表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

02

 世界の終演を告げる静かなラッパの音が今、静かに世界に響く。

 ここは広大なドイタミナ大陸中央部にある、千年王国ドイタミナ。王国は今、存続の危機に瀕していた。

 大陸の西端、本土より海を越えた先にある島に国を構えた企業連合国家N.O.G.I.ノジックが、ドイタミナ全土に散らばる半独立小国家群を経済的支配下においた上で自らを大陸の正当な支配者であると一方的に宣言、ドイタミナ王国を「大陸を不当支配する逆賊」と糾弾し武力による軍事侵略を開始したのだ。

 戦争が開始されるとノジックは企業の持つその高い科学力と機械技術に物に言わせ、科学界の最先端兵器を次々ドイタミナ王国に揚陸、戦線は大陸西端の海岸から一気に大陸全土へと広がっていった。

 ノジックの主力は高い地上走破性を誇る機動戦車軍団と、空母、戦艦からなる海上兵器群、ミサイルや対戦車兵器を積んだ車や飛行機、ミサイルだった。

 対するドイタミナは剣や槍を持って戦う兵士、剣士……王国の平和と秩序を守るためだけに存在したドラゴンライダーと、非科学的な超常現象を人為的に起こす魔法使いしかいない。

 ドラゴンライダーとはその名の通り、竜に乗って戦う伝統的な龍騎士だ。

 島国企業連合国家ノジックの投入する戦車や航空戦力に対しドラゴンライダーたちは、果敢にもドラゴンに騎乗し槍や剣だけで戦った。

 ドイタミナの龍騎士達はそれぞれ、所属する町にいる軍兵や町の民、あるいは私設の兵集団を引き連れ戦場を駆け巡る。

 広大なドイタミナ王国とノジックとの戦い、数は圧倒的にドイタミナ王国の方が上だ。

 大陸全土から歩兵と竜騎兵が集まり、先鋭ノジックの機械化兵たちを圧倒する。だが、勝ったのはノジックだ。

 ノジックは企業の強みを利用して、ドイタミナ周辺国に対し自軍にだけ援軍と物資を送るよう強要していたのだ。

 大陸全土、大陸外の諸国をも巻き込む形で、それからノジック連合対ドイタミナ王国の戦いは百年ほど続いた。

 王国と結んだ百数十年前の盟友関係を貫きノジックに経済制裁を加えられるか、あるいはドイタミナ王国と手を切り、ノジックと繋がって新たな平和を手に入れるか。

 周辺諸国は渋々ながらノジックと手を結び、あるいは戦略的中立体勢をとりドイタミナとノジック双方の戦争を遠くから見守る国も現れた。

 諸国はそれぞれその立場が、偽りの平和だとは認識してはいたが、それも百年も続けばそれが本当の平和だと思うようになる……

 ドイタミナ王国は、いつしか大陸全土から孤立するようになっていた。

 終わりのない敗走を続けるドイタミナだったが、敗戦を続けてもなお国家としての体裁をかろうじて保っていた王国だった。だがある日、そんなぎりぎりの戦いを続けるドイタミナ王国についに最後の審判が下る。

 ドイタミナ王国誇る東側最大の海上要塞都市、ボードレイダー城攻防戦で、ドイタミナ王国は記録的な惨敗を喫したのだ。

 投入された王国軍の龍騎士、猟兵、兵士の数約六〇万、対してノジックは爆撃機と長距離ミサイルによる無差別爆撃を敢行。

 戦闘によって大量の一般市民が虐殺され、兵のほとんどは空爆と機銃掃射によって無残にも殺された。

 ノジックの凶弾の一つに不運にも我らドイタミナの最後の国王シャルル六世も当たってしまい、王はその伝説のランス、碧い竜の背にまたがりながら静かに息を引き取った。

 王の世継ぎたちはその後、王位を誰一人として継承しようとしなかった。ノジックに殺されるのが怖かったからだ。

 ここはアシミット要塞。陥落したボードレイダーの少し北側にあるドイタミナの難攻不落の半地地下型要塞。要塞の出窓にはボロボロに破けたドイタミナの国旗が、王国第二軍の軍旗と共に掲げられていた。

 ドイタミナ第二軍を率いる、王位継承者の一人でもある王太子クロードは、劣勢なドイタミナ王国の王位を継がない臆病者の一人だ。

 クロード王太子は陥落寸前の聖都オルデランを脱出し、このアシミット要塞でボードレイダー陥落の報を聞きただ唖然としていた。

 川の向こうには、ボードレイダーを陥落させたノジック機械化軍団の虎の子、対要塞部隊が包囲陣に武器を搬入している。

 あと半日もすれば、ここアシミット要塞もボードレイダー城と同じように、大地を兵たちの血で染めることになるだろう。

 私たちは空になった木箱の上で賭をした。

 生き残れるか、それとも死ぬのか。コイントスは私たちの手の上から離れ、静かに木箱の上を踊る。

 だがコインの示した未来予想は、私たちの予想したどの予想をも裏切って木箱の上で静かになった。

 要塞の後ろ側を通る小さな細い街道を、ドイタミナ軍の軍旗を掲げた友軍が敵の包囲網をくぐってやってきたのだ。

 ※

「門を開けろーッ!! 門を開けろーッ!!」

 アシミット要塞内部へと通じる巨大な鋼鉄の門の下で、一人の少女を連れた大男が怒声を張り上げていた。

「何者か! 名を名乗れ!!」

「それがしは東方よりはせ参じ仕る、ドイタミナとは古の契りを交わす者! ドイタミナ王国の危機と聞いて友軍を連れ仕った!!」

「なに友軍だと!?」

 石垣の隙間から弓兵が顔を覗かせると、確かにドイタミナにしてはめずらしい東者の鎧を着た武者が長刀を持って立っていた。

 その隣には、やはりドイタミナでは珍しい翼の生えた少女が立っている。

 女の友軍なんて聞いた事がない。だが少女は身の丈に余るような大剣を持っていた。

 と言うことは、おそらく少女は剣を振るう戦士か何かだ。

「友軍とは、そちら二人のことかァ!!」

「左様! ここにくるまでの道中に敵に遭い、我らの仲間はほとんど殺されたァ! 友軍は我らぞ! 門を開けよ!!」

「おい、友軍が来たらしいぞ」

「どこからだ? もしかして俺の故郷なんじゃないか!?」

「門を開けー! 兵は守備を固めろ、敵の突撃艇に注意しろ!」

「開城ーッ!! 開城ーッ!! 工兵一班、渡河橋を下ろせー!! 工兵二班は盾展開用ー意っ!!」

 堀をまたぐ巨大な渡河橋が下ろされ、要塞と異民族の間に一枚の大きな橋が渡される。

 翼を持つ者、そして見慣れない東者と要塞を繋げる跳ね橋がかけられたのを確認すると、我々は兵を門前に展開して二人が場内に入ってくるのを待った。

 東者の鎧を着た男と少女は、互いに走るようにして要塞の跳ね橋の上を渡ってきた。

 その様子を物見の台から見て確認すると、兵の一人が手を挙げて再び閉門の作業に入る。

 鉄と木でできた巨大な門を兵多数で閉めて、錆びた跳ね橋のチェーンを巻き上げる。ギリギリと気味の悪い音が要塞銃に響き渡り、その音を聞いて何事かと二人の事を知らない将校が物見台までやってきた。

 要塞に招かれた二人は、将兵に向かって「ここにいるクロード王太子に用がある」と静かに告げた。

 将兵は二人の言う言葉を一瞬疑ったが、だがすぐに快諾して王太子の元へ二人を連れていった。

 二人はすでに、全身に刀傷を負っている。あるいはボロボロの鎧を着た男の方の着る鎧が、あのうわさに名高い東方民族の戦士の衣装だというのはすぐに分かった。

 将校はそんな二人の傷を見ても何も言わなかったし、あるいは知ってても何も言える状況ではなかったのかも知れない。

 私たちも同じような状況だった。

 ここはドイタミナ東端にある、ドイタミナ最深部の一つバレンツヤード。だが見渡しても目に入ってくるのは、ノジックが掲げる軍旗に、占領され火を着けられた村から発せられる、黒い煙と碧い空だけ。

 私たちは絶望していた。と同時に、まだ自分たちには味方がいるのだという小さな希望も、ほんの少しだが、二人に抱くことができて私たちはほっとした。

 神は、あるいは世界は、私たちをまだ見捨ててはいなかったのだと。

 ※

 中枢は王族の間だった。

 幸いちょうど作戦会議を終えられたクロード王太子殿下が、援軍の二人に対しねぎらいの言葉と礼をかけられるらしい。

 二人は身をかがめ、床の上でクロード王太子が椅子の上に着席するのを待った。

「殿下」

 ふと、殿下が席に座ったすぐあとに東者の侍が声を上げる。

「殿下、誠に申し訳ありません。本来なら我ら騎乗の強者一千名を島国より連れて参りますところ、敵の待ち伏せに遭い、このほどは此処にある者しかありませんが……」

「よい。いや、苦労を掛けたな、若き侍よ。今まで貴君の国のしてくれた事は、ドイタミナ王国は非常によく助けられてきた。そちの国もそれでだいぶ苦労をしているようだが、それでもこうやって、古の契りを大切に守ってくれるとはありがたいこと。わびを言うのはむしろ私たちだ。苦労をかける」

「はっ、ありがたきお言葉」

「ところで……そちらのお嬢さんは、いったい何者かね? みたところ、どうもドイタミナの辺境に住む有翼種の者に見えるが?」

「はっ、こちらにおります者は……」

 そこから先は、侍は下を向いたまま何とも言えないような顔をした。

「こちらにおられます方は、拙者の、先の敵の待ち伏せより拙者を守ってくださった命の恩人であります」

 おおー、と、王太子を取り巻くドラゴンライダーや傷ついた兵たちの間から驚きの声が上がった。

 私も驚いた。だが一番驚いておられるのは、もしかしたら殿下自身だったのかも知れない。

「このお嬢さんが、東よりきたそちを助けた命の恩人とな?」

「左様で」

 殿下は興味がありそうに、かしづき白のドレスを着る背に帯剣した翼の少女を見詰つめた。

「聞けば東の侍は非常に剣の達人が多いと聞く。だがこの方は……少女だ、小柄な上に、どうも華奢な体つきに見えるが? 見た風ではどうも剣は持ってはいるが、ちと貴君を助けるにはその腕は細すぎるような気もするが……」

 実際私もそこを気にしていた。

 少女は非常に可憐な体つきをしていた。体を彩る血と汚れはどれも戦いの後のようだったが、それにして、もこの少女が身に余るような大きな剣で敵と戦ってきたとは少し信じられないのだ。

 純白のドレスを着るのも、戦場では非常に目立つ格好でもある。

 剣を振るい戦う、少女が戦士だとはとても信じられない。

「見た目は実を裏切ります。この方の剣はお強いです。そして頭脳も明晰であられます」

「ほう?」

 殿下は椅子から身を起こすと、一段一段と段を下りながら床の上にじっとひれふす少女の姿を興味深そうに見下ろした。

 少女の服装は多少は手入れされていそうだとはいえ、やはりあまり高級そうではない。

 中身もたぶん、どこか農民の出の小娘だろう。

 覗いた顔も決して良い方とは思えなかった。だがその顔に覗く二つの小さな目は、強い意志と信念を持つ、血に燃える若い目だった。

 王太子も少女の瞳に何か感じるところがあるのか、顔を上げた少女の顔を黙って見つめている。

 私は一目で、この勝ち気な少女の目を気に入った。

「翼の少女よ、それはまことか」

「……はい」

「フム。辺境より来た白い翼を持つ少女よ。そちは我がドイタミナの味方か? それとも侵略者ノジックの手先か?」

「……」

「どこより参った」

「……」

「……不開の口か。答えここにあらず、か」

「この方は、言葉が非常に慎重なのです。お許しくださいませ」

「いや構わんよ。もし私とドイタミナの敵ならば、ここまで来て私の前にひれ伏すことはあるまい。それを承知の上で私は彼女に聞いてみたのだ」

「さすが、ドイタミナ王国王太子殿下でございます」

 東者の侍が平伏しながら言葉を上げると、それを聞いているのか聞いていないのか、殿下はふたたび大きなため息をつきながら自身の椅子に座った。

「そちの名はなんという?」

山田(やまだ)(ゆき)(まさ)、と申します」

「なるほど。私はドイタミナの第一太子、クロードだ。それで? 侍の国の者に、白い翼の少女よ。我がドイタミナ第二軍は、アシミット要塞にて壊滅の危機に瀕している。ドイタミナ軍も、これ以上逃げるところは無い。だがここまで来てくれたお主らの行動は、敬服に値する勇気だ。礼を言わねばなるまいが……」

 そこまで言うと、王太子は椅子の上でふたたび大きく息をついた。

「まことに残念ながら、やはり二人の援軍だけでは、我らの戦いは犬死にする兵士が二人増えるだけだ。おぬしらの勇気は非常にありがたかった。だが我らは、お主らを他の兵とともに犬死にさせたくはない。まことに、残念だが」

 そう言って殿下は、参謀閣下の一人に一つの巻物を持ってこさせる。

「我らドイタミナ王国第二軍はここに、諸君らの命と引き替えにノジックに対し全面降伏することを参謀共と共に決めた。これより数名からなる使者団を編成し、降伏交渉を行うためノジックの攻城陣地へと飛んでもらう。ドイタミナとノジックの戦いはもうすぐ終わる。名誉ある任務ではないが、これが私と、第二軍の下す最後の任務となるだろう。誰か、この任を引き受けてくれる者はないか?」

 殿下は巻物を携えながら、じめっとした薄暗い王族の間をグルリと見回された。

 どこを見ても、誰も、いい顔をしているものは一人もいなかった。

 当たり前だ。これは事実上の降伏宣言なのだ。そこに名誉や栄光は何一つ無い。

 悔しそうに唇を噛む者。あるいは、ヒソヒソと隣り合う者と話している者もいる。

 そのうち、翼を持つ少女が王太子の前に立ち上がった。

「王太子殿下」

 少女は小さく、静かに、しかし強い言葉を持って目の前にすわる王太子に声をあげた。

 立ち上がる拍子にドレスの胸元が小さく開き、白い肌と、銀色のチェーン、赤くて大きな宝石をはめた美しいネックレスがちらりと覗いて見える。

 小柄な少女は、だが殿下の前で彼女が立ちあがっても、視線は座る王太子殿下よりもだいぶ下だ。

「王太子。なぜ殿下は、今すぐにでも王位を継承なさろうとしないのですか?」

「うん?」

 王太子を前にしても少女の瞳は、やはり先ほどと同じ、何か強い意思をもってその瞳を輝かせていた。

 光りを失わない、どんな者を前にしても変わらない少女の光りだ。

「正当な王位継承者は、ドイタミナの次期国王はシャルル王の第一子、クロード太子のはずです。なのになぜ、王太子は王位を継がず、このようなドイタミナの辺境にある要塞に隠れておいでになっているのですか?」

 少女の言葉は、王の取り巻きたちも、他のドラゴンライダーたちも度肝を抜かした。

 強気とはいえ、少女の言葉はあまりにも強気すぎた。

 私は少し様子を見ることにした。

「小娘よ、すこし無礼が過ぎるぞ!」

「さよう、王族の前に出られるだけでも光栄と思え、田舎娘は引っ込むべきだ」

「ですがこのままではドイタミナは、王国は、本当にノジックの物となってしまいます。降伏すれば命は永らえますでも、自分たちの国は永久にどこにもなくなってしまうのですよ!? それで殿下は、本当に、よろしいと仰るのですか!?」

 延臣たちの狼狽する顔を見てもなお、少女はなお弱気な王太子に食い下がる。

 取り巻きたちの何人かが少女の肩に手を掛け、乱暴に殿下の前から遠ざけようとした。

 すると今度は、王太子自身がが少女の肩を守り「いい」と言って少女に伸ばされた延臣たちの手を少女から払った。

 驚く延臣立ちの中、王太子は無言で少女に次の言葉を促された。

「王太子殿下、ドイタミナは今、亡国の危機に瀕しております。王国はすでに三つに分けられ、一つはノジックに蹂躙され無法地帯と化した西側、未だ戦いを続ける南と東。人々は自分たちの王の名前も分からないまま、ノジックら侵略者によって今もなお虐殺され続けています。大都市はのきなみドイタミナ王国の国旗を降ろし、降伏の白旗とノジックの国旗を掲げています。ドイタミナの臣民は虐殺される、それがノジックでは合法ですなのになぜ、王太子殿下はご自身の命ばかりを先に考えておられるのですか? 殿下は、殿下の国と民が、未来永劫消えて無くなっても良いとおっしゃるのですか?」

「……そちは、ドイタミナの救世主か何かのつもりか?」

「違います! ですが私は、ドイタミナを救うためならこの身も戦場に投げ打つつもりでここまでやって参りました!! これは私の決意です!!」

「なにこのドイタミナを救うとな! ……だが白い翼の少女よ。我らにはノジックの持つ未知の武器には勝てぬ。彼らは音よりも早く、この剣よりも硬い盾と鎧を着て我らを攻めてくるのだ。我らの剣が届く前に彼らは我々の心臓を撃ち抜く。兵の数も兵糧も少ない。こんな状況で、ではどうやって我らは侵略者に勝てばいいと言うのだ!」

「勝算はあります! いかに強い武器とはいえ、人間が戦場で戦う限り彼らは無敵ではありません。彼らを海の向こうへと追い出した暁には、勝利はむしろ、私たちのもになるでしょう! 勝利は今、武器を持って立ち上がった者にしか手に入れられません!」

「希望論や理想論などは無用だ! 白い翼の少女よ! 精神論だけでは戦争に勝つことはできぬ、勝てるなら、その具体的な策を言え!」

「……ここに、実はあるものを用意してきました。これは彼らの持つ、あの武器と同じ物です」

 そう言うと少女は静かに、懐から小さく細長い何かを取り出し掌の上に載せ、王太子の前に掲げた。

 暗くてよく見えなかったが、それはまぎれもないノジック軍の持つ、銃というものだった。

「私の祖父が作り出した物で、銃、と言います。型は古い物ですが、構造はノジックの銃とほとんど変わりません」

「なんだと!? これが、奴らの持つあの妙な鉄の棒と同じ物だというのか!?」

 王太子が声を発せられるのとほぼ同時に、取り巻き達や兵士、騎士、ドラゴンライダーたち驚きの声を上げた。

 部屋中が一瞬にして声に埋め尽くされた。初めて見る物だ。こんなに小さな物が、今まで私たちを百年もの間苦しめてきた悪魔の武器だというのか。

「そうか! これが、奴らの持つあの長槍と同じ物だというのだな!? つまりこれさえあれば我らドイタミナはノジックに負けないというのか!」

「はい、そのはずです。ですがしかし……」

「でかしたぞ翼の少女よ! いや、よくやった! いますぐこれを首都まで運べば、あるいはこれをたくさん作れば、我々ドイタミナはノジックにも勝てようか! あと十年は、我々は戦えるぞ!」

 オー! という、最近はついぞ聞いた事の無かった兵士達の活気あるどよめきが部屋中に広がった。

「しかし殿下。この銃は非常に旧式の物です。死んだ祖父もそこは心配しておりましたが、ですが原理そのものは彼らの持つ物とほぼ同じです。聖都に行けばこれに新しい技術を加え仕える武器にもなりましょう。それに、このままではまだ数も少なすぎます」

 だが少女は、希望とは別に冷静な考えも持っているようだった。

 浮き足立つ私たちに、ひっそりと静寂が漂う。確かにそうかもしれない。

「そ、そうか。いやそうだったな。……では、おぬしはこれを使って、これからどうやって彼らと戦い勝っていくつもりなんだ? それにおぬし、これをいったいどこで……」

「例え威力や性能が違っても、銃の基本構造は、旧型も、ノジックの最新型も大した違いはありません。銃の欠陥は火薬を使うことです。そして、火薬は非常に燃えやすい性質を持っています。私の祖父はこれを見つけるまでかなり時間を使いましたが、例えばこの弾を発射する火薬を……」

 少女は銃と呼ばれる鉄の筒をひっくり返し、いくつか部品を外して中身を取り出すと、何か黒い粉のような物を掌に載せて私と周りの取り巻き達と王太子に見せた。

「これに、火を着けると。火薬は勢いよく爆発します」

 そう言って少女は近くのたいまつに向かって粉を投げた。

 瞬間、光りと、鼓膜をつんざくような鋭い音がして、王族の間は一瞬にしてうめき声と悲鳴に包まれた。

 気が付いたら、王の取り巻き数名が床に倒れていた。

 気絶してしまったのだろうか。

 そう言う私も、突然の事に両耳と目がくらんでしまっている。

 だが確かに、今ここでは何かすごいことが起きたというのはこの私にも理解できた。

「これをあの砲兵陣地の火薬庫で起こせば、あるいは」

 翼を持つ小さな少女は、自信に満ちた声で王太子殿下に自分の作戦を伝えた。

「砲兵陣には、おそらく長距離攻城兵器の弾薬庫と火薬庫が置かれています。大砲とはこの銃を少し大きくしたような物です。大量の火薬を貯蔵している陣に、ドイタミナのドラゴンで火を着けられれば、あるいは明日には敵の攻城陣地も更地となっているでしょう」

「な、なるほど! すばらしい! 火付け役はドラゴンと兵か! 少女よ、よくそのような大胆なことを思いつくものだな。して、その指揮官は誰がすると言うのか?」

「……誰もしないようですね。誰もしないのならば、では私が指揮官となって敵陣に入ります」

「お前自身が陣頭指揮にあたるとな? フフフ、ハハハ……いや、いさましいな翼の少女。単身この要塞まで来るだけのことはある、小気味良いほどの大胆さだ。だが……」

 そこまで言うと、王太子は一度立ちかけた椅子にふたたび深く座り直し、半ば笑うような顔で勝ち気な少女の顔を見下ろした。

「だが我々は、もはや戦えるだけの戦力を持っていない。これ以上戦っても犬死には必須だ。そう、戦争は終わる。私と、第二軍がノジックに投降すると言う形でな。これ以上の犬死には無用だ」

「なっ!? ここまできて、王太子は国を捨てるというのですか!?」

 少女の瞳が、ふたたびいらだつように真っ赤に燃えた。

 それは少女の、生まれ持ったらしい赤い瞳の色だった。

「そうではない! 我々はもう百年以上も戦争を続けているのだ。私の父、祖父、曾祖父の代からこの戦争は続いている、ドイタミナの大地はどこも、兵も民も、この長い戦争で深く傷ついた。これ以上の流血は無用、民が傷つくのを、国が疲弊するのを、これ以上私は王太子として見ていられないのだ! これ以上の戦争継続は無意味だ!」

 クロード王太子は少し自嘲気味に声を上げる。

 延臣達からも、臣下たちからもため息が漏らされた。

「殿下!!」

 突然、今度は王太子のすぐ横から若い数人の兵が顔を出し声を上げた。

「王太子殿下! 我々降下猟兵小隊、しばらくお暇を頂きたく思います!」

 声を上げ跪いたのは、グリーンのベレー帽をかぶる若い士官ダガー・マーシャラー軍曹だった。

 その隣には姉のアロー中佐、ドラゴンに騎乗する兵士の記章を胸に付けた何人かの若い士官も同じように、クロード王太子に対し敬礼をしていた。

「我々アロー小隊、ダガー小隊は、一度軍を離れ、敵陣に特攻するけなげな少女のお手伝いをいたしたく思い、盾と剣を持って少女の下にはせ参じる所存であります!!」

「なに、軍を離れるだと? 死ぬ気か?」

 王太子は、じっと自分の軍団に所属していたであろう若い兵士たちの目を見つめた。

 彼らの瞳には、あの少女と同じ輝きがあった。

 今まで私たちがなくしてきた物、悲しみや絶望を払いのける、強い信念だ。

「我が部隊にはまだ参謀閣下の下した投降の意思決定は伝わっておりません! よって本隊投降の意思は、特攻の後に受理したく思います。裁きは後ほど、この度の特攻が終わってからお受けいたしましょう! 部下一同、軍事裁判時には死刑を望みます!」

「同じくアロー小隊一同! 私たちは今一度、この勇敢なる少女の下に集まり祖国復活のための反逆者となります!! 我が祖国、ドイタミナに栄光あれ!!」

 二人の士官と共に、兵指数名が同時に背筋を伸ばした。

 対して参謀閣下の一人が、王太子の横から何か小さく王太子に耳打ちする。

 幾人も幾人も、王太子の取り巻きが王を取り囲み、なぜか突然現れた翼の少女と、揺れ動く王太子との間に幾重もの小さな壁を作っていった。

 そのうち参謀閣下から話を聞き終わった王太子が何か小さくうなずき、少女の前に再び立ちあがる。

 殿下が、少女の肩にそっとその手を載せられた。

 殿下の背は、少女の背丈よりもだいぶ高かった。

「軍を率いて、私に謀反を起こす気か? 娘よ」

「はっ、いえ……それで、ドイタミナを救えるのなら」

「正気か。ハハハ、小気味良いな翼を持つ者よ。そなたなら、確かに我がドイタミナを救えるかもしれん。我が軍を率いて、お前は確かに侵略者ノジックに勝てるというか」

「一つお願いがあります」

 少女は、下から殿下の目を見上げるようにして、顔をゆっくりと上げる。

「申してみよ」

「王太子殿下。もし私がこの度の反乱に成功し、敵の攻城陣地爆破に成功したら、殿下には一度正当なるドイタミナの次期王となって貰いたく思います。ドイタミナ王国として、私に殿下の力をお貸しください。その時は不承この私、この泥を大地に汚そうとも、不名誉に名を落とそうとも、渾身この命尽きるまで、ドイタミナのために命を賭ける次第であります。必ずや、侵略者ノジックをドイタミナから追い出して見せましょう」

 少女は断言した。

 その言葉には、私たちにはない自信と、信念があった。

 若い兵士たちがおお、と声を上げる。

 周りの年老いたドラゴンライダーたちも、互いになにかヒソヒソと話し合っている。

 もしかしたら私たちは、本当にこの悲惨な戦争に勝てるのかも知れない。

「わかった。もしお前が無事敵攻城陣地を攻撃し、生きて戻ってこれたら、私は一度聖都オルデランに戻って王位を継承することにしよう。学者に言って銃も創らせる。そして私が、次のドイタミナを率いてお前の後ろに立とうではないか。亡きシャルル王の跡を継いでな」

「……いえ。前に立つのは殿下です。私は殿下の影です」

「ハハハ、そうだったな。よし、翼の少女よ、お前の起こす反乱を許そう!」

 オー! と、部屋中から歓声の声が響いた。

 暗い、締め切られた部屋に久しぶりに白い歯と兵士達の笑いあう声、希望が聞こえた。

「俺たちは勝つぞ!」

 誰かが叫んだ。

「殿下! 我ら重装騎士団も少女の盾となるべく一度軍を抜けます!」

「奇襲だ! 斥候に連絡を取れ!!」

 血気に騒ぐ若い将校たちが互いに拳をぶつけ合い、それら将校達の真ん中で翼の少女は静かにそれら若い戦士達を見回している。

「翼の少女! 私たちは貴女を、何とお呼びすればよろしいですか!?」

「ぜひ我らに、勝利の女神の名をぜひ我が胸に!!」

 兵士達はめいめいに、自分たちの理想を誰彼構わず語り始め、少女の名を求めた。

 翼の少女は答えた。

「ロッソ。ジオーヴァ・ナ・デル・ヴィオ・ロッソ」

 少女の胸に、小さな胸飾りが輝いた。

「赤い瞳の戦乙女、ドイタミナの女神ロッソ、ばんざーい!」

 兵士達の顔が久しぶりに輝いた。

 と同時に、私はふと少女のその名前を気にした。どこかで聞いた事のあるような名前だったのだ。

 だが、私はすぐにこの疑問を頭から振り払うことにした。

 偉大な瞬間を祝う兵たちの熱に当てられたのもあったが、このような小さな疑問を持ちだして大事な時を失うのは良くない。

 今は、今この瞬間が大切なのだ。私たちは互いに笑顔を見せ合い、サーベルを持って立ち上がった。

「ロッソ嬢、ドイタミナの希望! ばんざーい!!」

 小さな少女の一声が、我々に希望を与えてくれる。これで死にかけたドイタミナが、本当に蘇るというのか。

 私たちは、一人の少女に勇気を与えられた。

 戦いで、さらに多くの兵が死ぬかも知れない。もしかしたら私たちは道半ばに、その命を失ってしまうかも知れないだが、それでいいのだ。

「ドイタミナ王国のために!」

 若い兵士の一人が叫ぶ。

 そう、我らがドイタミナ王国のために。

 私たちは今一度、ドイタミナを救うために、この小さな翼の少女に自身の命を預けてみようと思った。

 ※

 大陸全土から敗戦に重ねる敗戦を繰り返してきた、要塞を守る正規軍たちの士気は低かった。

 だがそれでも多くの兵士やドラゴンライダーたちが剣や槍を携えてロッソ率いる義賊への参加を所望したし、その上で少女は義賊を率いる指揮官役として先頭に立ち、ドイタミナの国旗を隊の上に掲げてみせた。

 立ち上げられた部隊は正規軍ではなく、ただの軍から離反した兵が作った反乱軍だ。

 小柄な少女の背には大剣が、右手には風に揺れるドイタミナの国旗が刺されたランスが構えられている。少女はその姿だけで、兵たちに歓声を上げられた。

「戦乙女ロッソ!!」

 誰かが言う。その通りのいでたちだろう。

 少女は少し笑うと、手に持つ旗の一つを私たち歩兵隊に手渡してきた。

 私たち歩兵隊は正面に展開する敵前哨基地に対し、正面から攻撃を仕掛ける手はずとなった。歩兵の役は囮だった。

 その側面から、川伝いに南下したロッソ率いる重装騎士団が敵前哨基地を急襲する。

 騎兵隊が敵の前哨基地敵主力を襲い引きつける、この作戦も陽動だった。本隊は要塞裏より出撃するアロー中佐、ダガー軍曹率いる火を吐くドラゴンを連れた降下猟兵小隊の面々だった。

 私たち地上を走る者が陽動で、火付け役は全員空を飛ぶ者達ばかりだ。

 歩行の兵士だけではいくぶん戦力不足だが、これで敵の攻城包囲陣が完全に吹き飛べば御の字だろう。作戦は完璧のはずだ。

「時間です、総員出撃準備を!!」

 殿下より承った純白の鎧を可憐に着込み、翼の少女が兵に向かって叫んだ。

 少女はドラゴンに乗ることができなかった。だからドラゴンに乗ることはできなかった。代わりに殿下から白い駿馬を与えられた。

 地上部隊はかなりの被害を被るはずだ。

 兵たちの顔に緊張の表情が走る。

 東者の侍、山田(やまだ)幸政(ゆきまさ)の乗る黒い雄馬がいなないた。

 私たちはそっと要塞下部にある迷路化した地下道を渡り、要塞の外を目指した。

 ※

 跳ね橋の下をくぐり地下壕を抜けた先には、いつも私たちが上から見ていたバレンツヤード大高原が広がっていた。

 砂埃かうっすら漂ういつもの高原。時間が来れば、この地ももうすぐ敵と味方の血が入り交じり赤く染まるだろう。

 突撃を知らせる次のラッパが聞こえる。私たちは前面に展開する敵歩兵駐留地に向かい、徒歩でゆっくりと前進を開始した。

 すぐそこにいるのは先鋭ノジックの陸戦隊だ。私たち歩兵部隊の任務はまず、前面に展開し敵の注意を自分たちに向けること。

 要塞の前に流れる川辺に、敵が作った監視塔と簡素な上陸拠点が作りかけられていた。

 船で上陸する際の橋頭堡のつもりだろうか。監視の兵たちが、私たちを見て慌てて銃を取りに走っていく。私はサーベルを抜き、兵たちに突撃の指示を出した。

「前へ出すぎては敵に狙われます! 私を盾にしてください!」

 長槍と盾を持った少年兵が一人、私の下へと駆け寄ってきた。

 歳はあの少女と同じくらいか、それよりもまだ少し若そうなあどけなさの残る小さな少年だった。

「私の装甲の後ろへ!」

 少年は勇ましく私に声を掛けてくれた。こんなにも勇敢な兵士がまだ我が軍にもいたとは。私は正直に驚いた。

「敵襲ーっ!!」

 次いで兵士の一人が叫び、ほぼ同時に敵からの銃撃が始まって私たちは地面に伏せた。

 味方と思われる者の悲鳴や、断末魔が聞こえる。

 私たちは這って近くの窪みに身を隠したが、そのうちすぐ近くを走っていた別の兵が前哨基地から飛んできた敵の銃弾に全身を撃たれ、鎧もろとも吹き飛んでそのまま息絶えて死んでしまった。

 遠くから馬の蹄の音が聞こえた。山田幸政の号令だ、窪みに隠れている私たちの側面援護をする形で、騎兵隊が敵の前哨基地側面から攻めてくる。

 敵の攻撃がゆるんだ。私は生き残った歩兵隊に、再び前進するよう声を掛けた。

 近くで、騎兵隊員の一人が銃に撃たれて落馬した。

 いつ死ぬとも分からない戦場。私はサーベルを胸の前に構えながら、ドイタミナの神に十字を切って無事を祈った。

 敵陣に近づくと徐々に敵からの攻撃も激しくなり、しばらくすると今度は私たちは敵の前で完全に動けなくなる。

 一進一退の攻防戦が続き、あとは裏側から騎士団の奇襲を待つことになった。

「ロッソが来たぞーッ!!!」

 ついに、川の向こう側から待ち望んでいた声が聞こえてきた。

 さらに敵側から絶叫に近い悲鳴が聞こえ、攻撃の手が止まった。

「突撃せよ!!」

 私は最後の力を振り絞り、サーベルと旗を歩兵隊の頭上へと掲げた。

 目の前に破れた敵の軍旗がはためいていたので、ついでに私は敵軍旗をサーベルでなぎ払う。

 前哨基地の正門を突破すると、中にはすでに火と黒い煙が立ちこめていた。

 炎の真ん中には、ロッソがランスを構え白い馬に乗って待っていた。

「点呼ォ! ドイタミナ軍は港の前へ集まれェ!!」

 兵の一人が叫んだ。

 ざっと見でも味方の兵は、要塞を出てきた時よりすでに三分の二ほどすでに減っていた。

 これは壊滅的被害というものだろう。

「これで全軍です! ロッソ! どうしますか!?」

 ロッソは静かに我々を見回すと、まるで呟くようにして次の指令を我々に与えた。

「……前進しましょう。このまま敵本陣を叩きます」

 ロッソは断言した。どうやら立案時に考えていた、騎士団と歩兵隊による撤退路確保を捨てる気らしい。

 分かってはいたが、兵たちにどよめきが広がった。

「正気ですか!? 我が軍はすでに壊滅的被害です! これ以上の前進は無理です!」

「ここで止まると、今までしてきた戦いがすべて無駄になります! 砲台陣の後ろ、火薬庫に火を着け敵を撤退させるまでドイタミナの勝利はあり得ません、前進を!」

「ロッソに着いていく者は剣を抜けェ!」

 侍の山田幸政が大長刀を振り上げ、声を上げた。

 最初に、ロッソと共にこの要塞にやってきたもう一人の勇者だ。

「武器と数の差は、すでに前より覚悟していたことことだろう!! この程度の劣勢、今さら何を怖じ気づくのかァ!! 我らはこの荒野に死す! ドイタミナのために!! 武器は敵が堕とした者を使え! 誇りある戦士なら、死ぬ瞬間まで敵を貫いて死ね!!!」

 山田幸政の号令の元、すぐに敵前上陸を果たす決死隊編成が急がれる。侍が勢いよく地面に長刀の柄を叩きつけると、地面がまるで地震のように揺れた。

 この男、一人でなんという力を持っているんだ。

 我々は地面と共に、心を揺さぶられた。そうだ、我々には奇跡を呼ぶ乙女だけではない、この怪力の侍もいるのだ。

 船に乗り込み敵前上陸を敢行する、決死隊はすぐに結成された。

「私が敵陣に切り込む! 一番乗りだ! 空の船を川に浮かべ対岸まで流せ! その間に馬を持つ者、足の遅い者は残りの船に乗って川下より上陸しろ! 私と共に敵陣に乗り込みたいヤツは、あのあばら船に乗り込め!!」

「来たぞーッ!! 敵の新手ーッ!!! 翼を回す空飛ぶ悪魔だー!!!」

 そこへ、川向こうを偵察していた斥候が慌てながら陣内に駆け込んできた。

 静かだった荒野に、だんだんとどこかから頭に響くような轟音と、嫌な風、空気が流れてくる。

 風だ。

 それはまさに、悪魔襲来の予兆だった。

「来た! 悪魔だ! 空飛ぶ悪魔だーッ!!」

 空の向こう側を見るとそこには、細長い黒い影に翼を上の方で大きく回す、今まで私たちをさんざん苦しめてきた回転翼の悪魔が二機、私たちのいる前哨基地跡に向かって近づいてきているところだった。

「一時待避! 兵は槍を持って地下壕へ待避しろー!!」

 兵たちがちりぢりになって近くの塹壕へ駆けだしはじめる。地上の兵は、空に対しては何も攻撃する手段が無かった。

 今まで進んできた道を逆に引き出した私たちだが、だが後ろを振り返ると、少女と侍はなぜか逃げる我々を横目に、じっと空にいる悪魔を馬の上から睨みあげていた。

「ロッソ!? 危険です! 早く地下壕へ!!」

 兵の何人かが心配して少女の腕を掴む。だが、少女は動かなかった。

「いや……いい、私がやる」

 少女は兵の腕を軽く振り払い、と思うと、気が付いたら少女は馬のたずなを取って猛然と空飛ぶ悪魔に向かって突撃を開始していた。

「ロッソさん!?」

 翼の少女には恐れというものがないのか? 地下壕からそれら少女の動きを見ていた私たちは、各々にサーベルを持ったまま己の目を疑う。

 だが次の瞬間起こったことは、まさに、戦場で起る奇跡だった。

 少女は白馬の背中にまたがったまま、地上に刺さっていた持ち手のいないランスを掴むと大きく跳躍、ランスを構えて、悪魔を操縦する敵兵の頭に一気にランスを振り下ろしたのだ。

「な、なんだって!?」

 誰もが思った。ランスは、メキメキと音を立てて空飛ぶ悪魔の頭にめり込んだ。

 悪魔はそのまま、まるで力を失ったかのように静かに地面に向かって墜ちていった。

「……!?」

 翼の少女も地上に落ちる悪魔と共に、その背中に広げる白い翼を膨らませたまま大剣とともにフワフワと地上に下りていく。

 我々は悪魔撃墜に、初めての勝利に大歓喜した。

 だがそんな私たちを前にして、もう一つ空を飛んでいた回転翼の悪魔が猛然と私たちと、私たちの少女に対して銃弾を撃ち始める。

 空の上から着地したばかりの少女の周りに、黄色い閃光と黒い土煙が立ちこめる。

 少女は弾をかわしながら地上を走り続けていた。悪魔はしつこく、逃げ続ける少女に空の上から銃弾をあびせ続けた。

「うぉぉおおりゃああああああッ!!!!!!」

 と、今度は私の隣にいる侍の方が何か怒声を発し、その手に持つ大長刀を空中で大きく振り回して空に向かって投げる。

 グサリと大長刀が悪魔の尾に突き刺さり、何か小気味良い音がして悪魔の動きが一瞬止まった。

 大長刀を尾に受けた悪魔だったが、そのうち悪魔はだんだんと狂ったようにその場で回転し始め、次いで轟音と共に地上に落ちて爆発した。

 気づいた時には空は、かつての空のように、鳥しか飛ばない静かな世界になっていた。

 私たちは勝ったのだ。

「どうだ! これがロッソと、私の力だ! この戦い、勝てるぞ! 者ども、ロッソの翼に着いてこい!!」

 私たちは手を振りかざし大声を上げて、侍と、煙の中から静かに現れた翼の少女の姿に歓喜の雄叫びを上げた。

「我が剣に続け! ドイタミナは必ず勝つ!! 信じろ、勝利は目前だ!!」

 大剣をかざし、少女も叫んだ。

 おお、と私たちも応え、それぞれ武器を持って急いで川に浮かぶあばら船に乗り込んだ。

 決死隊一陣、二陣、歩兵と騎兵のための馬を運ぶ船が用意され、すぐに上陸部隊が編成される。

 工兵の何人かが前哨基地に残っていた少量の火薬を見つけ、ロッソはその火薬を余ったあばら船に乗せるよう工兵たちに指示した。

 工兵たちは一瞬不思議な顔をしていたが、何か指示されて急いで火薬を余った船や浮き輪に詰めていく。敵の弾が火薬に当たったとき、その衝撃で水面が炸裂するのを利用して敵前に上陸するんだとロッソは言っていた。

 次の戦いは、今よりもっと多くの敵と戦うことになるだろう。今までの戦いはただの小さな前哨戦だ。

「進むわよ! 将軍! 進軍の命令を!!」

「はっ! 総員、前進!!!」

「者ども、よく聞けぇイ!! 名誉ある敵陣一番乗りを果たすは、決死隊率いる、この山田幸政(やまだゆきまさ)だ! 歴史に残る私の名前を、皆々よぉく覚えておくがいい!! いくぞ! 幸政隊、出陣ィん!!!」

 侍が抜刀し、兵たちを鼓舞する。

 ところで、兵の何人かが乗る船からあぶれたので、それを見てからロッソは、次いですぐ横で未だ翼を回し続ける敵の回転翼の悪魔を見て、何かウンとうなずいて兵の一人に新しい何かを指示した。

 ロッソは兵に向かって、しつこく何かを説明している。

 工兵が回転翼の悪魔を軽く調べ、まだ飛べるだろうという答えを出しロッソの元に走った。

 その上でロッソは、一人の兵士に向かってある命令を下す。次の戦いでは、お前はこの敵軍の残した悪魔に乗って戦えと。

 命令されたのは……あの、鎧と盾で私を銃弾から守ってくれた少年兵だった。

 ※

 少年の名は、ピーティーワイズ・クリプウッドといった。

 歳は十五。元々要塞にいる一人のドラゴンライダーの下男だったらしいが、今回ロッソたちが出陣すると聞いて主人に暇を請い、鎧を借りて戦地にはせ参じてきたらしい。

 クリプウッドのように、軍属以外の者でこの戦いに参加した者の数は少なくない。

 私は彼を元々軍に所属している兵士の一人だと思っていたが、どうやら彼を含む、この反乱軍の多くがクリプウッドと同じように、義で立ち上がったただの民間人のようだった。

「ぼっ、ボクがこれに乗るんですか!?」

 当然少年は自身の言われた命令にひどく動揺していたが、それからすぐに少年は何かを決したように小さく頷きすぐに、回転翼の悪魔に飛び乗った。

 翼の少女には、確かに何か不思議な力がある。

 見知らぬ者にも心を開かせ、あるいは叱咤激励して勇気を与え、剣を与えて再び祖国を蘇らせようとくじけかけた兵の心を直に揺すぶるような。

 山田幸政率いる一番隊や火薬を積んだ偽装船、私たちは火薬を積んだゴミと並んですぐに川に出て敵の本陣前、対岸を目指した。

 船に乗り込んでから数十分、モヤのかかる川面に少しずつ対岸が見えてくる。

 予想通り、川沿いには敵が何重にも防衛陣地を張って私たちを待っていた。

 敵陣のその向こうには、まだ黒い煙は見えていない。と言うことは、アローたち猟兵部隊はまだ敵の火薬庫には到達できていないようだ。

 船に乗る私たちが川を漂っているその時、近くの水面をいくつかの銃弾が水を跳ねながら後方に向かって飛んでいった。

 そのうちいくつかが誰かの乗る船に当たり、その内のいくつかが火薬を搭載した偽装船に当たり爆発する。

 火薬がゴミと共に爆発し、巨大な水柱がいくつもできて水面上に巨大な壁を作った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ