第4石 転校生
──力を欲したな? 愚かなことだ。
我は力を貸した。代償を支払ってもらおう。
ふふっ、命をとったりはしない。そんなことをしたら、搾取できないではないか。
「苦痛を」
「うっ、あ、あああああアアアアアアアア!!!」
痛い、苦しい、怖い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
誰か、誰か助けて、誰か……!
──ピピピピッ、ピピピピッ……
「っ! ハアッ、ハアッ、……ハアッ…………」
……床、固いな……自室のベッドはタイヨウに貸してるから、俺は居間のソファーで寝ていたんだが、いつの間にか床に落ちていたようだ。
寝覚め最悪……なんか、痛くて、苦しくて、怖い夢……夢とは思えないリアルなそれを感じた気がする。昨日のこと、意外と滅入ってんのかな……
「だ、大丈夫? 秋人……」
「ん……何やってんだお前……」
すぐ横で、タイヨウが俺の手を握って心配そうに俺を見ている。
「秋人、うなされてて……どうしていいかわからないから、その、ええと……」
「……そりゃどうも…………何だ? 良い匂いが……」
テーブルの上を見ると、簡単な(いつも俺が用意するよりはちゃんとした)食事が用意されていた。
「あ、用意してみたよ! 居候の身だし、できることはやろうと思って……」
「律儀だな、お前……」
いつもより少し急いで身仕度を済ませ、テーブルにつく。トーストとベーコン、サラダ。俺野菜なんて買ってたんだな。
「いただきまーす!」
「…………」
「秋人!」
「……いただきます…………」
何年ぶりに言ったかな。随分長いこと言ってないぞ。
「ふぉういえあ、きうあおお?」
「きたねえな……飲み込んでから話せよ」
「んぐ、んん。そういえば、傷はどう?」
「ああ、おかげさまですっかり治ったよ」
タイヨウの"光の石"は、治癒の力に特化しているらしい。自分の傷だけでなく他人の傷まで治せるらしく、昨日治してもらった。軽い擦り傷だったが、みるみる傷が消えていくのはけっこう面白かった。
「治癒の力に特化ねえ……にしちゃあ、昨日ぴょんぴょん飛び回ってたみたいだが?」
「あーかいうおえきおー」
「今のは俺のタイミングが悪かった。飲み込め」
「ん……古文書の石の適合者は、特化能力以外にも力を回すことで、身体能力とか回復力を上げることができるんだ。私は特化能力の治癒が得意な代わりに、霊力を他に回すのが苦手なんだけどね……」
「へえ……"光の石"の治癒ってどのくらいすごいんだ?」
「やったことは無いけど、リュースの話じゃ、腕1本吹っ飛んでも生えてくるらしいよ」
気持ち悪。じゃあ無敵じゃん。その上身体能力アップとか、良いことづくしだな。……強制された力じゃなければ、だけど。
「この力、リスクとかあるのか」
「リスクっていうか……使いすぎると、しばらく休まないと使えなくなるよ。昨日力を使った時感じなかった? なんていうか……体から力が抜けていく感じっていうか……」
どうだったかな……記憶している限りでは
「無いな」
「うーん、"夜の石"は別格ってことなのかなあ……」
別格、ね。まあいいや、興味無い。ここまで来てまだ疑問が湧く。
「"夜の石"の特化能力ってなんだ……」
「ええっと……そこまでは聞いてないや……でも、肉体が異常に強化されてたのは間違いないと思うよ」
最後の質問は少し抽象的に終わった。"夜の石"の特化能力について考えながらサラダをつついていると、今度はタイヨウから質問される。
「そういえば、秋人のお父さんとお母さんは?」
「……俺がガキの頃に死んだ」
タイヨウの笑顔が凍りつき、みるみる顔色が悪くなっていく。焦っているのがまるわかりだ。難儀な性格してんなあ。
「気にすんな。特にトラウマも無い。2人で出掛けて、交通事故だ。珍しい話じゃねえだろ。それ以来、親の保険と親戚の仕送りで生活してる。仕事就くまではけっこう自由に暮らせる計算だから、不自由はしてない。お前1人増えたくらい気にしなくていい」
気にすんなと言うのにこいつは……ずっとうつむいている。めんどくせえ。と思ったら突然顔上げたな。
「今日から私が家事やるから!」
「は……? いいよ別に。いつもやってるし」
「やるの! 貸して! ほら!」
手を差し出してくる。
「だからいいって。突然何なんだお前」
「今日から、私と秋人は家族だから」
……何、ちょっと喜んでんだ俺。どうやら、俺は自分が思っていたより"家族"がいないことを気にしていたらしい。反論する気も失せた。
「わーったよ……お前、ほんと変わった奴だよな」
「お前じゃない、タ・イ・ヨ・ウ! 今日1回も呼んでくれてない!」
よっぽど気に入ったらしい。"タイヨウ"の部分をやたらと強調してきた。目を輝かせてこちらを見ている。
「はいはい、んじゃ任せた、タイヨウ」
「~~~! 了解! 任せて!」
単純な奴。嬉しそうに食器を受けとり、流しに向かうと、鼻唄混じりに洗い物を始めた。
「んじゃ、行ってくる。大人しくしてろよ」
「へ? どこ行くの?」
「どこって……学校だよ」
「がっこー……?」
ああ、学校は知らないのか。どう説明したもんか。まともに授業も聞いてたこと無いし、友達もいねえし、よくわからんな。
「つまんねえとこだよ」
「つまらないところにわざわざ行くんだ……」
「…………そういうもんなんだよ」
そうだ。そういうもんなんだ。
「そっか……行ってらっしゃい、頑張ってね」
「…………ん」
頑張れ、ね……。今さら、あんなところで何頑張れってんだ 。
──あんなことがあっても、学校は変わんねえな。心底つまらない。窓からの景色も、いつも通りだ。
「よーう立花! しけたツラしてんなあ!」
「お前ってけっこう失礼だよな」
一条……なんなんだよこいつ。毎朝毎朝喧嘩売ってんのか?
「まあまあ、親しき仲にも礼儀ありだろ?」
使い方間違ってるどころの騒ぎじゃないんだが。意味としては真逆なんだが。
「そんなことはどうでもいい! 大ニュースだぞ立花! このクラスに……転校生がくるらしい!」
「興味無い」
「そう言うと思った。まあ聞け、取って置きの情報があるんだ。耳かっぽじってよく聞けよ……」
一条が耳打ちをしてくる。大きな声で言えないような情報を俺に開示するな。非常にめんどくさい。
「転校生、女子らしいぜ……」
こいつは1回人間不信に陥るくらいの不幸に見舞われれば良いと思う。くっだらない話をしていたら、担任が入って来た。
「席着いてー。急な話だけど、今日は転校生を紹介します。入って良いわよ」
全力で興味無し。いつも通り窓からの景色を見る。天気悪いな。天気予報ちゃんと見ときゃ良かった。
「それじゃ、自己紹介お願いね」
「うむ……如月桜花だ! よろしく頼む!」
「如月さんは、ご家族のお仕事の都合でこっちに越して来たの。新年度早々の転校で大変なこともあるでしょうから、皆仲良くしてね。それじゃあ席は……」
眠い……今朝の夢のせいか、良く寝れなかった……授業中寝ればいいか。
「よろしく、立花秋人」
……あ? 何が? 全体的に聞いてなかった。よろしくされるようなことしたっけ……まあいいや、適当に返事しとこ。
「ん……」
あーあ、早く学校終わらねえかな……
──うるさい……寝れない……昼休みだってのに何でこんなにうるさいんだ。隣の席に人だかりができてる。集団リンチとか古風だな。
「どこから来たの?」
「今ってどのへんに住んでる?」
「部活とかもう決めた?」
ああ、集団リンチじゃないのか。今さら何だってこんな質問を受ける奴がいるんだ。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ。そんなにいっぺんに質問されても答え切れないぞ……」
「…………」
誰こいつ。絹のような長い黒髪を後ろで1本に結んでいる。いかにも快活そうな、ハキハキとした雰囲気。転校生ってこいつのことか。一条が女子だって言ってたな。
ずっと見ていたからか、転校生と目が合った。
「…………」
「……なんだ」
目はずっと合っているが話しかけてくる様子が無い。思わずこっちから話しかけちまった。まあいいや、何にしても寝れねえし。
「え? ああいや、何でもない! すまないな、じっと見たりして」
なんだこいつ。どうでもいいか、と思った矢先、俺は視界に捉えてしまう。いかにも『あ、良いこと考えた』と言わんばかりに笑顔満開の一条の忌々しい顔面を。
「ほらほらー、皆散った散った! 如月ちゃんも困ってんだろ? これからの学校生活の中で、いろいろ知っていけばいいじゃんか! まずは、放課後に学校案内……と言いたいところだが、なんと我がクラスメイトは皆部活に入っている……あれ? 皆じゃないか……まあいいや! そしてこの中に唯一、帰宅部の奴がいる。そう、貴様だ立花秋人おおおお!!」
人を指差すなって親に教わらなかったのかこの野郎。
「てなわけで、学校案内、任せたぜ兄弟……」
兄弟じゃない。何がグッドだ親指立てるなムカつく。何考えてんだこいつ……そんなの拒否られて終わり
「いいのか? それでは、よろしく頼む。立花」
……嘘だろ