春の夜に叫び声が聞こえたら
春の夜に叫び声が聞こえたら、それは、人がいなくなった合図です。
毎年の風物詩のようなものですから、怯える必要はありません。
この町の警告通りにしていれば、大丈夫ですよ。
いなくなるのは、警告を無視した人たちです。
春の夜に叫び声が聞こえたら、それは、枝垂れ桜が人を食べている合図です。
この町の公園の中にある、大きな枝垂れ桜がそれです。その枝垂れ桜の花が咲き始めると、町では夜の花見が禁止されます。
夜だけなので、昼間には町の人も花見を楽しみます。
けれど、日が暮れて夜になると、公園全体が封鎖されます。入り口には「夜桜は危険です。絶対に入らないでください。この警告を無視して入った場合、命の保証は負いかねます」と、書かれた看板が立てかけられています。
お巡りさんも、夜のパトロール時に公園付近にいる人には、近寄らないようにと注意します。
町内会でも、見回り組が巡回します。火の用心ならぬ夜桜用心です。
それでも、毎年必ず夜の枝垂れ桜を見に忍び込む輩が出るのです。そうして、いなくなっていくのです。
火に飛び込む蛾のように、吸い寄せられてしまうのでしょうか。風で揺れる枝先が、手招きでもするのでしょうか。
夜の枝垂れ桜には、どれほど魅力があるのでしょう。
見た人は、みんないなくなってしまうので、永遠に分からずじまいです。
ほら。
今日もまた、叫び声が聞こえてきます。
警告を無視して夜桜見物になんて行くから、枝垂れ桜に食べられてしまうのですよ。