第58石 人殺しの理由
「佐倉昂に、深冬、ちゃん……?」
「フルネームか~、距離を感じるわぁ」
「へへーん、深冬は深冬ちゃんだもんねー」
得意気に小さな胸を張る深冬ちゃんに、『土の古文書』を宿した男の1人が飛びかかる。
「……! 深冬ちゃん……!」
「邪魔しないでくれるかなぁ?」
深冬ちゃんが手を向けるだけで、男の足が吹き飛ぶ。
『鉄』の古文書の石
アーカイブ・ストーン
。その適合者、佐倉深冬。血中の鉄分を操り、人体を内側から破壊するという、殆ど反則ともとれる攻撃が可能な能力。
味方になって、これ程心強い能力も無いだろう。
「深冬、殺すなよ」
「分かってる。……けど、ちょっと多いから難しいかも」
「兄ちゃんも手伝うよ」
「じゃあ平気」
昂が姿を消し、男達の中に突如として現れる。誰にも気づかれない内に相手の懐に潜り込み、掌底を叩き込んでまた消える。
気がつくと昂は私の横で、手を押さえて震えていた。
「いってぇ……固っ、あのオッサン固いんだけど……手ぇイカれるって……」
「昂にぃ役立たず」
「やめんちゃい。兄ちゃんだってやれば出来る」
「不安ー」
「最近ほんとに生意気になったなあ……まあそんなところも可愛いけど」
「昂にぃ気持ち悪い」
「俺もそれ思ったわー」
あまりにも能天気で、気の抜ける会話。
呆然として見ていると、昂が私に言う。
「さっきの人達、追わなくていいんすか?」
「だが、君達は……」
「ウチの妹は優秀なんで、余裕も余裕ですよ。行くなら早いに越したことはないでしょ」
深冬ちゃんの方を見ると、鼻息も荒くファイティングポーズを取り、こちらにピースをしている。
「……すまない、終わったらすぐに戻る」
「たぶんこっちのが早いっすよ」
「終わったら必ず会いに行くね! お姉ちゃん!」
痛む体を持ち上げ、昂に礼を言う。
急ごう。早く立花の元へ。
──グランと一条はまだ着いていないらしく、立花の家に特段変わった様子は無かった。
玄関のドアを3度ノックし、少し間を空けてまた3度ノック。念のため決めておいた合図。
するとすぐにドアの鍵が開き、タイヨウちゃんが顔を出す。
「桜花ちゃんお帰り……その怪我……! とにかく中に入って!」
中に入り、ドアの鍵を閉める。
寝室に入って床に座るタイヨウちゃん。
「治療するから、床で申し訳ないけど横になって!」
「ありがたいが、治療は後だ。今は一刻を……」
「早かったね、如月さん」
振り返る前にこめかみに衝撃が走る。壁に打ちつけられ、目の前が明滅する。
「桜花ちゃん!」
タイヨウちゃんが治療してくれる。
その間にグランと一条が、眠っている立花に近づくのが見える。
グランが拳銃を取り出し、立花に向ける。
「止め、ろ…………」
「! 秋人!!」
タイヨウちゃんがグランの手から拳銃を剥がそうとするが、体格差がありすぎる。すぐに吹き飛ばされてしまう。
何とかタイヨウちゃんを受け止める。頭から流れる血を無視して立ち上がり、グランに突きを入れる。
「ハアァ!!!」
「うぐぁっ!! っってえええなぁメスガキ!!!」
動き自体は単調だ。手負いの私でも戦える。190センチ近い体躯の長い手足はリーチがあるが、その分懐も大きい。
肘をきめ、関節を外してやる。
「う、ごああぁ!!」
グランの手から拳銃を奪い、足を撃つ。
撃った衝撃で手が痺れ、拳銃から手を放す。グランが膝をつき、唸る。
「ぐっ……痛ぇなあメスガキ……俺ぁ痛いよ……っはははははははは!! ゲームはこうでなくっちゃなあ!!」
唐突に笑い出すグラン。一条は焦る様子も無く、ただこの光景を眺めるだけだ。
「やれぇ、一条」
グランの言葉で一条が拳銃を取り出す。
身構えるが、銃口が向いたのは私ではなかった。
ターン……
グランの体が重苦しい音を立てて倒れ、動かなくなる。グランを撃った一条の表情は、これっぽっちも変わらない。
「一条、貴様何を…………」
「あ~、スッとしたぁあああああ」
倒れている筈のグランが言葉を発する。
頭を撃ち抜かれたグランが立ち上がり、私の首を掴む。そのまま持ち上げられ、壁に叩きつけられる。
足が地面を離れ、呼吸が満足にできない。さっきの男達との戦闘で肋骨が数本折れたせいで、蹴りはもう使えない。
首を掴む手を外そうとするが、男の手はびくともしない。
「あー……っはははは。死ぬってのも案外面白ぇなあ。生き返れないのはごめんだが」
グランが首を回し、楽しそうに笑って語る。
「ど……して…………」
「『死の古文書
アーカイブ
』。すげえよなあ古文書ってのは。命まで操れるんだから」
この上無い誤算。警戒するべきだった。こいつらが『土の古文書』を利用していた時点で、まだ接続者
コネクター
がいるという疑念を持つべきだった。
「これで米軍に喧嘩売るのも楽しそうだなぁ」
「おいグラン。俺達は古文書の殲滅の為に集まったんだろ。余計なことは考えるな」
「余計なこと、ねぇ…………」
パンッ
「…………は?」
「お疲れ様ぁ、一条。お前もういいや」
グランが、もう1丁拳銃を隠し持っていた。
一条の左胸に赤い染みが広がり、体が後ろ向きに倒れる。
「グラン……カハッ…………どう、じで…………」
「俺ぁただ人殺しがしたいだけ。古文書殲滅はその為の口実だ」
虚ろな目で血を吐き出す一条に、グランは半笑いで答える。
「悲しいよなぁ、俺ぁ悲しいよ。戦争が終わっちまったからよぉ……人殺しができなくなっちまった……」
当然のように語るグラン。
「人殺しが犯罪なんてどうかしてるよなぁ? 殺しが俺の唯一の楽しみなのによぉ。……今ので死の古文書の効力は分かった。だから一条、お前はもういい」
そう言うとグランは続けざまに一条に向かって引き金を引く。
一条の体が銃声に合わせて跳ね、壁と床が赤黒く染まる。やがて動かなくなった一条の頭を足蹴にし、グランは無邪気に笑う。
「あ~これだよこれこれ! やっぱ人生こうでなくちゃいけないよなぁ!! 動いてる奴撃つのってホント最高だと思うわ。だからよぉ……」
銃口が立花に向かう。
「動いてねぇ奴を殺しても楽しくなさそうだよなぁ」
「やめ……ろ…………」
「秋人に近寄らないで!!」
タイヨウちゃんが銃口の前に出る。
止めようとするが、とうとう声が出なくなってしまった。
グランの顔が嫌悪感を覚えたように歪む。
「死にたがりを殺すのが1番面白くねぇんだよなぁ…………どけ」
「あぐっ……!」
タイヨウちゃんが殴られ、また吹き飛ばされる。そして銃口が立花を捉える。
やめろ。
「そんじゃあ、名前も知らねえ古文書持ち」
やめろ。
「良い夢見ろよ」
やめ
ターン……




