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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
始まりは突然に
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第1話

以前に書いたものをアッブしました。

ほぼ直しをしないで、その当時書いたままです。

誤字脱字などは直したのですが、まだ残っているかもしれません。



 シャール大陸の南東にある尖端半島に大規模な魔法と剣術を学ぶ学院がある。その名はフォーレスト学院。半島全体が学院の敷地と言う大きさだ。

 どこにも干渉されず、中立の立場を守り運営し、優秀な騎士、魔法使い、冒険者たちを世界の各地へと送り出している。




 澄み切った空の下、生き生きとした緑樹が広がっている。

 暑い陽射しを遮って、涼しい大地を提供していた。

 ここはフォーレスト学院の敷地内にある森の一つで、〈東の森〉と言う。


 奥へ突き進むと、小鳥たちの透き通るようなさえずりが響いてくる。

 まだら模様の陽射しが七色の光となって注ぎ込む。

 まるで、森が瞬く星たちのように輝いてみえた。


 ウリャー。


 幻想的な雰囲気に似つかわしくない奇声が、大きな木を薙ぎ倒される音と混じっていた。

 周囲にいる動物たちは、何だ、何だといっせいに目覚め始める。

 それと同時に、無数の小鳥たちが四方八方に飛び立っていった。


 フォーレスト学院は世界有数の学院の一つで、魔法と剣術を学ぶ場所である。生徒は九歳から十八歳までの十年間を学院で過ごし、世界へと羽ばたいていく。




 肩まで伸びた髪を頭の付け根で、ちょこんと結んだ少年が、剣術の稽古に汗を流していた。真新しい武具と同じように、ネイビーブルーの髪がキラキラと輝いている。

 少年の身体から白い煙が天に昇っていた。


 深く茂る草を打ちつけるたびに、汗が規律もなく無造作に弾け飛ぶ。

 剣を握る姿は鬼気迫るものが漂っていた。


 次の瞬間、少年は大地を蹴り上げ、見えない敵に向かって戦いを挑んでいく。

 息を吐かぬほど、何度も切り掛かる。

 最後には大きな木目掛けて、突っ込んでいった。


 稽古している少年とは対照的に温度差が低く、普段着のラフな格好で、木にもたれる少年がいる。その瞳は冷ややかで、熱気溢れる稽古風景をただ傍観していた。

 剣術の稽古に汗を流している少年はリュート・クレスター。その様子を冷静に窺っている少年をトリス・カナールと言う。二人は幼馴染で、フォーレスト学院の新七年生だ。


 終わりのみえない稽古に、トリスが嘆息を吐いた。

「剣術もいいが、帰った方がいいと思うが? 今からでも」

 リュートよりも長いカーキ色の髪が、流れる旋律のようになびく。無造作に遊び回る髪を力任せに押さえ、トリスは稽古に夢中になっているリュートに助言を口にした。


 無視したまま、一心不乱に剣を振っている。

 もう一度、嘆息を吐いた。

「……聞いているのか、リュート」

 問いかけに対して、返事が返ってこない。


 拒絶の意志だとくみ取った。

 どんなことがあっても、帰らない無言の意思表示だと。

 目を細め、必死に稽古している姿を追う。


 夏休みに入ってから、何度も押し問答が繰り返されていた。

 そのたびに無視を決め込むか、別な話題へとすり替えていた。そんな逃げている態度にうんざりしながらも、根気よく説得を試みたのである。


「遅くはない。帰って自分の口で説明すべきだ」

 気遣うトリスの問いに、決して答えようとはしない。

 リュート自身、考えるだけで、頭を抱え込むほど憂鬱な話だった。

 だんまりを決め込む姿勢に、ため息が出なくなるほど、子供じみた行動に呆れる。

 その反面、これがこいつだとほくそ笑む。


 昔から変わらない行動パターン。

 荒い息遣いで、リュートが戻ってきた。

 同じ稽古を一時間も続けていたせいで、顔色は疲労困憊を隠せない。


(よく、続くよな)


 手にしていた剣を地面に突き刺す。

 トリスが持っていたタオルを手渡した。

 受け取ったタオルで、滴り落ちる汗を拭く。


「お疲れ」

 話せないリュートに軽いジャブを入れる。

 それを右手で受け止めた。

 顔は思いっきりしかめ面をしている。


(小言が多い! 静かに稽古ぐらいさせろ!)


 この状況を面白がっているトリスを睨んだ。

 心配しているのが半分、残り半分は面白がっているだけだとトリスの心を把握していたのである。だが、この幼馴染の存在にありがたいと思うものの、自分の方が大人だと言う態度に我慢できずに、一度も感謝の気持ちを素直に伝えたことがなかった。


 まだ、何か言いそうな口を避けるように、リュートが手を突き出した。

「六年生だ……」

 話したげなトリスに無言の圧力をかける。


 相手は痛くもかゆくもないと言う顔で、眉間にしわを寄せる顔を窺っているだけだ。

 リュートの無言の圧力をかけただけで、大抵の人は尻込みするだろう。

 ある意味問題児の一人であるリュートに、意見できる人間が少なかった。

 何から何まで知っている幼馴染に、まったく効果がない。


 平然としている相手に、余計に腹が立っていた。

「夏休みの期間、帰省するのは個人の自由だろう? それにだ、明日から剣術科七年生で忙しい。何か文句でもあるのか! あるなら、言ってみろ!」

 ふんと、勢いよく鼻息を吐いた。


 まるで自分は間違ったことは何一つないと胸を張っているのだ。

 二人の間に静寂な沈黙が流れる。

 何も語ろうとしないトリスに、段々と胸の中で不安が広がっていった。


(なぜ、黙っている……)


 沈黙に押し潰れて、後ろに一歩退いてしまう。

 徐々に大粒の汗が流れ始める。


(何か、しゃべってくれ!)


 悲鳴に似た叫び声が、リュートの心の中で木霊した。

 大粒の汗が顎から大地へと流れ落ちる。


(しゃべってくれないと、不安になるだろうが!)


 目の前にいる相手の口は開こうとしない。

 硬く閉ざされたまま、口角だけが上がっている。

 リュートの顔が思いっきり引きつっていた。




 二ヶ月もある長い夏休みが終わり、フォーレスト学院は明日から新学期を迎えようとしていた。夏休みが終わろうとしているにもかかわらず、帰ることを拒むリュートに帰省しろと促していた。けれど、進言に耳を傾けず、頑なに学院に残り続けていたのである。


 ゆっくりと、心細くなっていき、目が揺らぐ。

 夏休みの間、帰省していた生徒たちが徐々に戻ってきていた。

 強気な態度から一転し、探るような口調で、余裕を垣間見せるトリスに語り掛ける。

「剣術科に編入できたからって、遊んでいられるほど暇じゃないだろう? 少しでも、追いついていないと。みっともないだろう?」


 涼しげな表情で、トリスがもっともな意見だと頷く。

 肯定してくれる様子に、少しだけざわついていた心が落ち着いていた。

 閉ざしていたトリスの口が開く。

「確かに自由だ。それに稽古するのもいい心がけだ。けど……」

 『けど』の言葉を強調させた。

 どぎまぎしているリュートを楽しむかの如くいたぶる。


 呼吸が荒くなっている相手に不敵な笑みと共に、トリスが決定的な止めの一撃を加える。

「……お前の場合、少し違くないか?」

 視線が定まらない。

 正面にいるトリスを見ようともしなかった。


 わかりやすい行動に半分心配し、残り半分を面白がる。

 そんな反応が可愛かったのだ。

「どう思う? なぁ、リュート。答えろよ」

「……過ぎたこと、言うな!」

 心拍数が急上昇する中で、いたずらに顔を歪めているトリスに、ブスッと口を尖らせひと睨みする。

 精いっぱいの反抗だ。


「過ぎたことか……、随分と余裕だな」

 笑顔のはずなのに、目が笑っていない。

 トリスの瞳はしっかりとリュートを捕獲していた。


「……俺は大変だろうが、後々のことを考えてだな、帰った方が……」

 帰るように説得しているのを聞いているうちに、ダランと下していた拳に力がこもる。そして、上目遣いで見ているトリスの仕草に、リュートは全部見透かされたいやな気分を味わう。


 二人は赤ん坊の頃からの長い付き合いで、お互いに気心が知れた仲だった。

 唇を噛み締め、視線を不敵な笑みを零しているトリスに注ぐ。

 容赦なく言葉が継続されている。

「恐ろしいんだろう? お・ば・さ・ん・が」


 ギクッ!


 あいつのこと、口にするなと鋭い眼光を向けた。

 そんな痛くもかゆくもない無駄な行為を、軽く笑い飛ばして無視する。

「魔法科から剣術科に編入した話、知らせたのか? お前のことだから、知らせてないだろう。どうだ?」


 耳にするのもおぞましい言葉の羅列に、リュートが石像のように立ち尽くしていた。

 そんな仁王立ちの姿に、自分で引き起こしたくせにと心の中でトリスがぼやく。


「せっかく、魔法科のトップにいるのに。わざわざ剣術科に行くこともないだろう? きっと、おばさんが知ったら、半殺しだろうな」

 トリスの言葉は、まったくの真実だろうと思ってしまう。

 過去の出来事が走馬灯のように流れ込んでいく。


 さらに追い討ちを掛ける。

「後先を考えない、お前が悪い」

「……」

「どうせ半殺しになるなら、さっさとなった方がいい」

「……」

「引き延ばすと、それだけ倍増するぞ」


「後先を考えないって、どういうことだ。俺はだな……」

 いろいろ言ってくるトリスに反論を試みた。

 言われ通しでは、すべて認めることになるからだ。

 けれど、トリスはリュートの言葉を無視し、話を始めてしまう。


「この先の道に爆弾が仕掛けてありますって、書いてある張り紙があったとしたら、お前なら何も考えもなしに、その道を通るだろう?」

「当たり前だ」

 唐突な話題を振られて困惑しながらも、素直に答えた。

 やれやれと肩をすくめるだけで、さらにトリスは話を続ける。


「爆弾が仕掛けられているって、書かれているのにか?」

「行かなければわからないじゃないか」

「確かにそうだ。けど、普通考えないか、爆弾が仕掛けられていると言う張り紙に躊躇して、迂回するか、どこに仕掛けられているのか考えて行動するだろう? けど、リュート、お前は違う。考えなしにとりあえず進むだろう? 行けばわかるって。単純明快な行動で」

「ああ」

 それがどうしたと言う顔をリュートが覗かせる。


 そんな相手の表情に僅かに苦笑する。

「それを後先を考えないって言う。意味が分かったか?」

「……」

 小さな子供を諭すかのような態度が気に入らない。

 同級生の癖にすぐに年長者のような振舞いをとるところが許せなかった。


「俺は俺なりに考えて……」

「どこがだ? 爆弾事件、牛暴走事件、村半壊事件、それに校舎爆破事件……、いろいろと出てくるけどな」

 学院で起こした問題行動を、指を折りながら連呼していった。

 それもかなり大ごとになった事件しか口出さない。

 小さいものも含めれば、かなりの大きな数だ。


「……あれはだな……、お前だって」

 自分一人が悪者になることに納得できない。

 それらの事件に、いつも傍らには仲間やトリスが近くにいたからだ。


「でも、大きくしたのはお前だ」

 決定的な一撃を加えた。

「……かもしれない」

「かもしれないでなく、確実にそうだ」

「……わかった、認めよう」

 渋々と認めたが、その顔はまだ納得できずに頬を膨らませている。


「その行動が事を大きくしている。だから、今回だって、後先を考えないで勝手に編入するから、こんなことになるのだろう?」

 顔色が見る見るうちに青ざめていった。

 頭の中に浮かび上がっている光景が、幼馴染のトリスには手に取るように把握できていた。


「大丈夫か?」

 頑迷蒼白なリュートに、やり過ぎた感が否めない。

「おい。リュート、平気か?」

 直立不動でいるリュートの耳に、トリスの言葉が届いていなかった。

 その脳裏には不気味なほど、母リーブのにこやかに微笑む姿が鮮明に映し出されていたのである。まるで目の前にいるように。


「ダメだ、こりゃ」

 額を押さえ込む。

 おぞましい悪寒がリュートの背筋を駆け抜けていく。


 二ヶ月もある夏休みの間、リュートは初めて家に帰らなかった。一年生から五年生までの生徒は強制的に夏休みの間、家に帰る規則になっていたのである。けれど、六年生以上は個人の自由で、帰省しても、しなくてもよいことになっていた。

 だから、帰らなかった。

 徐々にリュートの呼吸が荒くなっていく。


「深呼吸だ。ゆっくりとしろ」

 心配するトリスに促され、大きくゆっくりと深呼吸をする。

 少しずつ、気持ちが落ち着いていった。

 だが、悪い予感だけが拭えない。

 もっとも重要な事柄が生々しく消えなかった。


 それは母リーブに無断で編入試験を受け、勝手に魔法科から剣術科に編入手続きを取ってしまったことだ。反対するか、賛成するかわからないが、面と向かって話すことができなかったと言うのが現実だった。

 余裕のない様子で、視線の先が宙を迷いながら、リュートがポツリと囁く。


「……事後報告だが、手紙で知らせた」

 意外だと目を見張る。

 今までの行動からは考えられなかったからだ。

 一歩前進した行動に、保護者のような気持ちが湧き上がっていく。


「凄いじゃないか」

 褒めているとトリスに、懇願の眼差しを送っている。

 次の瞬間、感心したことを悔やんだ。

「……返事が来ない。どう思う? トリス」

 結局、元の木阿弥かと儚げに天を仰ぐ。


(きっと、たった一行しか書かなかったんだろうな……。それも、たぶん剣術科に移るしか……。それじゃ、おばさんも……怒るよな。何で、書く時に俺に見せなかった? そうすれば、少し違っていたかもしれないのに)


「な、トリス。教えてくれよ」

 抑揚のない声で訴えかけていた。

 黒曜石のような瞳が、完全にトリスにすがっている。


「そう、言われてもな。そればかりは……、何とも言えないな」

 簡単に突き放され、大きな落胆が隠せない。

 肩を落とす姿に、トリスは不憫に思ってしまう。


 リュートとリーブの親子関係を知る一人だったからだ。

 親子関係が悪い訳じゃない。

 ただ、少しばかり、他と違っていただけだ。


「夏休み、帰らなかったのが、原因じゃないのか?」

 慰めに程遠いが、ポンと肩を叩いた。

 そうだなと弱々しく頷くリュート。

 虚ろな目で自分の家がある方向を眺めている。

 リュートが入学した際の母リーブの記憶がズシンと重くのしかかる。


(絶対、ヤバい。帰ったら、ただじゃすまない……)


 青ざめている姿に、帰らないと駄々をこねている方が悪いとトリスが突っ込んだ。

 諦めて、いったん死んで来いと心の中で呟くのだった。



読んでいただき、ありがとうございます。

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