではない。

 大多数の生徒たちが、寮の部屋で、騒いでいたのである。

 けれど、体験学習をしている、ここでは、日暮れと共に、生徒たちを寝かせていた。


 安堵の表情が、窺えるカイル。

 密かに、警護している教師たちに、この後の警護をお願いし、学院にある温室へ向かっている。


 学院から離れると言うこともあり、何重もの警備が引かれていた。

 だが、緩む自分たちではない。

 その間も、周囲の警戒を、忘れてはいなかった。

 すでに、ここまで、入り込んでいる可能性もあるからだ。


 神経を尖らせている真面目な姿に、周囲の警戒に当たっている教師たちが、小さく苦笑している。

 彼ら以上に、カイルが、仕事を神経質なほど、こなしていたのだった。

 段々と、カイルの背中が、小さくなっていく。




 カテリーナから連絡があり、待ち合わせ場所に、指定された温室に訪れていた。

 室内に入ると、心地よい温度に、ふと、緊張の糸が解れる。

 連日、緊張の糸を、張り巡らせていたのだ。

 それらを、一気に解き始めたのだった。


「ご苦労様。カイル」

 柔和な微笑みを、漂わせているカテリーナ。

 徐々に、癒やされていった。

 辛うじて、残っていた疲れも、吹き飛ぶようだ。

 カイルを迎えるに当たり、和んで貰うため、様々な用意を施していた。


「ああ」

「生徒の一部の方が、バドに捕まったようですね」

 カテリーナの言葉に、思わず、渋面になってしまう。

 すでに、報告しに来た教師から、自分の教え子であるテロスたちが、魔法科のバドに捕獲された件を、聞かされていたのだった。


 聞いた直後は、助け出そうと、駆け出しそうになったが、他の教師たちに、止められてしまう。

 新任の教師を、失いたくないと。

 必死の形相だった。


 新任教師たちがいなくなれば、自分たちの仕事が増えてしまうからである。

 自分たちの都合しか、考えないと抱くが、強く言えない。

 すでに、自分たちの仕事が、オーバー気味だったからだ。

 そして、ついに、根負けしたのだった。


 教師の都合で、生徒たちが危険に巻き込まれても、いいのかと抗議したが、これも勉強になるし、ある意味、身体が鍛えられると説き伏せられ、結局、引きざるを得なかったのである。

 まだ、スッキリしていない。

「大丈夫ですよ」

 ニコニコした顔で、大丈夫と言われても、どこか不安が残っている。


(あのバドだぞ)


 剣術科の教師の中でも、バドのことは広まっていた。

 剣術科の新米の教師も、何度か、捕まったことがあったからだ。

 その教師たちは、残っている者もいるが、やめている人間もいた。

 そして、何をされたのか、聞いても、誰も、口を噤んでいたのだった。


「自分が、育てた生徒を、信じられませんか?」

 まっすぐに、注がれる眼差し。

 ただ、黙ったまま、カイルが見つめている。


(信じているが、あの有名なバドだからな……)


 僅かに、眉間にしわを寄せていた。

 テロスたちの顔を思い浮かべ、バドの研究に、つき合わされているかもと思うだけで、気もそぞろな気分が抜けない。

 まだまだ、荒削りがあるが、手塩にかけた、自慢の生徒たちだった。

 それに、何人もの新任の教師たちが、バドの研究の餌食になり、学院を辞めていったのを見てきたからだ。


 顔を顰め、逡巡しているカイルだった。

 クスクスと、カテリーナが笑っている。


「とりあえず、座って、お茶でも、どうぞ」

 テーブルには、焼き菓子やタルトなどのお菓子に、暖かな紅茶が、セッティングされていた。

 到着する時間が、わかっているかのように。

 促され、カイルが椅子に腰掛ける。

 座るのを見届けてから、もう一つの空席に、カテリーナも、腰掛けたのだった。


「綺麗な花だな」

 テーブルの上に、生けられている、色とりどりな花を眺めている。

 疲れているカイルを癒やすため、カテリーナ自ら摘んだものだった。

 勿論、巡回に出ていない。

 巡回する時間帯は、カイルがいなかったので、別な友人が代わりに、受け持っていた。


「和みますか?」

「勿論だ」

「それは、よかったです」

 優しげな笑顔を、カテリーナが覗かせていた。

 つられるように、カイルも微笑む。


「学院の方は、どうだ?」

「とても、忙しいです」

「そうか。当分、続きそうだな」

「そうでしょうね。きっと、リュート君たちが、卒業するまでかしら?」

 ふふふと、楽しそうに笑っていた。

 まだ先の話に、カイルが渋面してしまう。

「大丈夫です。みんながいるから」


「……そうだな」

 脳裏に、不安がある顔が、ちらついていた。

 主に、ラジュールや、デュランの顔だ。


「カイルの方は、どうですか?」

 コテンと、可愛らしく首を傾げている。

「今のところはな。だが、リュートが抜け出した」

 苦虫を潰したような顔を、滲ませていた。


 捕まらないだろうと巡らせつつも、抜け出すなと言ったにもかかわらず、意図も簡単に抜け出したことに、憤慨していたのだった。

 キツい罰則を与えても、リュートは平然としていたのだ。

 他の生徒たちは、かなり堪えているのに。


「きっと、トリス君たちと、合流したのではないですか」

「たぶんな」

「そういえば。ラジュールが、何人か捕獲したようですよ」

 嘆息を漏らしたカイルである。


 平然と、見張る側を放棄し、探索する側に回ったラジュール。

 彼の行動に、納得できていない。

 もう少し、生徒たちの傍らにいろと、抱いていたのだ。

 けれど、何度、説いても、放置することをやめないラジュールだった。


「ラジュールのことが、心配ですか?」

「……別に」

 一人で、行動しているだろう、ラジュールを掠めている。

 組むことを拒み、単独で、何でも行動してしまうのだ。

 それを、一番案じるのは、カイルの役目だった。


「大丈夫です。ラジュールが、遅れを、とられることはありません」

 自信満々に、語るカテリーナ。

 そこには、疑う余地もないほどだ。

「当たり前だ」


「だったら、もう少し、リラックスしてください」

「……別に、ラジュールを心配していない。生徒の心配を、していただけだ」

 目を泳がせ、段々と、声がか細くなっていった。

 そして、微かに、頬が赤く染まっていたのである。

 そんなカイルの姿が、微笑ましく、カテリーナの瞳に映っていた。


「そうですか。それよりも、お茶が、冷めてしまいますよ」

 まだ、口をつけていなかった紅茶を飲み、グリンシュが作ったお菓子を堪能し始めた。

 嬉しそうに、カテリーナが眺めている。

 久しぶりの、二人の団欒だった。

 このところカイルが忙しく、二人で会うことが叶わなかった。


 カイル好みのお菓子が、並べられている。

 喜んで貰おうと、グリンシュに頼んだ結果だ。


 口にするものの、すべてを食べきることができない。

 それほどの量があった。

 残ってしまったお菓子に、目をやる。


「大丈夫です。残ったものは、グリフィンたちに、配りますから」

「そうか」

 愛らしい瞳を、傾けていた。

「……」


 居た堪れないカイルが、そらしてしまう。

 それでも、カテリーナは見続けている。


「……何だ?」

「カイルは、仕事が忙しいと言って、私のところに、来てくれません」

 カテリーナの頬が、やや剥れていた。


 何度か、来て欲しいと言う要請を受けていたが、仕事が忙しいと、連日、断っていたのだった。

 だが、今回は来てくれないと、家出をすると、言付けを受け取っていたので、カテリーナの元へ来たのである。


「……すまない」

「カイルは、何でも、背負い込み過ぎです。何度、言えば、いいのですか?」

 何度も、言われ続けていた言葉。

 でも、改めることができない。

 自分の性分に、思わず、小さく笑ってしまう。


「笑い事では、ありませんよ」

「……すいません」

 真摯に、謝った。

「謝らないで、ちゃんと、実行してください」

「……善処する」


 ようやく、怒っていたカテリーナが、息を吐いた。

 それでも、表情が緩むことがない。

 厳しいままだ。


「ホントに、善処してください」

「……うん」

「そうしてくれなければ、私にも、考えがあります」

 何とも言えぬ雰囲気。

 カイルが、飲み込まれていく。

 それほどのオーラを、珍しく、カテリーナが放っていたのだった。


「リーブやラジュール、デュラン、みんなにも、手伝って貰い、カイルを休ませますからね」

 強い声音だ。

 いやなメンツに、顔が引きつってしまう。

 そして、カテリーナは、やり兼ねないところがあった。


 みんなと言う響きにも、強張っていたのだ。

 カテリーナの熱狂的なファンが、何度か、押し寄せてきたことがあった。

 学院の校長でも、手を焼ほどだ。


(精神的にも、肉体的にも、地味に辛い)


「……わかった。みんなにも、手伝って貰う。一人では、決してやらない」

「わかってくれて、嬉しいです」

 ニッコリと、微笑むカテリーナだった。


「必ず、善処する」

「はい。では、もう少しここにいて、休息していってくださいね」

「……わかった」

 可愛らしいカテリーナに、勝てる者など、どこにもいない。

 まして、カイルは物凄くカテリーナに、弱かったのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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