第10石 一目惚れのいきさつ
部屋の空気が急に冷え込んだ気がした。こいつ……今なんて……
「更にいえば、先輩が古文書の中でもとびっきり凶暴で、危険で、強力な"夜の石"に適合したからですかね」
「……どこでそれを知った」
「おや、もしかして警戒させちゃいましたか……困ったなあ、私は本心から立花先輩のことが好きなんですよ? そこに嘘はありません、純然たる事実です」
「ふざけるなよ。"夜の石"のことをどこで知った」
おちゃらける雲川を睨み付け、話の先を促す。雲川の表情は余裕綽々だ。
「ふざけてなんかないのになあ……しょうがない、これ以上先輩に嫌われたくないですし大人しく話しますね。まずは自己紹介から。私は、WARO日本支部副局長、雲川夕と申します。以後お見知りおきを」
雲川が立ち上がり、軽くスカートを持ち上げてお辞儀をする。こんな状況でもなけりゃあ多少優美にも見えただろうが、俺の心は穏やかじゃない。
「WARO……? 世界古文書研究機構の偉いさんが、なんで普通の高校で学生ごっこなんかしてる」
「やだなあ先輩。私は正真正銘、本物の女子高生ですよ? どこからどう見たって、ほら、かわいらしい15歳の女の子でしょう?」
その場でくるりと回ってみせる雲川。一連の動作に無駄は鳴く、顔もさっきと変わらない笑顔だった。
「……続きだ、"夜の石"のことはどこで知った」
「先輩、まだ気づきませんかね? 確かに言葉を交わしたことは無いですが、私達初対面じゃないんですよ?」
「関係の無い話をするな。今は……」
「先日は、うちの『セルペント』がとんだご迷惑をおかけしてしまい、本当にすみませんでした」
深々と頭を下げる雲川。
セルペント、セルペント…………!
「お前、あの時ローブ着てた……」
「やっと思い出してくれましたか。ご名答、大正解です」
俺が"夜の石"を飲み込んだ日。俺がタイヨウを助けた日。あの時襲ってきた男、セルペントを連れて行ったローブ。あれが雲川だったらしい。……あの男、WAROの人間だったのか
「あの時、"夜の石"回収にセルペントだけでは不安なので、一応様子を見に行ったんですが……時既に遅し、立花先輩はもう石を飲み込んでしまっていました。その後の先輩の快進撃……あれはもう鳥肌ものでしたよ」
悠々と部屋を歩き回り、俺の側で立ち止まる。姿勢を落とし、俺に後ろから抱きつくような形になる。
「そして2日前のあの戦い……相手もかなり強力な古文書を使っていましたが、流石"特異点"、勝負にならなかったですね」
如月の時の……そこまで知ってるのか。
「お前は……何がしたい。目的は何だ」
「……実はですね、WAROは"夜の石"、並びにその関係者の処遇の一切を私に一任してるんです。まあ、事が事ですから、責任を負いたくないんでしょうね。だから、先輩や、もう1人の古文書の石の適合者……さっきのお嬢さんを処分するもしないも、それは私の気分で決まるんです」
俺の耳元に囁く雲川を睨む。タイヨウのことまで……それに、処分? 処分だと? タイヨウを、処分する……? ふざけるな。フざけルな。
──その殺意、怒り、良いぞ……さあ、行こう……
──「おおっと先輩。ここで私を殺せば、先輩方の処遇の決定権は完全にWARO上層部に移ります。そしたらもう交渉や取り引きをする手立てはありませんよ?
"夜の石"がどれだけの力を持っていたとしても、その適合者である先輩の戦闘技術は二流三流……WAROの精鋭数人で、お二人共挽き肉にされちゃいます」
怒りで震える手を必死で抑える。今はダメだ、手を出すな。殺すな。殺すな。
「賢く生きましょ、先輩」




