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第16石 騒がしい独房

 ──白い部屋。何も無い、白。このやたらと広い独房に入れられてもう1時間は経っただろう。手首には手錠がつけられ、手錠は壁に繋げられている。

 さっきから"夜の石"の力を使おうとしているが、一向に体に変化は無い。何かが必要なんだ……何が……


「やあ立花君。調子はどうかね」


「タイヨウはどこだ。何もしてないだろうな」


「自分の心配をした方が良いんじゃないか? 安心してくれ。君よりはよっぽどまともな環境にいるよ」


 唐突に独房に入って来る山本局長。


「君に客人が来ているんだ。さ、お入りください」


 山本局長が促すと、異様に太った男が部屋に入って来る。……太すぎだろ、よく歩けるな……


「……はっ、薄汚い子供だ。本当にこんなガキが"夜の石"に適合したと言うのか?」


「我々の優秀な部下が確認済みです。信頼できる情報ですよ。立花君、こちらは、WARO(ワロー)フランス支部の、ディーブ副局長だ。セルペントの直属の上司にあたる」


 山本さんは局長なのに、フランス支部副局長に敬語? 支部によって格差があるのか?


「本当にWAROってのは腐り切ってるんだな。山本局長ひとりの戯れ言かと思ったが、フランス支部まで古文書(アーカイブ)を世界の抑止力とやらにしようと思ってんのか?」


 情報をできるだけ聞き出そうとする。口を挟んだのは、ディーブ副局長だった。


「古文書を抑止力にしようという計画は私の提案だ。日本にセルペントを派遣し、"夜の石"を回収しようと思ったのだが……貴様のせいで全て台無しだ」


 さっきから汚らしく唾を飛ばしながら話すディーブ副局長。オーバーな身ぶり手振りをまじえて話すのがなんとも間抜けだ。


「それでセルペント。日本支部の連中がどこかに情報を流す素振りは見せていないな」


「はい。現時点で本作戦のことを知っているのは、日本支部と私、それにディーブ副局長だけです」


「ガハハハ、良いぞ。フランス支部局長のメスガキに知れたら面倒だからな」


「ディーブ副局長、上官に対するそのような発言は……」


「わかっている! お前もうるさい男だなセルペント。じきにあのメスガキも、私に屈服するのだから構わんだろう。ガハハハハハハ!」


 セルペントの拳が堅く握られ、震えている。


「へえ……フランス支部局長に内緒でやってんのか。 馬鹿だなお前。日本支部がお前の提案を飲まなかった時のことを考えなかったのか?」


「ふん。山本局長は、陸軍時代の私の教え子だ。こいつが私を裏切るなど、万が一にもありえないのだ。そうだろう? 山本君」


 山本局長が、言葉は発さずに頷く。このデブが元陸軍で、山本局長の元教官……? 信じがたいな……だがこれで山本局長が敬語なのに納得がいく。


「そういうことだ。私のこの崇高なる目的は、何人たりとも止めることはできん」


「崇高……抑止力だ何だって言ってるが、要は世界征服だろ? 本当に頭が足りねえな。そんなもんが成功するとでも? 可哀想な脳みそだな。ああ……家畜みてえな体には家畜みてえな脳みそしか詰まってねえのか」


「黙れクソガキ! 私を侮辱することは許さんぞ!」


 ディーブが逆上し、俺を蹴り飛ばす、防ぎたいが、手錠のせいでまともに蹴りをくらってしまう。

 1発では終わらず、その後も立て続けに蹴りが飛んでくる。


「私はいずれ世界の王、いや、神になるのだぞ! 古文書の力を集め、私が世界を支配する!

 今に見ていろ、世界の支配が終わったら貴様の大事なあのメスガキを真っ先にぶち殺してやる! ああ……私のペットにするというのはどうだ? ガハハハ!! 素晴らしい考えだろう!? ガハハハ、ガハハハハハハ!!」


 下品な笑い声にふつふつと殺意が沸き上がる。タイヨウに……? タイヨウに手を、出す? こいつ……


「もういいでしょう、ディーブ副局長」


 山本局長の低く、よく響く声が独房に反響する。さっきまで高笑いをしていたディーブが、その表情のまま足を止め、山本局長の方を向く。


「……なんだと? 山本、お前……」


「ディーブ副局長。貴方に客人です」


 山本局長が入り口を開けると、金髪の女性が出てきた。セルペントに似た、西洋風の格好をしている。

 その女性を見た途端、ディーブがぶるぶると震え、冷や汗を流し始めた。


「ベ、ベル局長……!? 何故、貴女様が、ここに……!?」


「ディーブ副局長……お前には失望した。私に黙ってこんな……立花秋人さん、本当にすみません。私の部下がこのようなことを」


「し、質問に答えろ! 何故、何故貴様がここにいる!」


 相当混乱しているんだろう。さっきまで敬語だったのが早くも外れている。自分の直属の上司に敬語を使わない……悪い事してますって自白したようなもんだろ。


「セルペントから連絡を貰っただけだよ。お前が暴走していると。気がつかなかったのかい? セルペントはお前の部下である前に、私の部下だ」


 ディーブがセルペントを睨むが、セルペントは優雅にお辞儀をするだけ。わなわなと震えるディーブが、次は山本局長を睨む。


「山本、何をしてる! 早くこいつらを始末しろ! ここで殺せばまだ……!」


「ディーブ副局長、陸軍時代に私は貴方から、人の上に立つ者としての素養を学びました。『誠実であれ。決して正義を曲げるな』と。私は、貴方の教えを守っただけです」


「もうお前に味方はいないってことだな」


 手錠を外してもらい、立ち上がる。痛む手首をプラプラと振り、ディーブを追い詰める。さんざんタイヨウを侮辱した報復だ。


「もう、じゃないな……お前には最初から、味方なんていないんだよ」


「う、あ、くそおおおおおおおおおお!!!」


 ディーブが床に崩れ落ち、泣き叫ぶ。山本局長と金髪の女性を見ると、計画が成功した喜びの裏に、かつて仲間だった者に向ける悲しみが表情に現れている。

 この計画の発端は、山本局長との会談に遡る。

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