第17石 絶えぬ騒動
──1時間前。
WAROの野望めいた話を聞き、俺が腕をねじり上げられていたその時。雲川の苦しそうな顔を脳裏に焼きつけたその時。
「……そろそろいいんじゃないですか? 山本局長」
「ん? そうか? 意外と楽しいんだが……」
「立花先輩とタイヨウちゃんが相当引いてます」
「む、それはまずいな」
雲川の表情がコロリと変わり、いつもの人を試すような笑顔になる。山本局長の醜悪な笑顔もすぐに崩れ、人の良さそうな顔になる。もちろんタイヨウと俺は意味不明だ。
「いやあ、普段はしっかりしてなきゃいけないからねえ。思いっきり悪役をできるって、けっこう貴重な経験なんだよ」
「どの口が言うんですか……大変失礼しました、立花先輩」
雲川が合図を出すと、俺を捕まえていた男達が離れ、一礼して去っていった。ポカンとしていると、山本局長が話し始めた。
「本当に失礼した。中々に度胸があるようだね。是非我々の計画に協力してもらいたい」
「施設での保護なら断るって……」
「いやいや、先程までの話は私の意思ではない。実は、フランス支部の副局長の提案でね。私に協力しろと命令があった」
「放っておきたかったのですが、内容が内容です。古文書を抑止力にするっていうのは、言わば世界征服です。幼稚なようですが、古文書が集まりさえすれば本当に可能なんですよ。
だから、実行される前にフランス支部副局長にはご退場願いたいんです」
……ってことはあれか。研究所なのが表向きだけってのも、俺達古文書の石の適合者を施設に入れるってのも、全部フランス支部副局長の思惑ってことか……
「いや、じゃあ、俺に猫探しと犬退治やらせたのは……」
「君が日本支部の言いなりになっているということを示せば、彼も下手に手出しはして来ないかと思ったんだが……どうやら、相当急いでいるらしい。すぐにでもフランスの施設に収容したいと言ってきた」
にわかには信じがたい話だが、ここで突っ掛かっていては話が進まない。
「……それが本当だとして、俺の腕をねじり上げる必要は無かったんじゃねえのか?」
「いやあ、本当にすまない。君のことは雲川君から見所のある男だと聞いていてね。興味を持ったもので、試すような真似をしてしまった。雲川君にまで小芝居を打ってもらってね。
さて、本題はここからだ」
「フランス支部副局長がこの計画を提案し、セルペントを派遣してきたのはつい1ヶ月前。ああ、セルペントはもちろんこちら側の人間です」
セルペントを見ると、不機嫌そうな顔をしつつも同意はしている。
「それ以降、フランス支部と日本支部のパイプ役であるセルペントにフランス側の情報を流してもらっていたんですが、先週、今日ここにフランス支部副局長が来るという情報を得ました」
「そこで我々は、彼を糾弾することにした。秘密裏にフランス支部局長に連絡をとり、今日ここに来てもらえるよう頼んだんだ。実際に副局長の世界征服計画を本人の口から聞けば、部下思いの局長も信じざるを得ないだろうからね。
ただ、どうやら局長より先に副局長がここについてしまうらしいんだ。どうにか時間稼ぎをしながら、副局長の口を軽くしたい。そこで……」
山本局長に肩をガッシリと掴まれる。痛い痛い。力強すぎ。
「君に協力してほしい。その強靭な精神力を、我々に貸してほしいんだ」
…………はい?
──以上が事の経緯だ。俺の煽りスキルに目をつけた山本局長が、ディーブの口を軽くしたいがために俺に協力を仰いだ。
無様に連行されるディーブを横目に、山本局長が話しかけてくる。
「ありがとう、立花君。いかに彼と言えど、手を上げるとは思わなかった。嫌な役回りをさせてしまった。すまない」
「別に。どうでもいいから早く帰らせてくれ」
「立花さん、この度は私の元部下がご迷惑をおかけしました。私は」
「敬語はいい。俺も敬語を使う気は無いし」
「……わかった。改めて、私はWAROフランス支部局長のベル・エクレール。なんてお詫びをしたら良いか……」
「いや、だからとっとと家に」
「秋人ー!」
後ろを振り返ると、隣の部屋で雲川と控えていたタイヨウが駆けて来ていた。
「大丈夫? あ、秋人顔ケガしてる! 今……」
「いいよ。お前の能力、体力消耗するだろ。このくらいのケガでいちいち使ってたら身がもたねえよ」
「でも……うぐ」
黙らせるために頭に手を置く。こうすると黙るんだよなこいつ。
なんか、こういうのんびりした会話久しぶりな気がする……ここんとこいろいろあったからな……
ビーッ、ビーッ
『厳戒態勢! 侵入者だ!』
一息つく間も無く、次の"いろいろ"が襲ってきやがる。警報と警告が響く。入り口が突然爆発し、誰かが入ってくるのが見えた。
「WAROの皆さんこんにちはー。日本支部局長とフランス支部局長を同時にぶっ殺せるって聞いて来ましたー……おや? おやおやおやおやあ!? こんなところで君に会えるなんて……思わぬチャンスだ……君のことを忘れた時は無かったよ!」
小柄、密着した黒を基調にした装束、武器も無く凶悪な力を振るう子供。灰色の霧を背にまとい、耳につく高い声を発する男。
「立花秋人おおおおお!!」
「ラガット……!!」
タイヨウを実験体にしていた組織『リュース』のメンバーであり、如月の家族を殺した男。




