第2石 この力は
俺の家の前に、やたらと目立つ服装の男がいた。白い西洋の騎士のような服で、マントまでしている。時代と国が違えばどうだったか知らんが、正直ダサい。
「……そこの貴様」
失礼だなこいつ。初対面の人間に貴様って。家の前にいる以上俺に用事があるんだろうから、とりあえず応える。
「何ですか」
「白い髪の女はどこだ?」
「……さあ、知らないですね。そこ、俺の家なんでどいてもらっていいですか」
男の横を通り、家の扉を開けようとする。鍵を鞄から出そうとしたところで、首に衝撃が走った。
「うっ……!」
「聞こえなかったか? 私は『どこだ』と言ったんだ。貴様があの女と関係していることはわかっている。死にたくなければとっとと答えろ。あの女は、"夜の石"はどこだ?」
男に首を掴まれ、まともに息ができない。何を言ってる。夜の石? 話がさっぱり見えてこない。俺の思考の間にも男の手は力を増していく。まずい、これは本当に、死……
「はあああああっ!!」
「なっ!?」
男の腕が何かに弾かれ、俺の首から離れる。突然空気を得た俺の肺は悲鳴をあげている。霞む視界で捉えたのは、俺から距離をとる男と、俺を守るように立つ太陽の髪の女の子だった。
「戻って来て良かった……大丈夫? あいつ、私に用があるみたい」
「やっと見つけたぞ……」
男が女の子に殴りかかる。何だあれ……およそ人間には不可能だろうという速さで男は走り、攻撃する。女の子も、それを異常な速さでいなし、受けている。
「大人しく"夜の石"を渡せ」
「くっ……!」
少しずつだが、男が優勢になっている。
"夜の石"ってのは、恐らくだが俺のポケット入っているあの石のことだろう。つまり、俺はこの石を置いてこの場から逃げれば、また平和な日常を取り戻せるってことだ。
男は女の子を完全に制圧、地面にねじ伏せた。勝負は決まってしまったらしい。
何やってんだ俺、早く逃げろって。こんな連中と関わったってロクなことが無いだろ。早く石を置いて、逃げなきゃ……
「おいてめえ! てめえがほしいのはこれだろ!」
あーあ、バカじゃねえのか。こんな面倒そうなことに首突っ込んで。人生2回目だ、余計なことに首突っ込むのは。1回目だって、つい昨日の攻撃じゃねえか。懲りろよこのバカ。でも何でだろうな
「ざまあ見ろ、ストーカー野郎」
後悔は、無い。石を、飲み込んだ。
「な、なんてことを……!」
「貴様…………!」
大の大人がみっともねえ。口をパクパクさせて冷や汗かきまくってやがる。この石が相当大事な物だったらしい。女の子も驚いているが、そんなことはどうでもいい。男が動揺している今なら、何とかできる。この状況を打開できる。そう思って男に向かって駆け出した。駆け出したつもりだった。
「……あれ?」
俺の視界が歪み、立っていられないほどの吐き気が押し寄せてきた。
「うっ、あ"あ"っ、痛い、痛い、違、助け……!」
頭が割れそうだ。体中が焼けるように熱く、胴体は捻り切れるような痛みに襲われる。何だこれ。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「貴様! 吐き出せ! 今すぐ吐き出せ! それが何かわかっているのか!?」
男が何か言いながら俺の首を絞めてくる。やめろ。触るな。やめろやめろヤメロ
「俺に触るな」
フッと体中の痛みが嘘のように消え、明瞭に言葉が吐き出せた。
「ぐあっ!」
「うぐっ……!」
男を弾き飛ばすことができた。ああ、加減しないとあの子まで吹き飛ばしちまう。……"できた"? "加減"? どういうことだ? わからないのに、わかる。この石から伝わってくる。
「まさか、石の力を……!? 愚か者が……!」
「うるせえな、失せろ」
「ブッ」
腕を男に向けて振るう。面白いように男が吹き飛び、地面に叩きつけられる。歯が折れたのか、口から血を流しながら男がフラフラと立ち上がる。
「そど、力は、ゲホッ……我々が……」
「セルペント。一旦戻りましょう」
いつの間にか、男の側に人が立っていた。ローブのせいで顔が全く見えない。
「しかし……!」
「会長の命令です。行きますよ」
「……くそっ! おい貴様! ゲホッ……覚えていろ……」
「逃がさねえよストーカーが……」
「もうやめて! もういいんだよ!」
あの子に止められ、一瞬思考が止まる。その間に男達は去って行った。
「もういいって……どうせあいつらまた」
「バカ!!」
頬を平手打ちされた。いわゆるビンタというやつだ。
「いって……何すんだよ。俺はお前を助けて」
「古文書の石を飲み込むやつがどこにいるんだよ! うまく適合してなかったら死んでたんだよ!? もう、この、その……バカ!」
「言葉出てこねえんなら無理に罵倒すんなよ……」
どうやら俺の身を案じているらしい。他人の為に泣く奴なんて初めて見た。変な奴。
「古文書にも関わらないでって言った!」
「関わったつもりは無い」
「私のことも知らないって言えって言った!」
「言った」
「……無事で、良かった…………」
「…………なんで、そんなに他人に入れ込む」
「君が、私を家に入れてくれたから。助けようとしてくれたから」
言葉に詰まる。それだけ? たった、それだけの関係の人間のために命を張ったってのか。理解できない。
「……とりあえず、俺は家に帰る」
「私も行く」
「は?」
「心配だから、私もついていく!」
冗談だろ…………