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第12石 嫌な着信

 ──「立花、一緒に帰ろう!」


「…………」


 "お仕事"が終わった後、普通に飯を食って普通に登校し、普通に授業中寝ていたらいつの間にか放課後。性格の悪い後輩に見つからないようにと急いで学校を出たら、下校中に如月に話しかけられた。


「ダメか?」


「……いや、いいよ。帰ろう」


 如月の顔が笑顔になり、俺の隣に立つ。本当に物好きな奴だ。俺みたいな奴と一緒に帰るなんて。特に話すことも無く、ただ歩き続ける。


「……立花、何かあったのか」


「……何が」


「辛そうな顔をしていたものでな。私の気のせいならいいんだ」


 こいつはまた、俺のことを気遣う。家族を殺され、その相手とは絶対的な力の差があることを思い知り、復讐すら果たせない。本当に辛いのは、お前だろ。


「私はな、立花。お前の力になりたいんだ。あの時の借りを返すのもあるが……単純に友人としても、お前を助けてやりたい。私では力不足かもしれないがな」


 他人からこうして気遣われるのは、もういつ以来だろう。どうして良いかわからない。如月の顔を見ると、弾けるような笑顔が返ってくる。言ってしまおうか、人質のこと。言ってどうなる。なんか変わるのか。わからない。でも、言えば何かが……


「如月、俺……」


 ブーッ、ブーッ


 携帯電話が震える。ポケットから携帯を出し、相手を確認する。


 『雲川夕』


 表情に嫌悪感を出さないように電話に出る。


「……立花だ」


『こんにちは、愛しの立花先輩。雲川です。立て続けに申し訳ないんですが、またまたお仕事です。ちょっと場所が遠いんですが、来ていただけますよね? 詳しい位置は地図を送りますから』


 投げかけや質問のように聞こえるが、これは脅迫だ。クソが、気分が悪い。


「……わかった。すぐ行く」


「何かあったのか? 眉間にシワが寄ってるぞ」


 電話を切ると、如月が俺の顔を覗き込む。……表情に出してないつもりだったが……最近、どうにも体が怒りに正直でダメだ。


「バイトだ。急に人が足りなくなったらしい。今から行かねえと」


「私も手伝うぞ!」


「やめとけ。キツい仕事だし上司の性格が最高に悪い。お前は大人しく帰って……」


「力仕事なら任せろ、"夜の石"を使っていないお前になら、パワーで余裕で勝てるくらいには鍛えているつもりだ」


「いいから、お前は帰れ」


 如月の言葉を無視し、携帯に送られてきた地図に示された場所に急ぐ。また猫探しだったらいいけどな。



 ──「おや、お早い到着ですね。先輩のことだから、もっとゆっくり来ると思いました」


「どうでもいい。んで、接続者(コネクター)は?」


「この廃ビルの中です。以前から何度か感知はしていたんですが、いかんせん数が多くて放置してたんです」


「数が多い……?」


「数的にはたかだか3つなんですがね。基本的に接続者は単独で行動します。それがどういうわけか、最近は群れるのが多いんですよ。私の古文書(アーカイブ)が接続者の存在は捉えていますが、まるで動きが無いですね……」


「『私の古文書』? お前、適合者なのか?」


「あれ、言ってませんでしたか。ええそうですよ。私は"水の古文書"の適合者です。特化能力は感知。一定の距離に近づけば、生命の存在と位置を感じ取れます。更に古文書の力が使用されれば、古文書の種類や強度まで感じ取れます。この能力のおかげで、WARO(ワロー)でそれなりの地位を貰えているんです」


 なるほど。それで俺やタイヨウが古文書に関係してるとわかったのか。"お仕事"にこいつが着いてくるわけも。


「世にも珍しい先天性の適合者です。"水の古文書"に生まれながらにして取り憑かれた少女。WAROが放っておくわけが無いでしょう」


「取り憑く、ね。まるで悪霊だな」


「悪霊ですよ。こんな力」


 雲川の顔を見て唖然とする。こいつのあの試すような笑顔以外の表情なんて、初めて見る。それもこんな、苦悶に満ちた表情。

 次の瞬間には、雲川はいつもの笑顔に戻り、俺に言葉を投げる。


「さて、大好きな先輩とのお喋りをいつまでも続けていたいのはやまやまですが、そろそろ行きましょう」


 雲川が先に廃ビルに入るのに続いて歩く。中は、所々にゴミが散らばっていて、窓も大体割れている。不良の溜まり場にでもなってんのか。


「ううむ、どうやら3体とも2階ですね」


 雲川が少し頭を捻って言う。ゆっくりと階段に向かい上に登る。階段の途中で獣が呻くような声が聞こえた。


「……これは、ちょっと面倒かもしれないですね」


「どういうことだ」


「漏れだした古文書の感覚からして、恐らく失敗作です。まともな生き物じゃなくなってる可能性が高い」


 失敗作……接続者の内で、うまく古文書と力が噛み合わなかったもの。非適合者。

 階段を登り切ると、薄暗い奥から唸り声がする。ぼんやりとシルエットが見える。たぶん犬だ。けっこうでかいな。


「ああ、これは……かなり難しいですよ」


「いちいち回りくどい言い方をするな。簡潔に言え」


「あのわんちゃん達、確かWAROに石が保管されてた……肉体強化系の古文書"鉄の古文書"の接続者です」


 犬の唸りが止む。驚くほど静かに、犬はこちらを向いた。


 ピチャッ……ピチャッ……


 濡れた物を叩きつけるような音が規則的に響く。犬が歩いて来る音? なんでこんな湿った音がする。陰から犬達が出て、姿があらわになる。


「これはこれは……」


「なんだ、これ……」


 犬の皮膚は剥がれ落ち、眼球は抉れ、体が崩れている。生きているのが不思議、いや……


「あれは……生きてるのか……」


「殺してやった方が、あの子達のためです」


 犬達の目から、涙がこぼれた。

 犬の1匹が駆けて来る。裂けた口を開き、血肉を撒き散らしながら吼える。跳んだところをかわすと、横から雲川の文句が聞こえる。


「ちょっと先輩、早く制圧してください。このままだと2人共犬死にですよ」


「別にそれ面白くないからな。無茶言うな、まだ古文書(アーカイブ)の制御なんかできないぞ」


「……は? いやいや、ご冗談を。先日の戦いぶりでそれは無いでしょう」


「…………」


「……私、今始めて先輩のことを一瞬恨みました」


 せいせいしたと言いたいところだが、今この場では非常にまっとうな感情だと思う。勝手に信用したこいつも悪いが。

 とりあえず転がっていた鉄パイプを手に取る。意外と重いんだな……


「正に素人って対応ですね先輩」


「黙れ。いいから打開策を……」


「囲まれてなかったら逃げてたんですけどね……」


 言われて後ろを振り向く。2匹が階段と窓の前に陣取っていた。戦略的な犬め……モタモタしている内に、正面の犬がまた飛びかかる。鉄パイプを叩きつけると、鈍い音がして犬が倒れる。いけるか……?


「先輩!」


 後ろを振り向くが、犬はもう走り出していた。血を垂らしながら。鉄パイプは……間に合わない。

 死にはしなくとも大ケガは覚悟したその時、犬の後ろの階段から、何か……


「せいっ!!」


「ギャウンッ」


 俺達に向かって走っていたはずの犬が、悲鳴を上げて奥に吹き飛んでいた。階段の方をもう1度見ると、よく知った顔があった。


「立花、随分とハードなバイトだな。着いてきて正解だった。無事か、2人共」


 凛々しく、猛々しく、そこに一輪の桜花が咲いていた。

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