第28石 『腕無し』と『半顔』
「雲川、タイヨウの位置はどこまで追える」
「パワフルな古文書ですからねえ。20キロくらいは追えますよ」
となると、あの男の移動速度から考えれば15分前後で雲川が感知できなくなる。それまでにこの猿共を片付ける。
「十分だな」
さっき『腕無し』の能力は見た。あれだけとは限らないが、情報が無いよりはマシだ。問題はもう1匹。『半顔』の方だ。どんな方法で攻撃してくるのか検討もつかない。だが、考えてる暇は無い。
「立花、私も!」
「下がれよ如月。正直邪魔だ」
「なん……!」
そう、邪魔だ。如月のフォローをしてたんじゃあ、思ったように動けない。
「無茶はするなよ!」
おそらく"夜の石"の副作用のことを言っているんだろう。分かってる。効率を考えろ、器用に動け。
不用意に力を出さないように調節し、拳と脚に力を集中させる。地面を蹴り、『半顔』に迫る。拳は顎に入ったものの、肘や肩が悲鳴をあげた。しかも相手にほとんどダメージは無い。
「うっ……!」
「バカ者め。拳のみを強化するやつがあるか」
"夜"の、珍しく深刻そうな声が頭に響く。
「いくら再生が可能とはいえ、これではかえって非効率だ。よく聞け。戦い方というやつを教えてやる」
やけに協力的だな。どういう風の吹き回しだ。
「お前が苦痛に耐えきれずに力を使わなくなることの方が、我にとっては死活問題だ。苦痛はあくまで"対価"だからな」
ああそうかよ。それならとっととご教示願おうか。こちとら時間が無い。
「本当にクソ生意気な奴め……悪いが口は達者ではない。できるだけ説明はしてやるが、感覚で覚えろ」
何千年だか何万年だか知らないが、そんだけ長生きしときながら情報のアウトプットが苦手ってのはどういう了見だ。1分1秒でも時間が惜しい俺にはありがたい申し入れだが。
「肉弾戦に持ち込むなら、出し惜しみはするな。全身を強化しろ。でなければ、お前の体はあっという間に木っ端微塵だ」
結局、力の調節とかしてる場合じゃないってことか。戦い方とやらを次々解説してくる"夜"の声を、時に聞き流しながら体の内側から力が滲むのを感じて、走り出す。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!」
「黙ってろ!」
『腕無し』の超音波のような鳴き声を無理矢理突破して顔を殴りつける。距離をとろうとする『腕無し』の首を掴み、地面に叩きつける。これで喉は潰した。コンクリートに猿の頭は沈み込み、嫌な音を立てる。
首を掴む手と逆の手を振り上げ、顔面に突き入れる。吹き飛ばす勢いで殴ったが、猿の首はまだついている。
「丈夫だな……!」
もう一度右腕を振り上げると、ゴリッ、という音と共に激痛がその腕を襲った。肘の関節が熱くなり、肘から先が力を失ってだらしなく垂れ下がる。痛みに顔を歪めるが、頭は冷静だ。『腕無し』が動いた様子はない、なら……
「『半顔』……動いて、ない……?」
猿の片割れ『半顔』は、最初の位置からまるで動いていなかった。動かず、左目だけでジッとこちらを見ている。その目から血を流して。『半顔』の目を見て思考を巡らせていると、今度は右目に強烈な痛みが走る。
「あぐっ……!」
「ァ……ア、アアアアアアアア!!」
思わず右目を押さえると、ドロリと温かいものが押さえた手を濡らした。それが何かを確認する前に喉を潰したはずの『腕無し』が声とも言えない声をあげ、俺の体を吹き飛ばす。右肘と右目の痛みでまともな受け身はとれなかったが、体を強化していたおかげで追加のダメージは避けられた。
「いっ……何、が……!」
「このっ!」
いつの間に間合いを詰めていたのか、如月が『半顔』の顔に強烈な蹴りを入れる。いつかの犬のように貫けはしなかったものの、『半顔』の顔はミシミシと音を立てて横に捻れる。しかし、そのダメージが無かったかのように『半顔』の腕は動き、如月の脚を掴んだ。そのまま腕を振るい、こちらに投げ飛ばしてくる。
「ぉぉおおおお!?」
「くそっ……!」
すかさず飛んでくる如月を避ける。そこそこのスピードで宙を舞っていたはずの如月は、空中で体勢を立て直して綺麗に着地する。
「お前には女1人受け止めるくらいの気概は無いのか!!」
「お前じゃなかったらちゃんと受け止めるよ」
「こんの……!」
「いいから聞け、考えがある。雲川! お前は物陰に隠れて……もう隠れてんのか」
俺の考えが間違ってなければ、『半顔』の能力は、視界に入れた物を破壊する力。これだけ聞くと反則くさいが、この力は一定時間のインターバルを必要とする。そうでなければ、奴が攻撃を始めたその瞬間に俺は見るに耐えない肉塊になっていたはずだ。
『半顔』の顔が如月の蹴りで明後日の方向を向いたその先のコンクリート塀が砕け散ったのを目ざとく見ていたことと、これまでの俺の怪我の功名。
『半顔』は、自分の手で無理矢理首を元の方向に戻そうとしているらしく、今はこちらに目が剥いていない。今しか無い。
如月に大まかな動きを伝えて、行動を始める。首が大きく右に歪んだ『半顔』にとっての死角に向かって如月と走る。走っている途中に『半顔』の首は正面を向き、1つしか無い眼球が如月を捉えようと忙しく動き始める。
「はぁっ!!!」
再び凶悪な蹴りを入れようとする如月の脚が、今度は顔に届く前に受け止められる。標的の片割れを無力化したと踏んだ『半顔』はすぐに俺に向き直る。
心なしか口の端を引き上げ、『半顔』が微笑んだかのように見えた。勝った、とでも言いたいのだろうか。
「猿が。人間様に勝てると思ってんのか」
"夜の石"の力を引き寄せる。ロープのように伸ばしていた力の先には『腕無し』がいる。声を飛ばす先を俺に定め、まさに叫ぶぞという瞬間に『腕無し』のうなじが抉れ、赤黒い血を吹き出す。
血の噴水の向こう側で、『半顔』が目を見開いているのが見える。ロープにしていた力を手元でいびつな棒状に変形させ、振りかぶる。
「おらぁ!」
風を切り裂き、唸りを上げて棒が飛ぶ。いける、絶対にあたる。
「……!」
空いている右腕。恐らく大した考えも無く構えられたそれを貫いたことで、棒の軌道が僅かにそれる。左目に突き刺さるはずの棒は、顔のすぐ横を通り過ぎる。『半顔』は俺を狂気の左目で睨み付ける。俺を、終わらせるために。
「っずあああああああ!!」
『半顔』に捕まっていた如月が吠え、体を伸ばしてまだ威力の衰えていない棒を空中で掴む。ガリガリと削れるような音が如月の手から響き、如月が顔をしかめる。それでも確かに棒は飛ぶのをやめ如月の手の中に収まる。
「ああっ!!」
ブチュッ、と、トマトでも潰れたかのような嫌な音と共に、棒が『半顔』の左目があった場所に突き刺さる。
「ォオッ……! オオオオ!!」
完全に視界を奪われた『半顔』は、一瞬痛みにおののくような素振りを見せたが、すぐに行動を始める。
自分の左目を奪った者を殺すため、腕を振る。
「助かった、如月」
"夜の石"の力で間合いを一気に詰め、『半顔』の両腕を握り潰す。
「さっきの猿とお揃いだな」
らしくもない皮肉を吐いて、全力の拳を『半顔』の胸にねじこむ。明らかに俺の腕よりも大きな風穴を胸に開け、『半顔』は倒れて地を揺らした。




