タバコから始まる出会い・パート3
近くの喫茶店に入った私たちは、4人がけのテーブルに向かい合って座った。そして私はブレンドコーヒー、芽衣子さんはカプチーノを頼んだ。
飲み物はすぐに届いたのだが、なかなか話し出すきっかけを見つけ出せず、しばらく無言が続いていた。
私はブレンドコーヒーにミルクと多めの砂糖を入れてから飲んだ。それでもまだちょっと苦い。
芽衣子さんは、じーっと両手で持ったカプチーノの表面を見つめてはちょっとだけ飲んで、また見つめてはちょっとだけ飲んでを繰り返している。
ここは私から話したほうがいいのかな?
そんなことを思っていると、カプチーノを見つめたままの芽衣子さんの唇が少し動いた。
私は口にしようとしていた言葉を既のところで抑える。
「真奈美さん」
「…はい」
ちょっと緊張する。
「私もまだまだ子どもなので大人ぶったことは言えませんが、タバコは身体に良くないですよ?」
「え? はい、えっと…ごめんなさい…?」
「ふふふ」
よくわからない質問に答えた私を見て、いつものような柔らかい顔で笑う芽衣子さん。
「今日はバイトはお休みなんですか?」
「うん。でも今日は芽衣子さんに嘘ついてたことを謝ろうと思って来たの」
「謝る?」
キョトンとして首をかしげる芽衣子さん。
「嘘、ついてたんですか?」
「え? んん?」
「だって、私は真奈美さんのことを聞こうとしてません。だから嘘をつかれていたというよりも、正確には真実を教えてもらっていなかった、ということですね」
「……」
私にはあまり違いはわからなかったが、芽衣子さんはどこか納得したようで、ニコニコと笑みを浮かべてウンウンと頷いていた。
「でも未成年がタバコはダメですよー? 身体に悪影響が及ぶんですから」
「でもタバコってやめられなくて…」
「私も喫煙者なので何とも言えませんけど、タバコよりも夢中になれるものとかを見つけたらいいんじゃないですか?」
「どこの大学に行こうかすら迷ってるのに、将来の夢とか夢中になるものなんていきなり出てこないって…」
「んー…ちょっと私の話をしてもいいですか?」
私は首を縦に振った。
芽衣子さんは一度ニコッと微笑んでから話し始めた。
「私、実家が東京にあって、世間的に言うところのお金持ちなんです。だから小さい頃からお父さんには甘やかされて、お母さんには精一杯の愛情を与えられてきました。家には家政婦さんもいましたし、月一回はどこかのおうちでのパーティーなんかにも行きました。でもある日思ったんです。恋がしたい、と。でも、周りを見てみても同じような境遇で育ってきたような子どもばかり。せっかく恋をするなら劇的な出会いをして、ビビビって来た人と恋愛をしてみたいと思ったんです。それがきっかけで、わざわざこっちの大学を受験して引っ越してきたんです」
やっぱり芽衣子さんはお金持ちのお嬢様だったんだ。
でも愛は世界を救うって言うけど、恋って人生を変えるんだ。まぁ芽衣子さんの場合は、『恋がしたい』っていう気持ちだけど。
「それで、恋に落ちたのが真奈美さんというわけです」
「ふーん」
「……おぅ。タバコも、今まで育ってきた環境からちょっと外れてみたいっていう、親への反抗のつもりだったのかもしれません。私の場合、たしなむ程度に吸ってるので、真奈美さんのように『やめられない』っていうのはないですね。身体に悪いのは重々承知してるので」
なんでも私といるとき以外ではほとんど吸っていないらしい。ひと月でやっと一箱吸い切る程度の喫煙者らしい。
芽衣子さんは続けた。
「それでもやっぱりタバコを吸っていたからいいことだってあります。今まで見えなかったことも見えてきましたし、それになにより真奈美さんに出会えましたし」
そう言ってまた笑みを浮かべる芽衣子さん。
不覚にも、ちょっとだけドキッとした。
「私、将来はカウンセラーになりたいんです。特に深い理由とかはないんですけど、いろんな人を見て、話を聞いて、その人にとっての人生の小さなきっかけになれたらいいなって思うんです。少しでも背中を押してあげることができたらなぁって思うんです。そのために日々勉強中ですけどね」
そう将来の夢を語る芽衣子さん。
なんとなく私のためにこーゆー話をしてくれているのだと言うことは伝わってきた。
それでも私は…
「私、それでもタバコは止められないかも。もしも身体に以上をきたしていることが感覚でわかるようになるまではやめられないと思うな」
「そうですか。カウンセリング失敗ですね」
「でも」
「?」
「でも、芽衣子さんのことはもうちょっと知ってみたいと思った、かな」
今まで芽衣子さんに興味がなかったわけではない。ただ年齢のことを隠したままでの、喫煙所という空間だけでの繋がりということもあり、正直バレたらめんどくさがられると思っていた。
でも年齢のことを打ち明けても、今までどおりな芽衣子さんを見て、芽衣子さんの笑顔を見て、心が惹かれたというのは間違いじゃない。
錯覚なんだろうけど、芽衣子さんからキラキラした何かが見えるような気がして、そのへんの人たちとはどこか違うように見えていた。
もっとこの人のことを知ってみたい。そう思ったのは確かだった。
「ほ、ほんとですか?」
「うん」
「えっと、どうしましょう。私、泣きそうなぐらい嬉しいんですけど」
「そんな大げさな…」
「かもしれませんけど、そのくらい嬉しいんですよ」
芽衣子さんの瞳がどこかウルッと来ているように見えなくもない。
と、思っていたら、その瞳から涙が流れた。
「えっ!?」
「あっ、そんな…」
「こ、こんなところで泣かないでよ!」
「私だって泣きたくて泣いたわけじゃないですって」
止め方をわからない涙に、あたふたしている芽衣子さん。そんな芽衣子さんにあたふたしている私。
喫茶店の他のお客さんの視線が集まっていたが、涙を浮かべている芽衣子さんと目が合い、互いに困ったような顔で笑みを浮かべた。
私はこの人との関係をもうちょっと深く真面目に考えてみようと思ったのだった。
とりあえずここでこのお話は終了です。