第55石 ラグナル・フォン・アレキサンダー
革命軍。そして幹部。
このタイミングで、あのテロリスト達を想起するなという方が無理な話だ。
気品に満ちた立ち振舞いで挨拶を終えた男性──ラグナルに、雲川さんが問う。
「それで、その革命軍さんがこんな所に何の御用ですか?」
「お察しの通りです。端的に申しますと、私は皆様を」
ラグナルは、ぐるりとこの場にいる全員の顔を見回して、気軽な調子で言う。
「殺しに参りました」
あの男、テロリストの主犯格であろう男が言った『殲滅』という言葉が脳裏にちらつく。
最大限に警戒し、ソファーから立ち上がりながら男に尋ねる。
「……お前は、テレビで殺人予告を出した男の手下、ということで間違いないな」
「手下、とは少し異なります。グランと私は、『同志』として革命軍に所属しております」
「貴様等の志とは何だ。何が理由で古文書の関係者を狙う」
グラン、とはあの男の名だろう。
古文書という言葉を口にした一瞬、ラグナルの眉がぴくりと歪む。その異変は本当に一瞬で、すぐに柔和な笑みを取り戻す。
「同志が何を理由に古文書を殲滅するかなど、些末な問題でございます。一重に、私共は古文書を根絶やしにしたい。それだけでございます。ただ、私個人として、古文書殲滅の理由をお話しさせて頂くならば……」
1拍の溜め。
「怨恨、でございます」
ラグナルの纏う雰囲気が、明らかに凶悪に、狂悪に渦巻き始める。額には青筋が浮かび、握られた拳は震えている。
「老骨の与太話など、興味は無いでしょう。……そこのお嬢様」
ラグナルが私を指して言う。返答を待つかのようにこちらを窺っている。
「……如月、桜花」
「如月様……桜花とは、素晴らしい御名前。私も日本の桜は大変気に入っております」
「何か私に?」
「これはこれは、歳を取るといけませんな、余計なことばかり…………如月様は、お見受けしたところWARO関係者ではないご様子。どうでしょう、今の内に、退出なさるというのは。私も、無関係な方を殺めるのは気が進みませんので」
脅しとも気遣いともつかない言葉だ。どちらにしても含まれている意味は同じ。
ここを去らねば貴様も殺す、ということだろう。
黙っていると、後ろから雲川さんが耳打ちしてくる。
「如月先輩、外の鎮圧に向かわせたうちの戦闘員には連絡してあります。あと少しすれば……」
「戻っては参りませんよ。こちらに赴く際に、既に殲滅済みです」
「そんな筈……! 無線は……」
「……連絡、とれません…………」
ハッタリではないらしい。局員の間に動揺が走る。
「如月先輩、先輩だけでも……」
「私が相手になろう」
雲川さんの言葉を掻き消す音量で、ラグナルに言う。
「如月様、貴女は古文書とは」
「局員を連れて行ってくれ、雲川さん」
ラグナルの眉が僅かに動く。
「でも……如月先輩……」
「早く行け!!」
「それは頂けませんな」
来る。
ラグナルの動きは、確かに洗練されていた。一切の無駄が無く、かつ1撃で人を殺せるだけの威力がある。
だが
「遅い」
「なん…………!」
肘打ちが鳩尾に入る……が、防弾チョッキか。肘がジンジンと痛む。骨に異常は無い。ラッキーだったな。
「ゴホッ……如月様、貴女は一体……」
今度は堂々と、仁王立ちで言う。
「如月桜花!! 丸腰の人間に負ける訳にはいかない。父の誇りと、母の教えにかけてな」




