第44石 不動の大通り
このふざけた状況が古文書のせいなら、訪ねる人間は1人だ。
雲川唯。
世界古文書研究機構WAROの日本支部副局長という肩書きを持ち、今や立派なストーカーである。被害者は俺。
あいつを頼るのは非常に不本意ではあるのだが、古文書について知りたいことがあるならそうする他無いのが俺の交遊関係の乏しさを物語っている。
とりあえず如月とはあの場で別れ、家に帰った。今はタイヨウに出掛ける旨を手短に伝えてWARO日本支部に出向いたところである。
ラガット襲撃の時の傷痕はすっかり消え、皆忙しそうだ。長居するのも悪いと思い、手近にいる人間に声をかける。
「あの」
「はい。……あなたは……?」
「ああー、えっと……山本局長に会いたいんですけど……立花って言えば分かると思います」
「かしこまりました、かけてお待ち下さい」
研究機構と言う割に、来客を想定してるのも面白いよな。入ってすぐにロビーみたいなのあるし。
しばらく待っていると、さっきの女性が歩み寄って来た。
「申し訳ありません……山本は現在外出中でして……」
「じゃあ直接でいいか……雲川……さんはいますか?」
「はい。少々お待ち下さい」
仕事中だろうからとりあえず上司に掛け合おうと思ったんだが、いないなら仕方ない。現状ここの最高責任者は雲川ってことだろうし、直接呼んで問題無いだろ。
今度はすぐに女性が帰って来たが、雲川の姿は無い。
「申し訳ありません……雲川は、立花という名前の知人はいないと申しております。お通しするには正式な手続きが……」
どうなってやがる。
いや、単純明快だ。雲川も既に古文書の被害を受けている。
問題なのは古文書の効果。
俺の知人がピンポイントで狙われているのか、それとも俺自身にその力が及んでいるのか。また、効果は特定の人物のみを対象としているのか。
これ以上ここで粘るのは無意味か。ここに武力があるのは前回で分かったし、また腕を折られかけるのは嫌だしな。
女性に礼を告げ、日本支部を後にする。
取り乱しちゃいないが、今のところ打つ手が無いというのが痛い。如月の様子を見る限り、この現象は目下進行中らしい。だとすれば、その内タイヨウも俺に関する記憶を無くすのか。
……余計なことは考えずに行動するか。危険な状態ではないとは言え、迷惑なのに変わりは無い。
古文書絡みの事件への耐性が強くなったなと下らないことを考える。今後の方策を練りながら歩いていると、視界の端に人を捉えた。
「…………!」
女性が倒れている。ピクリとも動かないところを見ると、呑んだくれではなさそうだ。急いで近づき、呼びかける。
「おい、大丈夫か?」
「…………」
「…………息はしてる」
案の定酒臭くはなかったが、何故こんなところで寝ている? 一応助けを呼ぼうと周りを見渡すと、10メートル程先だろうか。
人が倒れている。
「嘘だろ……悪い、すぐ戻る」
それまで看ていた女性の元を離れ、もう1人の倒れる人の様子を見に行く。
「おい、おい! ……この人もか」
今度は男性。呼吸も脈もある。ただ眠っているだけ。場所が問題なのだ。どうしてこんな道端で。
万が一ということもある、一応救急車を呼ぼう。
救急に連絡を入れる。
「…………出ないってことがあんのかよ」
いつまで経っても応える者は無いので、とりあえず携帯をしまう。
運ぶにしたって助けがいる。
大通りに出れば誰かがいるだろうと思い、小走りで大通りへ。
1度に2人も道端で寝こける人を見るのは初めてだ。……1人でも初めてか。
大通りに出る。助けになりそうな人を探そうと大通りを見回そうと思って気がつく。
「なんで……皆寝てるんだよ……」
大通りにいる誰1人として、立っている者はいない。通行人はもちろん、店の店主もだ。車に関しては何台かがガードレールに軽くぶつかった状態で止まっている。運転手も眠っているのか。
「何がどうなって…………! 如月!!」
遠方に、フラフラと歩く人影があった。目を凝らしてみると、如月であることが分かる。
駆け寄って、倒れそうな体を支える。
「おい、分かることがあったら教えてくれ。何が……」
「……ここは……どこ、ですか……?」
如月から発されたとは信じ難い程細い声。そこにいるのは、本当は如月ではないのではという錯覚さえする。これじゃあ、こんなのまるで……
「私は……誰、なんでしょう……」
個性の無い人形だ。




