第59石 ヒーロー
ベッドのシーツが血に濡れ、段々と色が変わっていく。立花の頭を中心に紅は広がる。
グランが銃口を外し、ぽつりと呟く。
「やっぱ、あんま面白くねぇなぁ」
「お"、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
許さない。許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
こいつは殺す。絶対に殺す。
身体中の骨を砕いて、内臓をぶちまけて殺してやる。
「怖ぇ怖ぇ。ひでぇ顔だぞ? ヒーローって面じゃあねぇな、お嬢ちゃん。っはははははははは!! ははははははははははははは!!」
「秋人……」
タイヨウちゃんが、立花の頭に触れる。手にべっとりと血がついたのを見る。
「今、治す、から」
『光』の古文書の石の力を使うタイヨウちゃん。
まだ心肺機能が停止していないからか、立花の頭の傷が塞がっていく。
「おー、すげぇなお嬢ちゃん。でもよぉ」
血塗れのベッドに横たわる立花。頭の傷は塞がった。
でも、
「動かねぇなぁ……? その兄ちゃん」
グランが、堪えられないというように笑い出す。
何がおかしい。笑うな。謝れ。タイヨウちゃんに、立花に謝れ。地面に頭を擦り付けて、泣いて謝れ。
虚しい、無力な怒りだけが込み上げてくる。私は、無力だ。タイヨウちゃんが立花の名を呼んでいる。何度も何度も、繰り返し繰り返し、人形のような立花の体を揺すり、呼びかける。
「は~、笑い疲れちまった……さて」
パンッ、パンッ
「………っあ"……! あ"ぁ…………!」
グランが私の両脚の大腿を撃ち、手を放す。
痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
焼けるような痛みで息が止まり、涙が溢れる。
「次はお嬢ちゃん達の番だ。こっちのお嬢ちゃんは活きが良いなぁ……そっちの白髪のお嬢ちゃんからにしようか」
グランが、銃口をタイヨウちゃんに向ける。
私は、救えなかった。一条も、立花も、タイヨウちゃんも、誰1人救えない。自分の身さえ守れない。復讐に生きることすら叶わず、ただ終わっていくのを見届ける。
無力だ。
情けない。自分が、ただただ情けない。ヒーローにもなれない、悲劇のヒロインにすらなれない。
グランが引き金に手をかける。ゆっくりと、命の重みを快楽に変えて、じわりじわりと力を籠める。零れる笑いが神経を逆撫でする。憎い。憎いのに、体は動かない。
パンッ
引き金が、引かれた。
「…………あぁ?」
グランの間抜けな声が、銃声の反響が鳴り止むのを待ってから聞こえた。
「お前、タイヨウに何してんだ」
全てを諦め、もう2度と開くまいと思っていた目をもう1度開ける。
銃口は天井を向いている。
グランの手を、横から掴む手がある。
「如月に何した」
ぶっきらぼうで、乱暴で、でもどこか優しさを含んだ声。最後に聞いたのが、随分昔のことのように感じられる。
「一条をどうした」
面倒事が大嫌いで、人の心の機微なんか全く分かっちゃくれない。
「俺の『居場所』で、何してんだ」
私のヒーローが、目を開けて、立っていた。
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