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第57石 見知った笑顔

 よく見知った顔。名を呼ばれたことで、彼が本当に一条君なのだと思い知る。



「俺がここにいる理由か。どうしてだろうね」



 いつもの楽しげな声じゃない。冷めきった、無感情な言葉達。



「端的に言うと、古文書(アーカイブ)が死ぬ程憎いから、ってことなんだけど」


「…………いつから……」



 疑問が、思わず口から零れた。



「いつから、そいつらに…………」


「少なくとも、如月さんと出会う前にはとっくに」



 最初から。



「こんな、狂ったことに加担していたのか……?」



「狂った…………? ……本当に狂ってんのはお前等の方だろうが!!!」



 聞いたことの無い、一条君の怒号。紛れもなく本心から、心の奥底からの怒りがこもっている。



「こんなイカれた能力持って、普通でいろっていう方がどうかしてる!! 『これ』のせいで俺がどれだけ……! どれだけ、どれだけ、どれだけどれだけどれだけ!!!」



 獣の慟哭のごとく、癇癪を起こした幼子のごとく地面を踏みにじり、怒りを露にする。その首に、眩い青い光が見えた。



「一条君……君は、まさか……」



「そうだよ…………俺も古文書持ちだ……生まれつきこうだ……呪われてるんだよ、神様とかいうクソ野郎に、生まれた時から見放されてんだよぉ!!!」



 自分の頭を、顔を掻きむしり、吠えるように叫ぶ。

 その姿に、純粋な恐怖を覚える。



「これのせいで父親と母親に殴られた!! これのせいで父親と母親に捨てられた!! これのせいで会う人間皆に蔑まれた!! これのせいで俺の大事な人は死んだ!! これのせいで俺の居場所は無くなった!! 全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部!!! これのせいで無茶苦茶だ!!!」



 この世界の全てを痛めつけるように、一条君は叫ぶ。内臓をぶちまけるみたいにうずくまり、頭を抱えて大地に嘆く。

 僅かな空白の後、またぽつりぽつりと語り始める。



「だから……俺が世界を変えるんだ……」



 ゆらりと立ち上がって、引っ掻き傷だらけの顔を醜悪な笑顔でいっぱいにする。



「世界を正常にする。異物を取り除いて、綺麗にするんだよ。だから……」



 歪みきった笑顔は、狂気に姿を変え、人の心の奥の方を、本能的な部分を恐怖に染め上げる。



「立花もタイヨウちゃんも、このセカイにはイラナイ」



 その名前を聞いて、体が跳ねる。



「何を、する気だ……」



「ヤルコトは変わらないよ? 俺はセカイを綺麗にしたい。イラナイものはー」



 くしゃりと歪んだ狂気の笑顔は更に悪意を含む。

 彼は手を前に差し出して、何かを摘まむような動きを見せる。その手を持ち上げ、高く掲げて、高い位置で摘まむ形の指を開く。



「ゴミ箱に捨てなきゃ」



「一条、貴様ぁぁああぁあぁああああ!!!」



 一条がグランと共に去って行く。向かうのは立花の家だろう。

 嘘だったんだ。立花の親友という言葉も。立花の家に勉強会に行ったのだって、きっと家の場所を知りたかっただけだ。あの人懐っこい笑顔も、底抜けに明るくて、それでも皆のことをちゃんと見てるあの優しい目も。


 全部、嘘だったんだ。


 動け、私の体。あいつを止めるんだ。あいつに立花は殺させない。動け、動いてくれ、頼む、今だけ。後はどうなったっていいから。私に、立花を、タイヨウちゃんを守らせてくれよ。


 男達の内1人が歩み寄ってくる。



「くそっ……」



 痛む腹を抱えてうずくまる私の正面で立ち止まる。



「くそっ……!」



 足を上げ、踏み潰す動作に入る。まるで、虫けらを踏み潰すみたいに。



「くそっ、くそっ、くそぉおおおおおおおお!!!」




「厳ついオッサンが揃いも揃って女の子をリンチってのは、絵面的にもどうなんかねぇ」




 知らぬ間に、私の目の前から男が消えていた。


 いや、違う。私が男達の輪の中から脱している。

 男達の輪は、少し離れた場所にある。さっきまで、私はあそこに……?



「お姉ちゃんをいじめたのは、お前か」



 可愛らしい女の子の声が聞こえた。

 さっきまで私を踏み潰そうとしていた男の両足が、内側から弾けるように破裂する。

 悲鳴を上げる男と、途端に狼狽する男達。



深冬(みふゆ)さんや、そのお姉ちゃんってのは何かね」



 私のすぐ横から声がする。気怠そうで、でも愛情に溢れた、そんな声。



「だって(こう)にぃがずーーーっとお姉ちゃんのこと話すんだもん」


「それは関係無いっしょ」


「関係あるもん! 昂にぃが話すお姉ちゃんってとっても素敵なんだもん! だからお姉ちゃんは私のお姉ちゃんなの!!」


「へぇへぇ、よく分からんけど分かりましたよ。っと、大丈夫っすか」




 佐倉昂と佐倉深冬。かつて立花と共に救った兄妹の姿が、そこにあった。

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