人生攻略本
「摩擦ルミネセンス」
職業「ヒトサガシ」
勤務時間:外にいるときはいつでも。
仕事内容:人混みに目を凝らす。
給 料:依頼者による。
貴方の探している人は誰ですか?行方不明から、公にはできないこと、新しい人材まで誰でもお探しいたします!ただし、
将来の保障はありません☆
☆ ☆ ☆
ガリガリと咀嚼音がする。
「氷砂糖、知ってます?」
「え……あれ、ですよね梅酒とか作る……」
「そうそれっす。あれってね、ペンチや金槌で潰すと一瞬光るんすよ『摩擦ルミネセンス』ってゆーんすけど」
「は、はぁ…」
「青くって結構きれいなもんなんすよ。でもほんとに、ほんの一瞬で……よく見てなきゃ見逃してしまう。儚いもんでしょう」
「……」
「人混みは人と人がぶつかり合う。眺めてるとね、たまーに光って見えるんすよ」
「……え?」
「青く、一瞬ですけど。まるで氷砂糖の摩擦ルミネセンスみたいにね。冷たいに光で冷光ってね」
「……それがなにか……?」
いい加減にしろと言わんばかりの抑えた怒りがしゃべり方ににじみ出てきている。
「まぁーなんつーかっすね。俺にかかれば100%見つけ出しますよってことで」
「……本当ですか?」
不安そうな顔で疑う婦人と裏腹に、「ヒトサガシ」の少女は終始ヘラヘラと笑いながらソファに偉そうにふんぞり返っている。目つきが悪く、明らかに年下であろう者に敬語を使って話すのは中年の婦人は相当イライラさせられているだろう。
「信じなくてもいいっすよ?俺なんかあなたにとっちゃただのガキでしょうし、百万単位の金、どぶに投げ捨てるのも嫌でしょうしねぇ」
「……」
「でも、ねぇ……?」
心底可笑しいというように目を細まる。ニーハイソックスに包まれた足を組みかえる動作が余計にイラつかせる。
「俺の連絡先、知ってんのは極わずかな顔見知りだけでねー。相当追いこまれて、いくら金積んだって構わないって人ぐらいしか直に相談してくる人っていねーんすよねー……」
「……!」
少女の気味悪い笑いは止まらない。
「あなただってそのつもり出来たんでしょう……ねぇ?」
からーん!とグラスの氷が冷たい音を立てる。顔は蒼白で、肩が怯えたようにカタカタと震えていた。その様子を見て更に笑みを深くする。
「んで……どうします、ご婦人?今ならまだ引き返せるっすよー……?」
興味がないように見せてこの状況を楽しんでいる風が隠しきれていない。嫌でも婦人から言わせたがっているらしきその口調は不愉快極まりない。大の大人が高校生程度の少女に青ざめて頭を低くする姿は、傍からみればとても滑稽な光景だった。何事かを覚悟したらしい婦人は傍にあった若紫色の風呂敷包みを解き、少女に恐る恐る差し出した。小声で「前金を、これで……」と呟くのが聞こえた。通りがかりのウエイトレスがぎょっ、としたように目を見開き、足早に調理場へと吸い込まれていった。少女のほうは人目など気にせず中身をさっさと確認し、元通りに結び直して「……確かに」と手元に収めた。
「あの……」
「はい?」
「本当に見つけて頂けるのですよね……?あの、貴方って子供、です、よね?こんな大金……その、親御さんとか、いろいろ大丈夫なのかしらって……ほら、貴方って細くってその、あ、危ないことに手を出してるような娘とは思わなかったから……大枚はたいてやっと聞き出したのにこんな女の子、とは……」
婦人は控えめに今日初めての主張をした。元来の世話焼きが出てしまったのか、喋りすぎたと思ったのか、「しまった」という顔をした。ふと顔を上げる。 気持ち悪い寒気が音速で駆け抜けた。「ひっ……!」と声にならない声が上がる。
見下されていた。
テーブルに仁王立ちする少女がそこにいた。
「……ご婦人」
「は、はいぃ」
「あなた、何で『ヒトサガシ』依頼したんです?」
「さ、探している、から……です……」
「俺、知ってんすよ。あなたが探しているモノ」
「な、何のことです……それに人のことモノだなんて……」
「モノじゃぁないじゃないっすかぁーとぼけないでほしいっすねぇーご婦人?」
口調こそ楽しげではあるが、さっきまでの張り付いたニタニタ笑いは消え、まるで摩擦ルミネセンスで生じる冷光のようなそれがその場を支配していた。
「…………」
少女の口が滑らかに言葉を紡ぎだすと、今度は音がしそうなほど震えだした。涙目になり「もう、やめ……許して……ひぃぃ……」と念じ始めた。どこから仕入れてきたのか、話は延々続き、やみそうにない。
「……で……で、あれ、どうしたんすか、ご婦人?
「あ、貴方どこでそれを……!」
「ご依頼の件、どうされます?」
「っ……」
「どうします?」
「~~っ!」
俯く婦人に少女は無機物を見るかのような眼差しを向ける。婦人が折れそうな位縦に首を振った。
気味悪い笑顔が、戻ってきた。
☆ ☆ ☆
歩道橋の上に、少女はいた。。中性的な顔立ちに、緩やかになびくロングヘア。柵の隙間から長い足をぶらーんと投げ出していた。肩にはなぜか風呂敷包みをひっかけ、無表情に、気だるげにスマートフォンを道路に翳していた。通勤ラッシュの時間なのか人の波がノンストップで流れ続け、「歩みを止めるな!死んでしまうぞ!」と言わんばかりだ。
ガリガリ、と弾ける。
「人を見るのは楽しいっすねぇ」
独り言にしては大きな声だった。
「見ればなんとなしに解っちゃうんすもん」
流れる人々にその声は聞こえない。
「ほんっと、楽しいっすねぇ」
嘲笑うような笑みがこぼれる。
「こんな楽しいこと、他に何があるっていうんすかねぇ」
刹那、青白い何かが幻覚みたいに目の前を掠めた。
ニタリ、と笑って、一瞬のうちにカメラアプリを起動し、最大までズームアップした。
「ヒトサガシほど楽しいことはないっすよ!」
青い光の指すほうへ。ぶわり、と髪が風に煽られ、舞う。いつも通り、何事もないのに、笑う。嗤う。哂う。
「……みーっつけた」
氷砂糖が、口の中で砕けた。