ほろ酔い。
土曜日の夕方になった。
奈々は、昼間のバイトを終えて、お気に入りの服に着替える。今のお気に入りは透かしレース風のスカート。色は白。ターコイズブルーのカットソーを合わせる。肩には薄手のカーディガンを羽織った。
楽しみにしていた、守との“メシ”に行くのだ。
実は夜に塾以外で守と会うのは初めてだった。
待ち合わせの駅まで向かう間、ドキドキしていた。今までなら待ち合わせでもこんな風にドキドキしなかった。電車の中でも、落ち着かず、スマホのゲーム画面を開くも、心ここにあらず。考え事をしているうちに何回もゲームオーバーしていた。
…今日の服、ヘンじゃないかな。守、どう思うかな。今日ってお酒を飲むのかな。
ずっとこんな調子だったので、目的の駅では危うく、降りそびれるところだった。
中央改札を出て少し歩いたところのフローリスト前で待ち合わせ。いつもの場所。守が遅れることは滅多にないが、花を見ていると退屈しないので、少し早く着くようにして花を見ていることが多い。今日も少し早く着いて花を楽しむことにした。
…今年のホワイトデーは、ダロワイヨのマカロンと、ここのミニブーケをプレゼントしてくれたんだっけ。
奈々の好きなシトラスのマカロンの色に合わせて、イエロー系のブーケを帰り際に買ってくれたのだった。
「お待たせ。」
振り返ると、守が立っていた。
「まだ来てねーと思って、よく見たらここにいたのか。後ろから見たらわからなかった。」
「そう?」
…変だったかな?似合ってない?鏡の前で何回もチェックしたんだけどな。
「服の感じ、変わったな。」
「だ、大学生ですから!」
ちょっと赤くなって奈々が言うと、守がクスクス笑う。
「何笑ってんのよー。もー。」
「あの奈々がオトナみたいに見えたから。」
そういう守は、ジーンズにカットソーとパーカーの組み合わせ。高校生の時に比べ、少し大人っぽく見える。
「守だってなんか大学生みたい。」
「大学生だし。」
そんなやりとりをしながら行ったのは、居酒屋「串丸」という串揚げ居酒屋。ラフで気楽な感じの明るい店だ。
「お酒、飲める?」
「少しなら。あ。ジョッキで飲んでみたい。守は?」
「じゃあビールで乾杯だな。」
ビールのジョッキを軽く合わせて乾杯。
「一緒に飲むの、初めてだよね。」
「そうだな。」
串揚げもおつまみも食べて、カクテルも飲んで。守は酒に強いらしく、水割りを何回かおかわりしても普通にしていたが、奈々はすっかりいい気分になってしまった。
店を出て、なんとなく歩く。
「ところで、お前さ。あれからどう?」
「あれから?」
「こないだ会ったとき、しんどそうだったから。」
核心を突いた質問に酔いがふっとぶ。
「えーっと。何の話だっけ?アハハハ!」
酔ったフリで笑い飛ばしてみるも、守はだませなかった。
「とぼけんなよ。あんなしんどそうな顔してたら、心配になるぞ。」
…どうやって切り抜けよう。やばい。
「ちゃんと話すまで、帰さねーからな!」
…えー???このこと話したら、告白と同じじゃん!言えないよ。
「やだー。守ったら“帰さない宣言”?もー、酔っ払ってんでしょー?」
「酔っ払いは、お前だろ。」
「守だよー。いきなり“帰さない”とか、ないでしょー?」
「お前なあ、いい加減に気づけよ!鈍感!」
守がムッとしたような顔で言うので、奈々はびっくりしている。
「急にナニ怒ってんのよ?」
「コンサートに誘っても“そのアーチスト興味ないから”とか言うし。いつでも連絡してこいって言ってもなかなか電話してこねーし。彼女できた?とか聞いてくるし。」
…なんなのよ~。今日の守、意味不明。そりゃ確かにコンサートは断ったけどさ。誰のコンサートか覚えてないくらい興味なかったんだもん。
「見舞いに行った時だって、親しげな男がいて、焦ったんだぞ。お前の兄貴、似てねーから。」
似てない兄を見て勘違いしたらしい。守はまだ続ける。奈々は混乱しながらも理解できてきた。
「離れてて、かまってやれねーから、却ってさみしい思いさせると思って、ずっと黙っているつもりだったけど。」
…コレって、もしかして?話の展開が都合良すぎる気がする。まさかね。
「塾で初めて見かけた時から、高2の時から、ずっと好きだったんだからな。」
「まじ…?」
びっくりして、奈々の目から涙がこぼれ落ちる。
「お前、本当に今日は帰さねーぞ。決めた!奈々ががイヤと言っても、今日から俺の彼女!」
夜の街、道行く人々が振り返る中で守は奈々を抱きしめた。