第35石 兄妹らしく
鉄扉から緩慢な動きで姿を現したフェルギフの表情は、いつもの無表情だ。
事情はよく知らないが、フェルギフと昂の会話には、殺すというワードが入っていたのは覚えている。あれが冗談でないなら、これからフェルギフは昂を殺すために動くはずだ。
目の前で抱き合う兄妹は、当然俺からしたら赤の他人だ。タイヨウを返してもらえるなら、実際のところどうなろうが知ったことじゃない。
それでも、如月が必死の説得で拾った命だ。ここでみすみすフェルギフに殺させる程、俺は人間終わってないつもりだ。
「お互い、めんどくさいのは嫌いだろ」
「…………」
無言のフェルギフに、如月と昂が警戒の色を見せる。その視線をまるっきり無視し、フェルギフは兄妹の『母だったもの』が眠るベッドに近づく。
「貴様、一体何を……!」
「落ち着け如月。たぶんだが攻撃はしてこねえよ」
「どうしてわかる!」
「霧、あいつまだ出してないだろ」
フェルギフの攻撃は、必ず霧を伴い、霧の中から生み出されていた。その霧をまだ発生させていないということは、あいつに攻撃の意思は無いということだろう。……確証は無いが。
如月をどうにか抑えてフェルギフの動向を見守る。フェルギフはベッドの傍まで来ると、その上に横たわるヘドロの中に手を突っ込んだ。
右腕を入れ、10秒程度掻き回した後に手を抜く。その手には、2つの石が握られていた。
「石は、回収させて、もらう」
「この兄妹はどうなる」
「別に。好きに、したら? 私が用があった人は、もういない、みたい、だし」
ベッドを一瞥してそう言ったフェルギフの表情には、少しだけ、ほんの少しだけ影が落ちた気がした。扉から外に出て、床に座り込んで震える雲川にその石を見せると、雲川の震えはますます激しくなる。
「おい、雲川に何した」
「ただ、見せた、だけ。……なるほど、ね。良いこと、分かった。ありがと」
勝手に納得した風に頷き、霧が充満した最初の部屋に戻っていく。灰色の扉を霧の中から出現させたフェルギフが、去り際にこちらを振り返って呟く。
「良いこと、分かったお礼に、良いこと、教えて、あげる。あの子達の、お母さんの中にあった、この石。片方は、"夢の石"って、いうの。
きっと、執念だった、のね。あんな状態でも、力を放ち続けてた。でも、私が回収した、から、もう力は出てない」
「要するに?」
「あの子の夢も、醒めるかも、ね」
らしくない婉曲的な表現の言葉を残し、フェルギフが扉に消える。さっきまで立ちこめていた霧が晴れ、フェルギフの存在は完全にこの場から消えた。
ベッドのある部屋に戻ると、まだ2名警戒の表情で待っていた。
「……奴は?」
「もう構えなくていいぞ如月。帰ったよ」
「……っぷはあ! ああ……良かった……」
本気で安堵した顔をする如月に、こっちの気まで緩んでしまう。
「あー、お前……昂、でいいのか?」
「いきなり下の名前はちょっと……佐倉昂だ。佐倉でいい」
「んじゃ佐倉。お前の妹のことだけどな」
そこまで言うと佐倉の体が一気に強張り、修羅のごとき表情になる。
「一応良いお知らせだからその顔止めろ。……妹が母親が見えてるってやつ。どうやら古文書の石の効果らしい」
「……は…………? それ、って……」
「治るってさ。フェルギフの言うことだから、信憑性は何とも言えねえけど」
とは言うものの、あいつは嘘をつく奴でもないだろ。嘘を考えるのもめんどくさいタイプのはずだ。俺がそうだからな。
そう言った直後、理解が追いつかないのか佐倉は妹の顔を眺めたまま硬直している。
「深冬…………」
「昂にぃ? ど、どうしたの? どこか痛いの? お兄さん達が何かしたの!?」
今度は妹の方がこちらを鬼の形相で睨み付けてくる。冗談じゃない。また体を破裂されてたまるか。
夜に相談すべきか悩んでいると、佐倉が妹のことを、さっきよりも力強く抱き締める。
「良かった……深冬……良かった…………」
「こ、昂にぃ痛い……」
あぶねえあぶねえ。九死に一生を得た。
今までで一番兄妹らしい2人の姿に如月の顔が綻び、ホッとしたようにため息をつく。
とりあえず、事件自体は解決か。
とりあえず、な。
とりあえずです。




