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第6石 殺意

「うえっ、ゲホッ! ゲホッ、ゴホッ……! ……如月、如月!」


 唐突に力を失って地に伏した如月を見る。如月の腹から血が溢れ出し、地面を赤く染めていく。


「ごめんねえ、事情が変わったから、殺すのは無しね。お疲れ様ーって言ってあげたいんだけどお。ボク達の存在を知っちゃった以上、君は生かしておけないんだあ。ごめんねえ。それじゃ、ばいばー」


 如月を抱えて走り、さっきからベラベラ喋っている小柄なガキから距離をとる。黒を基調にした体に密着する装束が、細身の体を更に細く見せる。

 濃い灰色の霧を背にまとっている。特に武器は持っていない。踏み潰して殺すつもりだったみたいだ。


「あれえー? 君、そいつに殺されかけたんだよねえ? だったらなんで助けるのかなあ? 不思議だなあ、不思議だなあ」


「うるせえよクソガキ。急に出てきて何なんだ。如月のお友達か?」


「やだなあ違うよお。そんな馬鹿とお友達だなんてやめてよお。ボクは教えてやっただけ。黒い石を持っている奴がそいつの家族を皆殺しにしたんだって。大体の場所を教えたら見事に特定してくれた。いやあすごいすごい」


「答えになってねえんだよガキが」


 意味のわからないことを言って手を叩くガキを睨み付ける。


「だーからさあ、そいつは知りすぎたんだって。よくあるでしょ? だから殺す。まあいいじゃんか、家族が死んだ悲しみのはけ口を提供してあげたんだからさ」


「う…………」


「……! 如月!」


 まだ生きてる。意識もあるみたいだ。


「……なん、で……君が、教えて、くれた……この、男が、私の、家族を……」


「うん、だからさ、それ嘘だから」


「……は…………?」


 如月の目が見開かれ、悪い顔色が一段と青白くなる。如月の右手が俺の服を掴み、小刻みに震えている。


「そんな都合の良い話があるわけないでしょ? 家族が殺されて3ヶ月も経たない内に突然『君の家族を殺したのはあいつだ』って情報が飛び込んでくるぅ? 警察でもない人間からあ? ギャッハハハハハハハ!! 馬鹿じゃないの!? ねーよそんなの! 君は、利用されたの。わかる?」


 下品に笑いながらまくしたてるクソガキ。如月の震えは激しさを増し、呼吸もどんどん浅く、速くなる。


「そーれーにー」


 クソガキの笑顔が凶悪に歪み、裂けそうな目と口を刃にして、如月に襲いかかる。


「君の家族殺したの、ボクだし」


「あ、ああ…………ああ、ああああああああ! ああああああああああああああああああああああああ!!!」


 如月が、血が流れ落ちるのも構わず叫び、頭をかきむしる。涙を流して、咆哮する。


「貴様あああああ! 絶対に、絶対に殺してやる!! 私が、私が!!!」


「あっははははははははは!! 死に損ないが何言ってんの!? ああ、惨めだなあ、可哀想だなあ。でも今の君、とおおおおっても綺麗だよ……?」


「如月、ちょっと待ってろ」


 泣き叫ぶ如月を地面に寝かせ、立ち上がる。


「え? 何? 怒っちゃった!? 怒っちゃったあ!? 気持ちわるぅ、他人のためにとか、本当に気持ち悪いよお」


 俺は別に、如月の過去に興味は無いし、わざわざ知ろうとも思わない。数日前の俺なら、こんな状況でも唾を吐き捨ててこの場を離れただろう。でもなんでだろうな。あの日から、タイヨウを助けたいと思ったあの時から



 ──そうだ。 怒れ、憎め、殺意を抱け。

 おいで、立花秋人。



 ──感情の蓋が外れちまったみたいに、怒りが込み上げるんだ。


「うごえっ……!!」


 良い手応え。かなり深く入った。内臓が多少潰れたはずだ。


「ガハッ……! うえっ、なん、だよぉ、その力……ボクは、"地の石"の、加護を受けて……」


「黙れ」


 鼻に爪先を突き刺す。よく飛ぶなあ。体が軽い。奥の方から力が滲み出してくる。こいつを叩き潰したいと、そう願うだけで無尽蔵に力が込み上げる。


「ぶえっ、ゴホッ……! ふざ、げるな!! ボクが、ボクがこんな……!」


 もう1発入れようと思ったところで、クソガキの背後に灰色の霧が立ち込め、灰色の扉が現れる。


「これは……フェルギフの……! くっ……!」


 クソガキが扉に入ろうとする。逃がすまいと駆け出す。


「うああああああ!! フェルギフ! 閉じろ! 早く!!!」


 踏み潰す前に扉が閉じてしまった。扉の奥から尚も声がする。


「おまえは絶対にボクの手で潰す! おまえを殺すのはリュースのラガットだ! 覚えておけ、必ず、必ず殺すからな! はは、ははは、あははははははははは!!」


 扉は霧の中に消え、霧はどこかに飛んで行った。体から力が抜ける感覚がするが、完全に力を抜く前にやることがある。


「如月!!」


「…………」


 クソッ! もう意識が無え……考えろ、如月を救う方法を、"夜の石"なんつうファンタジーな力手に入れたんだ、なんとかならないわけがねえ……!


『"光の石"は治癒の力を……』


 ……! よく覚えてたな俺……! そうと決まりゃあ急がねえと……如月を抱えて走る。間に合え、間に合え!



 ──両手が塞がってて鍵出せねえ。……中に人がいるってのはいいもんだな。数年ぶりに自分でインターホンを鳴らすと、中からドタドタという音が聞こえ、ドアの鍵が開いた。


「はーい。あ、秋人! ……どうしたの……その血……」


「いいから! お前の力を貸してくれ、こいつを……!」


「……わかった。入って、準備するから、その子の服を脱がせといて」


 既に如月からは、人間から流れ落ちちゃいけない量の血が出てる。でもまだ、まだ息をしてる。間に合え。居間に入り、ゆっくりと如月を降ろす。


「……い…………」


「今喋んなバカ。お前は生きることだけ考えろ」


「すま、ない……すまない、立花……私が、憎むべき、は……お前では、なかった……ごめん……ごめんなさい…………」


 どうして、どうしてこの状況で他人のことを考えられる、どうして他人のために泣ける……てめえが死に損ないだってのに。あいつと一緒だ。どんなに自分がひどい目に遭って苦しくても、他人のことばっかり……


「服、脱がすぞ……」


 手早く上着を脱がせ、ワイシャツのボタンを外していく。クソッ、ひでえ出血だ。


「準備できたよ! どいて秋人!」


 やっと来た……! あとは俺の出る幕は無い。あとは、俺はもう祈るしか。

 タイヨウが如月の腹を見て顔をしかめる。タオルで傷の周りの血を拭き取るが、次から次に溢れてくる。


「損傷がひどい、たぶん内臓も…………秋人」


 名前を呼ばれ、弾かれたようにタイヨウを見る。タイヨウの表情に余裕は無い。如月の傷を押さえながら、俺の方を向く。


「治癒が終わったら、たぶん私も体力切れで眠っちゃうと思う。でも、傷の治癒は終わっても、体がすごく弱ってるからすごく苦しいと思う。そしたらその時は……お願い」


 それだけ言って、タイヨウは如月に向き直る。呼吸を整え、目を閉じると、タイヨウの手に光が満ちていく。白い、温かい光。それを傷に当てがい、しばらく待っていると、目で見てわかるほどの速さで如月の腹の穴が内側から塞がっていくのがわかる。すげえ。これが、古文書の石(アーカイブ・ストーン)の力。"光の石"の特化能力。


「秋人、あとは、お願い、ね……」


「……おう」


 あっという間に傷は塞がり、血が止まった。タイヨウの言った通り、如月はまだ苦しそうだ。だが、呼吸はさっきとは比べ物にならないくらい力強い。タイヨウも床に倒れ込んだが、本当に眠っているだけみたいだ。

 とにかく、できることをしよう。如月を抱えて、ベッドに向かう。



 ──やっと如月の様子が落ち着いた時には、もう日が昇っていた。結局一睡もできずに朝を迎えちまった。だが、如月の熱もだいぶ引いたし、タイヨウも大丈夫そうだ。安堵のため息をついていると、タイヨウが部屋に入って来た。


「んう……秋人…………そうだ! あの子は!?」


「静かにしろ。大丈夫だ、もう平気だろうよ。念のためお前が診てやってくれ」


 タイヨウがベッドに近づき、如月の様子を一通り確認する。しばらくするとホッと一息ついて、笑顔を溢す。


「良かったあ~……ありがとう、秋人」


「は……? お前の方が頑張ったろ」


「そんなことない。秋人、寝てないんでしょ? 私はあの後すぐに寝ちゃったけど、秋人はずっとこの子と、それに私のことまで見ててくれた」


 俺がかけた毛布を突き出して、タイヨウがそう言う。なんだそれ。俺は、ただ見てただけだ。タイヨウは、如月の傷を治した。あんなに綺麗に。だから、俺じゃなくてタイヨウの方が……


「ありがとう、秋人!」


「……お前もな」


 眩しい。俺には、こいつの笑顔が、想いが眩しい。なんだろうな、この感じ。俺はたまらなくなって、タイヨウの頭を撫でた。


「よし、飯にするか」


「おー! ……でも秋人、確か冷蔵庫に何も入ってなかったような……」


 ……買い出し、できなかったからなあ…………

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