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第7石 価値と目標

 タイヨウの話だと、如月は一応丸1日安静だそうだ。あの傷でたった1日の安静で済む意味がわからない。俺が出掛ける時間になっても如月は目を覚まさなかった。



 ──「おい! 立花! お前如月ちゃんに何をした!」


 今日は日射しが強いな。桜も散り始めてる。


「無視すんなこの人でなし!」


「俺が何かやらかした前提で話しかけるお前が悪いだろ。一条」


「だってお前が学校案内したんだろ? その翌日に体調不良で欠席……お前が何かしたと見て間違いない!」


「間違いあるだろ。偶然って言葉を知らないのかバカ」


 横で騒ぐ一条は無視し、今日も1日が早く過ぎるように窓からの景色を眺める。


「聞いてんのか立花! 言ーえーよー! なんかあったんだろ!? なあ!?」


 うるせ。



 ──タイヨウがうちに来て始めての"普通の"帰宅。ああ、今は如月もいるか。鍵を開けて中に入る。


「秋人お帰り。桜花ちゃん、もう起きてるよ」


「……そっか」


 とりあえずソファーに鞄と上着を置き、寝室に向かう。ノックをすると、中からどうぞ、と声がした。


「よう」


「ああ、立花……ベッドを借りてしまってすまないな」


「別に」


 如月はもう体を起こしていて、顔色もだいぶ良い。体の方はもう大丈夫だろう。


「その……すまなかった。私は、お前に許されないことをした。怒りに任せ、お前を傷つけた……」


「……別に。もういいだろ、終わったことだ」


「……立花、無理を承知でお願いがある」


「…………なんだ」


「ラガットを殺してくれ」


「……断る」


 予想していた答えだったのだろう。如月は穏やかに微笑んだまま、ゆっくりとうつむいた。


「立花……私は、つい昨日までの3ヶ月間、お前を殺すことばかり考えていた。それが、私の生きる目標だった。お前を殺すために生きながらえていた。その目標が無ければ、私は家族が死んですぐにでも首をくくっていただろう。家族の、家族の仇を討つのだと……」


 黙って聞く。俺には、それしかできない。

 如月は俺の服を掴み、俺にすがりつく。迷子の幼子のように、涙をこぼして。


「お願いだ立花! 私では、私ではきっとラガットに勝てない! お前の力が必要なんだ! 力を貸してくれ!」


「……すまん」


「どうして……だったら、私は、どうやって生きていけばいい……私の生きる目標は、私の価値は、何だ…………」


「……生きるのに、目標とか価値とか、必要か」


 如月が顔を上げる。意味がわからないという顔をする如月に見下ろしながら、淡々と告げる。


「目標が無ければ死ぬのか? 価値が無い奴は死ねってか? 俺を見ろ。俺は自分の命に興味が無い。生きるだの死ぬだの、心底どうでもいいと思ってる。目標も価値も、何も無い。

 それでも生きてたから、お前を助けようと思った。お前に、生きてほしいと思った。そういう時なんじゃないのか。自分に価値があるのって。目標が見つかるのって。

 ……生きてるから、目標も価値も手に入るんじゃないのか。だから、生きろ。空っぽのまんま、無様に生きてみろよ。早々に俺より充実した人生になるだろ」


「……私は、生きていいのか……? お前を殺したいと、思っていたのに……お前は私に、生きろと……」


 くどい。もう喋るのも面倒だったから、如月の頭に手を置いて、ゆっくり撫でる。何度も、こいつが生きようと思うまで。


「う、ああ……ああああああああああ!」


 泣け泣け。気が済むまで。そっちの方が、生きてる感じがする。

 窓から差し込むオレンジ色が眩しくて、目が痛い。もうすぐ、日が落ちる。



 ──「いろいろと世話になった。この恩は、いつか絶対に返す」


「本当にもう大丈夫? もう1日くらい休んでいっていいんだよ?」


「いや、平気だ。タイヨウちゃんのおかげで、ケガはすっかり治ったからな! それに……」


 タイヨウの頭をひとしきり撫でた後、如月は俺の顔を見て微笑む。


「無様でも空っぽでも、私はもう大丈夫だ」


「……また、明日無様な顔見せろ」


「あはは、そうだな! また明日!」


 手を振って駆け出した如月の笑顔は、夕焼けなんかより、ずっと眩しかった。



 ──「すごいね、秋人は」


 如月が帰った後、血のついた衣服やら何やらを片付けている時、タイヨウが呟くように話しかけてくる。


「なにが」


「だって、桜花ちゃんを助けたんだもん」


「助けたのはお前だ。俺はここに連れて来ただけだ」


「違うよ! 秋人は、桜花ちゃんの心を治したんだよ。それは、私にはできなかった。だから、ありがとね、秋人」


 変に明るい声。隠しきれていない声の震えが、なんだか痛々しかった。


「別に、そんな大層なことをしたつもりは」


「いいね、無意識にそんなことできるんだ。私にはできなかった、その大層じゃないことがさ」


 少し棘のある言い方。俺にあたってるのか。


「……ずるいよ、だって、桜花ちゃん私には何も話してくれなかった……悔しいよ……でも」


 タイヨウが俺の方を向く。目からは涙がボロボロとこぼれ落ちている。悲しくて、悔しくて、自分が嫌になりそうで、苦しい表情。


「こんな時でも自分のことしか考えられない私自身が、1番嫌だよ……」


 俺とどっちがってくらい不器用な奴。バカみたいに正直で、純粋。俺なんかが触れたら壊してしまいそうだ。今までに見たことが無いくらい綺麗な人間。

 タイヨウの頭をゆっくりと撫でる。この綺麗な存在を、どうにか支えてやりたいとさえ思った。

 俺の中に、ささやかな目標が生まれた。気がした。

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