『メシ行くか?』
午後の講義がゆっくりなのでランチのあと、コンビニに寄るなどゆっくりしてから大学に戻ることにした。さきほどから、のりは守のことを一言も言わなくなった。奈々は却って気味が悪いとも思ったが、自分から言い出すこともないだろうと、そっとしておいた。映画の約束の事も、バイト先のお客さんからもらった手紙のことも、今は話したいと思わなかったから。
違う考え方をしている相手と折り合っていくのは、相手と衝突したくない場合、特に気を遣うし、めんどくさいと思う。衝突してもかまわないのであれば、きつい言葉で相手を黙らせてしまえばいい。二度と会わない相手なら、その場で聞こえないふりをして立ち去ってしまってもいい。
しかし、のりはそうではない。衝突したくない。自分の考えを押しつけたくないが、押しつけられるのも困る。特に今回のはなおさらだ。気が進まないのに告白なんて考えられない。
「また調子悪くなってない?」
考え事をしていたら、のりが心配そうにのぞきこんできた。のりの、こういうところが、好きだと奈々は思う。
「ごめんごめん。大丈夫だよ。食べ過ぎでちょっと苦しいかも。」
奈々が笑いながら言うと、一緒に笑った。
着信音がして、2人ともバッグからスマホを取り出す。奈々にラインのメッセージが届いた。
『今日は大丈夫?今週末、メシ行くか?』
守からだった。迷わずOKの返信をする。
「奈々?ニヤついてるよ…。何?何?」
「え…?ホント?」
「どーいうこと?白状しなさい!」
のりがニヤニヤしながら追及してくる。
「な、なんでもないの。ちょっとゴハン行くだけだし。」
「もしかして、例の守くんと?」
「うん。でも、いつもの『メシ行くか?』だよ。」
「そう。『いつもの』?」
のりがやたら楽しそうに言う。
「これってチャンスじゃない?お酒飲んで酔っ払っちゃったら、いいことあるかもよ?」
…おいおい。誘惑しろってか?それより、のり、目がハートになっちゃってるよ。
「そんなことしないよー。」
守は二人きりでいても、何もそういう心配がない相手なのだ。昨日だって、その気になればチャンスはいくらでもあったはずだ。優しくしてくれるが、本当に友達の一人なんだろう。一度なんて、奈々が兄とケンカをして家に帰らないと騒いだときは、守が親に事情を話して、守の部屋に泊めてもらったが、守は弟さんの部屋で寝て、奈々が守の部屋で一人で寝た。寝る直前までは、部屋で2人きりで話していたが、頭を撫でてくれることはあっても、それ以上のことは何一つ起こらず、奈々が落ち着くのを待って守が弟さんの部屋に引き揚げたのだ。
「泊まっても、何も起こらなかった相手だよ?」
前述の家出事件のことを話すと、のりは信じられないという表情をした。
「守くんって、どういうつもりなワケ?普通、手を出すのが礼儀ってもんでしょ。」
…高校生でそんな礼儀って…。まあ、あの時、守のところに転がり込んだ私も私だけどさ。
「まさかと思うけど、奈々ってまだ初…」
あわてて、のりの口をふさぐ。そんなこと大きな声で言われたらたまらない。
「お願いだから、色々と追及しないで。」
「守くんも変わってるけど、奈々ってまだだったの?信じられなーい!」
…そんなこと言われるなんて、信じられなーい。トホホ。私って奥手な部類に入るのかな。