第3石 タイヨウ
──家に入り、必要な情報を聞いていく。
「あいつらは何でお前を追ってるんだ?」
「……私が"夜の石"を持って逃げ出したから」
「その"夜の石"ってのは何なんだ? 俺が飲み込んだってこと以外何もわからん」
「! そうだった! 体は大丈夫!? どこか痛くない!?」
「うおっ、何だよ!」
突然女の子が俺の体をまさぐり始めた。ケガを探しているんだろうが、手に少し擦り傷ができたくらいだ。
「何ともねえよ、それよりあの石が何なのか教えろ」
「…………あの石は、古文書の石のひとつなんだ」
「……アーカイブストーンって何だ」
質問したらしただけ疑問が湧いてくる。今までこんなに物事に関心を持ったことが無かったからか、頭がキャパオーバーしそうだ。
「本当は無関係の人に教えたくはないんだけど……もう無関係じゃいられないよね……」
伏し目がちにそう言うと、姿勢を正して話し始めた。
「古文書の石は、太古の精霊が残した遺産。精霊の力の命を凝縮させた、古文書の力の源なんだ。それぞれの古文書の石には役割が定められてる。君が飲み込んでしまったのは"夜の石"。かつて夜を創ったとされる精霊の石。現時点で……最悪の石」
「最悪って……どういうことだ」
「力が絶対的すぎるんだ。"夜の石"を操ることができるなら、この世界を支配できるほどに……私が逃げてきた組織、確か"リュース"とか言ってたっけ……そいつらは、その力を自分達のボスに定着させるために、人体実験を繰り返してるみたい。もちろん他の石でね」
絶対的な力。それを俺が飲み込んだ? まあ、今んとこその力とやらを使う気は無いし、世界の支配にも興味は無い。
「それだけは阻止しなきゃならない……"夜の石"の力は、個人に渡ったらいけない。間違った思想を持った人の手に渡れば、世界がめちゃくちゃになる」
それはまあ、俺も少なからず迷惑だ。ただ、この話を聞いてる途中に思ったことがひとつ。
「俺、そこまで聞いて大丈夫か?」
「……あっ」
古文書の石について聞きたかっただけなんだが、いつの間にか世界征服のやり方のレクチャーになっている。恐らくその"夜の石"の力が定着したであろう俺に、そこまで教えていいもんなのか。
「いや、あ、そっか、あの、今の無ひ! 無しで!」
噛んでるし。所詮子供って感じだな。肝心なところでポカをやらかす。顔面蒼白で涙目、そろそろ泣き出しそうなのでフォローを入れる。
「安心しろ。俺は世界征服に興味は無いし、戦争に積極的な異常者でもない。極力その力とやらは使わない」
そう言うと多少安心したのか、落ち着きを取り戻したようだった。ここで考えなきゃいけないことがある。
「んで、今後俺はどうしたらいい?」
「……たぶん、リュースはまた襲ってくる。それこそ、どんな手段を使ってでも"夜の石"を手に入れようとするはず……」
だろうな。あの男のお手本みたいな捨て台詞の通りなら、次にあいつが来た時、俺は酷い目に遭うってことだ。
「だから、私もこの家に住む。戦いは苦手だけど、君を守る」
「無理」
「元はと言えば……って早っ! 断るの早い!」
「……って言いたいところだが、まあ仕方ない。事情がわからなすぎる。どうせあいつらまた俺のところに来るんだろ? だったら、事情がわかってる人間が近くにいる方がなにかと便利か……何も知らないであんなのとまた戦うとか、冗談じゃないしな」
「……ねえ、なんでそんなに落ち着いてるの……? 自分の命が危ないかもしれないのに……」
「さあ……自分の命に、興味が無いからかな……」
だからこそあの時、得体の知れない石を飲み込めたし、あの男に啖呵を切れた。
「でも、あの時ちゃんと逃げようとしたよね……」
「基本的に面倒は避けるのが俺の癖だからな。だが、なんでか知らないけど、お前を助けなきゃって思ったんだよ。自分でも意味がわからないけどな……」
「……なんでだろうね……?」
だから俺が知りたいくらいだっての。
「……お前、名前は」
「人に名前をきく時は自分からって」
「立花秋人」
「…………」
時間の無駄だと思い食いぎみに答えたらふてくされてしまった。めんどくさい。
「……A-001」
「何?」
「私の名前、A-001。それ以外は知らない」
どういうことだ、これが人間の名前か。ふざけてる。……あれ、今俺、怒ったのか……? 他人の理不尽に対して憤るなんて、今まで無かったな……
「私は、リュースの人体実験の初めての成功例。"光の石"の適合者。物心ついた時から実験体だったから、実験体としての名前しか無いんだ……」
やっぱり、俺はこの理不尽に対して怒っているらしい。今まで、人間じゃないんじゃないかってくらいに他人を思いやれなかった俺が。
「……タイヨウ」
「え?」
「A-001って呼びづらいから、お前の呼び方、タイヨウな。文句あるなら自分で考えろ」
他人の呼び方を考えるのも、初めてやった。彼女の髪の輝きを表す言葉。文句を言われる気満々だったが、女の子の顔はどんどん輝いて、満面の笑みになった。
「タイヨウ……タイヨウ、タイヨウ! なんか、すごくあったかい名前……!」
まさかとは思うが、太陽を知らないってことは……可能性が無いとは言えないのか。産まれたその時から実験体として酷い扱いを受けてきたとしたら……
「あ、もしかして空の太陽とかけてたりする? でも、私に太陽っぽいところあるかな……?」
ああ、普通に知ってんのか。そこそこ人間らしい扱いはされてたってことだろう。
「"光の石"の適合者とか言ってたし、ピッタリなんじゃねえの?」
「……私、石の適合者って、言っちゃった……?」
深く頷く。さらっと、だが確かに言ってたな。
「な、無し! それ無しいいいいいい!!」
無しにはならねえよ。バカ。