第5石 眼差し
──さて、晩飯の買い出しもしないとだし、とっとと帰るか。早急に、できるだけ早く。
「逃がさんぞ立花アアアアア!!!」
「ぐっ……! やめろ、首が絞まる……何で俺に如月の学校案内なんてさせるんだ」
もっともな質問をぶつけると、一条は俺に耳打ちをする距離に近づいてきた。
「バッカお前、昼の如月さんのあの眼差し、あの反応、あれを見て何も気づかないのか……」
「興味無い」
「あれはお前、立花にホの字だぜ……如月さんって、ボーイッシュだけど超かわいいし、絶対彼女にできたら幸せだぞ。俺はな……如月さんの恋を応援したいんだよ……」
それだけ言うと、一条は満足したように俺の背中を叩き、笑顔で立ち去って行った。覚えてろあいつ。
「…………絶対許さねえ」
「ど、どうしたんだ立花、顔が怖いぞ……」
「しょうがない……とっとと終わらせよう」
「ああ、よろしくな」
──まあ、会話なんかあるはずもない。俺も学校中の教室は使うところ以外全く知らねえし、紹介っつう紹介もできない。ただ校舎を練り歩いてるだけだ。
「なあ、立花」
向こうから話しかけてきた。すごいな、こんな陰気な奴に話しかけるなんて。
「ここは良い学校だな。皆優しいし、面倒見が良い」
「……例外もあんだろ」
「何を言う! 立花も『優しい人』のひとりだぞ。こうして私を案内してくれているんだからな」
「俺は優しくない。現に、俺はお前の名前さえ覚えてないんだからな」
「なんだそんなこと。私は如月桜花、何度でも教えてやるぞ!」
やりづらい。変な奴はタイヨウだけで十分だ。
「なあ、立花……」
「今度は何だ……どうかしたか」
如月が立ち止まり、真っ直ぐ俺を見てくる。拳を握りしめて。
「この後、時間はあるか?」
「無い」
「に、にべもないな……頼む! この通りだ!」
頭を下げ、手を合わせる如月。面倒な予感以外しないが、まあいい。早く終わるといいなあ。
──へえ、こんなところに空き地なんてあったのか。ほとんど草花は生えていない、土の地面。大通りから外れたところにあるせいか、人通りは無い。こんなとこに連れ出して何なんだ。
「立花」
「なんだ。晩飯の買い出しをしたいから、早く終わらせてくれ」
「ああ、早く、早くな……」
何かが素早く動くのを見て、咄嗟に体をひねる。
ブチブチッ。なんか、音が、頭に、響く。
「いっ……! あがあああああああ!!」
痛い、肩が……ナイフ……!?
「如月、てめえ……っ……!」
「よくかわしたな、心臓を狙ったんだがな」
クソが、"夜の石"とやらの力で身体能力が上がってなきゃ死んでただろうよ。
「なんで、こんなこと……!」
「なんで……? とぼけるのはよしてくれ立花。……貴様が……貴様が私の家族を殺したんだ! 絶対に許さない! 刺し違えてでも、貴様は必ず私の手で殺してやる!」
ちくしょう、何なんだ。俺が、殺した……? 如月の家族をか。意味がわからん。悪いすぎる冗談かと思ったが、如月の眼差しは、ナイフよりも鋭く、冷たかった。
「苦労したぞ……貴様を探すのは……黒い石の所有者、"夜の石"に選ばれた者!」
ナイフを構え、駆けて来る。今度は不意討ちじゃねえんだ、素直に当たってやるもんか。
「やめろ、このっ!」
「ぐっ!」
1歩飛び退き、ナイフを蹴り上げる。よし、武器は無い、これならごり押しで制圧できる……!
「ハアッ!!」
「うっ……! ゴホッ、オエエッ……!!」
意識が飛びかける。今、何が……今の、ただのパンチかよ……なんでこんな力……
「せめてもの情けで、ナイフ1撃で息の根を止めてやろうと思ったが、抵抗するなら仕方がない……死ぬまで撃つのみだ」
まずい……! あの蹴りは受けちゃいけない、動けよ体……!
「! ほう、これを避けるか……武術の心得が無いわけではないようだ」
そんなもんは無い。無いけど避けなきゃ死ぬだろうが。地面に沈み込む蹴りって何だよ、既に人間技じゃねえだろ……
「セイッ!! ハッ!!」
「くっ……ぐぎっ……!」
頭に……! だめだ、立ってられ、ない……
「やっと、やっとだ……父様、母様、蓮華、これで、これで終わるんだ……すぐに私も……」
馬乗りになり、俺の首にゆっくりと体重をかける如月。これ、だめだ。死ぬ。死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
「ちょーっとごめんねえ」
如月が、大量の血を吐いて、倒れた。