第25石 覚醒
「……え?」
「立花、立花……!」
「殺さない、つもりだった、けど……それは、面倒だから。ごめん、ね」
赤い。体が赤い水溜まりに転がる。感覚が、無い。これは、血、か……? 俺の……血。
如月が俺の横に座りこみ、何かを言っている。聞こえないぞ。いつものでかい声はどうしたんだよ。
──「お前、死にかけているぞ」
……は? 俺が? なんで。
「バカ者が……あの小娘にはめられたな。如月とかいう女を助けるのを見越して、お前の腹に穴をあけた」
……俺、死ぬ、のか。
「別に構わんだろう。自分の命に興味が無い、だろう?」
まだ、死ねない。タイヨウを残して死ねるか。
「だがこの出血では絶対に死ぬぞ。どうする?」
なんとかしろ。
「なんとかしろ……? ふふっ、ふはははははは! なんとか、なんとかしろお? ははははは! はあ、面白い! 面白いぞ立花秋人。わかった。ケチケチしたことはもう言わん。殺意はいらない。好きなだけ使うがいい。我が力を」
殺意がいらない……? 気前がいいな。
「その分、後で"苦痛"を多くもらうまでだ」
最悪だよクソが……
「文句を言うな。我がここまでの好条件を人間ごときに与えるのは初めてだぞ?」
光栄だな、精霊サマ。
──意識が次第にはっきりしていく。血が傷に戻っていき、傷がみるみる塞がる。手に力が戻り、体を起こせる。如月の声も、ようやく聞こえた。
「お前、大丈夫、なのか……?」
「ああ。待ってろ、すぐここから出してやる」
「反則……」
フェルギフの顔が歪み、悔しそに声を漏らす。霧の中から石板が押し寄せる。
「邪魔だ」
石板に力の塊をぶつける。簡単に石板は砕け散る。霧まで吹き飛ばせた。視界は良好。
「本当に、ずるい……!」
「瞬間移動できる奴が言うか」
腹に触れ、傷を確かめる。綺麗に傷が無くなってる。"夜の石"の力も、さっきとは比べ物にならない。
「お前らの上司はどこにいる」
「流石に、教え、られない」
まあいい。無理矢理にでも聞き出す。
足に力を集め、一気に跳躍する。信じられない速度でフェルギフと肉薄する。石板で蹴りを防がれるが、石板ごとフェルギフを吹き飛ばす。短く唸り、壁に叩きつけられながらも、手を前に伸ばしている。
「こう、すれば……あなたには、勝てそう……」
手は如月に向かっている。この距離だと、確かに俺の手は如月に届かない。"俺の手"は。
「やめとけ。時間の無駄だ」
"夜の石"の力だけを飛ばし、石板を消し去る。振り返ると、フェルギフは壁に寄りかかって息を荒げていた。
「反則、すぎ……」
「もう1度聞く。お前の上司は、どこだ」
「さあ、ね」
フェルギフの目の前に大量の石板が現れ、身を隠す。石板を吹き飛ばすが、その奥にフェルギフはもういなかった。霧はその場で散り、消えた。痕跡を残さずに霧を消せるのか……本当に俺をおびきだすためだけに、霧を火事の現場に残してたのか。
如月は、地面に座りこんだまま呆然としていた。ケガは無いようで安心した。
けど、まあ、気持ち悪いだろうな。死ぬほどの傷が一瞬で治り、化け物みたいな力を振るう。ついに手で触れなくても物を破壊できるようになった。怖がるのが普通……
「立花、お前……すごいな……」
「……は?」
「それも"夜の石"の力なのか? 傷は……本当に治ってるな……良かった」
如月が立ち上がり、俺の腹に触れる。怖がるどころか、心配してやがる……流石だな。
「気味悪がらないんだな」
「気味悪がるって……今さらだろう。私の腹の傷を塞いだのも古文書の力だ。発火能力も一瞬で遠くに行ける能力も見た。これ以上、何も気味悪いと思う必要も無いだろ」
からかうような笑顔で俺の肩を叩く。思わず俺も笑ってしまう。
「……頼もしいな」
「だろう? 遠慮せず頼れよ、立花」
「…………じゃあ、早速頼っていいか」
「良いぞ、できることをしよう」
いいのだろうか。如月に重荷を負わせることになる。相当に、重たい荷物を。




