僕が羊被りなのは先輩だけが知っている
いちゃらぶしてるだけですね。
「あっ、すみません」
ページを捲る拍子に触れてしまった肘を謝る。
「……」
いつも通りならんで読書をする、僕と先輩。ふと、隣に座る先輩の影が揺れた。
「どうしました?先輩」
「常々思うのだが」
真剣な眼差しを向けてくる先輩。
僕は、読みかけの本に以前貰った栞を挟んで閉じ、先輩へと向き直る。
「なんでしょう」
「君は私に遠慮しすぎではないか。世の恋人というのはこんなにも他人行儀だというのか」
「そんなことは…」
ないと思いますけど、と続けて思案する。
「あくまでも、僕は先輩に付き合ってもらっている身ですし…」
「それは違う!」
常ならばここまで声を荒らげることのない先輩のその姿に、目を丸くした。
「…え?」
「私だって君を……ぃく思っている。だから対等でいたいのだ」
一部が、本当に小さく呟かれて、僕の耳には届かない。でも、僕は、きっとそれこそが本当に聞きたい、待ち望んでいた言葉だと、確信していた。
「いま、なんて」
「だから、対等でいたい、と」
「そそ、そこじゃありません!」
「なんだ。大きな声を出して。そんなに何度も言わせたいか。私は君を好ましく思っている。好きだ。大好きだ。愛している。あいらぶゆーなのだ。」
なげやりに吐かれる愛の言葉たち。
「も、もういいですぅ!」
僕は、頬が赤くなり、胸が高鳴り出すのとともに、ちょっと違うと思った。
僕が先輩に求めるものは、こんな余裕な顔じゃなくて。もっとさっきのような……
「そうか。理解したようでなにより。まあ、結論を言えば、君はもう少し素直に私を求めてもいいんだ。敬語だって必要ない」
求める。求めてもいいのか。本当に?僕の求める全ては、先輩の考えるほど生易しいもんじゃない。先輩は、この全てを知ったら僕を嫌いになるかもしれないのに。
「そんなの無理です…」
「まあ、そのままでもかわいいがな」
「かわいいって…」
先輩は僕のことを知らないから、そんな風に言ってられるんだ。でも、何も知らないところも、僕が愛おしく感じるところで。
「いつまでもそんなだと、押し倒してしまいそうだ」
「押し倒っ!?」
先輩に押し倒される。ソレ以上まで思考が進む。本当にわかってるんですか?先輩。押し倒すっていうのは、その先があるんです。
「冗談だ。真っ赤な顔も可愛いな」
何も知らない笑顔で、無垢な先輩は笑った。その瞳には、僕しか映ってない。
「ああ、もう、そんな顔で笑わないでください!先輩こそ可愛いんですよ!」
先輩の気取ったネクタイをひっぱり、顔を近づける。
「お望みであれば、いつだって狼になって差し上げますよ。これでも僕は男なんだからね」
「なーんて」
こんなことしても、チビな僕じゃあ恰好つかないですね。と言って体を離すと、大きく見開かれた凛々しい目許には赤みが差していた。心なしか、耳も色づいている気がする。
「あれ?先輩、もしかして照れてます?」
わかっていて聞いた。そうすれば先輩は照れるから。僕は先輩のこの表情が好き。一等好きだ。
「…っ!…うるさい」
「ふふっ!そういうところ大好きですよ。これからもよろしくお願いしますね」
本当に可愛い人だ。だから僕は先輩が愛おしくてたまらない
「臨むところだ!」
顔を真っ赤にして宣言する先輩。本当に僕が狼になったとき、どんな表情をするんだろう
「……君は本当に」
何かを言いかけたけれど、先輩は口を閉じてしまった。
以降、なぜか僕は先輩に「羊の皮を被ったティラノサウルス」と罵られることになる。そんな先輩も可愛いです。
はい、いちゃいちゃしてるだけでした。