第1石 邂逅
『次のニュースです。世界古文書研究機構"WARO"は昨日、新種と思われる古文書の影響を受けた蜂を確認したと発表しました。その蜂は……』
いつもの癖でテレビをつけて、用意したトーストをかじる。まるで興味の無いニュースだった。これ以外に何か興味があるのかと聞かれても困るだけだが。
トーストを食べ終わり、牛乳を1杯飲む。食器を洗い終わったら鞄を掴んで登校する。いつもの桜並木に、まだ桜の花が残っている。なんてことはない、日常の1コマ。学校についても変わったことなんて無い。
「よう、立花!」
「……おう…………」
毎朝こいつも物好きだ。わざわざ俺に話しかけるなんて。適当に返事をして自分の席につき、窓からの景色を眺める。
「……一条、お前よく立花に話しかけられるな。あいつ無愛想だし、表情変わらないし、ちょっと怖くね?」
「ん? んー、まあ無表情だけど、悪いやつじゃねえぞ? 何事にも無関心なのは良くないけど、あいつ顔良いから、仲良くしてっと女子とお近づきになれてお得だぜ?」
「何言ってんだよ……無愛想すぎて女子も近寄らないだろ……」
今日も勝手に1日は過ぎてくれる。
──いつもの帰り道。家の近くの公園を通って家に向かうコース。いつも通りの風景だと思ったが、今日は少し違った。
ベンチに女の子が寝ていた。真っ白な、太陽の光のような髪と肌。かなりの薄着だ。もう春とはいえ、まだ夜は冷える。明らかに異常だ。だが……
「興味無し……」
そうだ、俺の人生に何の関係があるんだ。あの女の子だってやりたくてやってるんだろ。関わるな。目を背けろ。
「…………何だってんだ……」
目が離せない。あの女の子から。あの女の子から何か異様な感じがしてしょうがない。俺の脳が訴えかけるんだ。見過ごすな、後悔するぞ、って。
「……くそっ」
俺は、俺の知る限り初めて、自分から何かに首を突っ込んだ。
──抱えてみて気づいたが、女の子はひどい熱が出ていた。当たり前だな、こんな薄着で外で寝てたんだ。他人の看病なんてまるでしたこと無かったから、処置はテレビの見よう見まねだ。合っていたのかわからないが、女の子の表情は少し楽そうになった。
しかし本当に華奢だ。歳は俺より何歳か下だろう。
ふと、女の子のそばに黒い何かが落ちているのを見つけた。拾い上げて見てみると、どこまでも黒い、暗い石だった。ただの石のようには見えないが、この子の持ち物か? とりあえず預かっておこうとポケットにしまったところで、女の子が目を覚ました。
「ここ……私は……」
「公園で寝て風邪ひいてた。お前バカだろ」
「……! なんで私と関わったの!? くっ……今すぐ私は出ていくから、誰かに私のことをきかれても知らないって答えて!」
「は? あ、おい!」
わけのわからないことをまくし立てて、女の子は玄関に走り出した。出ていく直前に女の子は振り返って、真剣な眼差しで俺に告げた。
「絶対に、古文書には関わらないで……」
それだけ言って、女の子は家から出ていった。しばらく唖然としていたが、ハッとして外に出る。その時にはもう、女の子の姿は影も形も無かった。
──昨日のことは夢だったのかと柄にもないことを思うが、ポケットには確かにあの石が入っているから逃れられない。
女の子のあの言葉が、頭から離れない。
「よー! 今日も辛気くせえな立花!」
「……なあ一条、"古文書"ってなんだ?」
「……こりゃあ驚いた……お前の口から、何かについての疑問の言葉を聞く日が来るとは……」
俺が1番驚いてるよ。一条はしばらく呆然としていたが、やがて目を輝かせて語り始めた。
「普通はニュース見てればわかることだぞ立花秋人君? まあいいや、古文書ってのは、大昔に存在した"精霊"の持っていた超強えパワーのことらしい」
「らしい?」
「詳しい情報は一般人に一切明かされないんだよ。WARO……"世界古文書研究機構"の略なんだがな? そのWAROが古文書関係の物は全部回収しちまうんで、ほとんどのことが俺らには伝えられないんだ」
「なんだそりゃ。結局お前も何も知らないってことじゃねえか」
「まあな!」
「…………」
なんか損した気分だ。……精霊のパワーねえ。というか、そのWAROとかいうところのせいで、そもそも俺ら一般人には古文書なんて関係無いってことだろ。何が関わらないで、だ。"関われない"だろうが。
──いつもの帰り道。昨日のことのせいか、ついベンチを見てしまう。いない。当たり前か。大人しく家に帰っていつも通りの生活に戻ろうと、戻ろうと……
「……何だ…………?」
俺の家の前に、やたらと目立つ服装の男がいた。