第53石 感染する恐怖
タイヨウちゃん、そして一応立花の首を確認すると、本当に青い光を放っていた。ただ、私の首には現れていなかったのが不思議でならない。
…………立花を殺す為に使った『土の古文書』。確かにこの身に宿した筈なのに。
1番嫌なのは、恐らく主犯格であるあの男が、この町にいるということ。
次に嫌なのは、あの男が、女子供だろうが関係無く殺す外道だということ。
古文書に何の恨みがあるのかは知らないが、どんな事情であろうが大人しく殺される訳にはいかない。
今は、立花の力を頼ることはできない。
タイヨウちゃんを守るのは私なんだと、改めて気を引き締める。
あの男が持っていた石。あれが古文書の石か、それに関係する何かならば、雲川さんに話を聞くのが最善か。
「タイヨウちゃん、私はちょっと雲川さんの所に行ってくる。誰かが訪ねて来ても、絶対に応えちゃダメだ。いいか?」
「うん、分かった……気をつけてね」
「ああ。……立花のこと、頼んだぞ」
「任せて」
心強い。
タイヨウちゃんのことを知る人間は殆どいない筈だ。立花も、古文書の石のことを他言していない今ノーマークだろう。
この家にピンポイントで狙いが定まらない限り、2人は安全だ。
外に出て、軽く体を動かす。
「久しぶりに、運動、するな」
善は急げ。急がば回らず正面突破だ。
できるだけ早く戻りたい、今日はとばすぞ。
WARO日本支部に向けて、駆け出した。
──鈍ったかな、予定より遅くなってしまった。
「しかし、どうしたものか……」
日本支部に着いたのは良いが、入り口に人が殺到していて近付けない。その対策なのか、入り口も閉まっていて中には入れそうにない。
人々は塊になって、悲痛な叫びを上げている。
「どうなってるのか説明しろ!」「古文書の専門家なんでしょ!?」「知り合いの首に青い光が出たんだ! 何とかしてくれよ!!」
近場に古文書の専門機関があったのが災いしたな。皆助けを求めにここに来たんだ。
裏に回ってみようと歩き出す前に、群衆のざわめきが異質なものになる。
「お、おい、あんた……」
「……! この人の首、青く光ってる!」
一気に動揺が広がり、青い光が現れた男性の周りから人が居なくなる。
「ち、違う! 古文書なんて持ってない、あんな力俺は知らない!!」
男性の絶叫は虚しく消え、周囲の恐怖は伝染する。
「逃げろ! ここに居ると殺される!」「おい早くどけよ!」「うわああああぁ! 助けて!!」
あっという間に人が居なくなり、男性1人が取り残される。唖然とする男性の目線は宙をさまよい、私を捉える。
「助けて……違う、俺は化け物じゃない! 嫌だ! 死にたくない!!」
縋り付く男性の怖がり方は、明らかに異常だ。
まさか、既に町で被害が出てるのか!?
とにかく、このままでは身動きが取れない。かと言ってこの人を放置するのも忍びない。ならば……
「失礼する」
「うっ……!」
気絶してもらう。力無く倒れる男性を担ぎ上げ、人のいなくなった入り口をもう1度見る。
中に人はいる。
息をたっぷり吸い、肺を満たす。
「突然ですまない!!! 雲川さんに用事がある!!! 開けてもらえないだろうか!!!」
良かった、聞こえたみたいだ。しかし、中の人達はドアを開けようとしない。
仕方ないから、1度立花の家に戻ろうかと考えていると雲川さんが顔を出し、こちらを窺う。私の顔を見ると局員に話しかけて、ドアを開けてくれた。
「開けてもらえて良かった」
「びっくりしたなあもう。奥の部屋にいたのに全然声聞こえましたよ。どんな声量ですか」
そんなに張った覚えは無いが……とにもかくにも男性を何とかしなければ。
「すまないが、この人を匿ってやってくれないか」
「申し訳ありませんが、それはできません」
「…………何?」
「できないと言ったんですよ、如月先輩」
どうしてだと怒鳴る前に、雲川さんが説明を始める。
「1人許すと際限が無くなるんですよ。この施設に、何人いるかも分からない接続者全員を収容する訳にはいかないんです。私達だって私情で施設を閉鎖している訳では……」
「放っておけばこの人は殺される! 見殺しにしろと言うのか!?」
「そうじゃありません。タイミングを待てと言ってるんです」
「そのタイミングが来た時には全て手遅れだ!! 町中の接続者……接続者だけじゃない! その周囲の人達まで理不尽に殺される!! ……私を中に入れろとは言わない。だがこの人は入れてもらうぞ」
それだけ言って中に入る。
雲川さんが呆れたようにため息をつくが、道を開けてくれる。
分かってくれると思った。
「副局長……! いいんですか!?」
「言ったって止まりませんよ。力づくならもっと無理です。如月先輩に丸腰で勝てる人なんかいませんよ。武装しててもきついでしょうし」
雲川さんの中で私が化け物みたいな扱いを受けてるんだが、酷くないか?
ソファーに男性を寝かせて建物から出て行こうとすると、雲川さんからストップがかかる。
「折角です。情報共有といきましょう。本来の目的はそっちですよね?」
………………あ。そうだった。今のごたごたで記憶から押し出されていた目的が、雲川さんの言葉で甦る。
「忘れてたんですか……良くも悪くもいつも通りで安心しましたよ」
危うく何の情報も得ずに帰るところで、ようやく情報共有が始まった。




