第61石 死の精霊
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「……っぶあああああああああああ!!! ふざけてんじゃねえぞぉおおおおおお!!! …………あぁ?」
グランが目覚めたのは、さっきまで転がっていたコンクリートの地面ではなかった。
何もない。真っ白な空間。
全く状況が掴めず、グランは周囲を見回す。
「……なんだ?」
グランは、遠方に1人の少女を見た。年端もいかぬ、だがとても美しい少女。黒いドレスに身を包み、悠然と歩いて近づいて来る。
「おい、ここはどこだ」
「……貴方が、『今回』の方ですの?」
目の前で立ち止まった少女は、グランの質問に質問で応える。
「聞いてんのはこっちだ」
「ああ、なんてこと。ご無礼をお許し下さい」
優雅な貴族の御令嬢の様に、恭しい礼を披露する少女。その動作は、まだ幼さが残る容姿に似合わず堂に入っている。
「ご無礼はいい。早く答えろ」
「ええ、こちらには、私がご招待致しましたの。楽しんで頂けているでしょうか?」
穏やかに笑う少女との根本的な部分でのすれ違いに、グランは苛立ちを覚える。
立ち上がって、少女を見下げる。189センチの長身と比べると、少女の小ささがより際立つ。
グランは怒りを隠すこともせず、少女に質問をぶつける。
「ご招待ぃ? だったらさっさと元の所に帰せ。殺さなきゃならねぇクソがいるんでなぁ」
「お帰り頂くことは叶いませんのよ? 貴方の分の『生』は、もう無くなってしまいましたもの」
少女の口元の笑みが、少し深くなる。
次の瞬間、グランの体に鋭い痛みが走る。グランが自分の胸を見ると、太い鉄骨が刺さっていた。
それを少女が引き抜くと、グランの胸から臓物と血が溢れ出す。グランの体が横たわり、死にゆく。
気がつくと、グランは再び健常な体で立っていた。
「なん"…………で…………」
「貴方の分の『死』も、もうありませんもの。死ねないのは当然ですわね」
今度は、グランの体がベッドに固定される。どこからか少女が電動のドライバーを取り出し、グランの眼球の前で構える。
「やめっ……」
「嫌、ですわ」
駆動音と共にドライバーの先端が回転を始める。そのままドライバーはグランの眼球を抉り、奥に突き進む。グランの絶叫と駆動音が、白い空間に虚しく消える。
痛みで何も分からなくなり、ドライバーが脳に達したその瞬間、グランの体が健常に戻る。
「はあ、はあ…………今、の…………」
「早く終わってしまって退屈ですこと」
さっきの少女の、ドライバーを構えた時の恍惚とした笑顔が甦り、背筋が凍る。
体はベッドに固定されたまま。
少女の隣に、大量の工具が置かれたテーブルが現れる。これから起こることを思い、グランは拘束具を外そうともがく。
ガスバーナーを点火しながら、黒いドレスの少女が楽しそうに告げる。
「たまに、貴方のように『死』を使い果たしてしまう方がこちらにいらっしゃるの」
ガスバーナーから炎が吐き出される。
空気の量を調節しながら、少女は語り続ける。
「普段は、平等な死を与えることしか許されないので、生き物の苦しむ様というものを見られるこの機会を、私はとても楽しみにしていますのよ」
ガスバーナーの炎が青く変わり、少女は満足そうに頷いてグランに向き直る。
「前のお客様は……600年前にいらしたんだったかしら……ですから…………」
ガスバーナーがグランの胸に向けられ、ごうごうと音を立てる。
「600年間考えていた苦しみ……154万6890通りの苦しみを、貴方に見せて頂きたく思っていますわ」
妖艶で、あどけなくて、凶悪で、純粋な少女の笑顔。『死の古文書』の代償を、精霊は歓喜して、人間に与える。
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この話にて、「アーカイブ・ストーン ──古文書の石──」は最終回とさせて頂きます。
理由については、活動報告にて述べさせて頂いておりますので、一読頂ければ。
では、また!




