バナナの法則
家を出てすぐの道に、バナナの皮が置かれていた。
それは捨てられたものでも、落ちているものでもなくて、誰かによって丁寧に置かれたバナナの皮だった。
そのバナナの皮はテレビゲームなんかによく出てくる、お尻の部分をつまんで立てたような形で、上から見ると亜熱帯の森に咲くなにかの花のようにも見えた。
歩道の真ん中に立てられたバナナの皮は、わずかに傾きながらも永遠に倒れることのないピサの斜塔のように、そこでじっとしている。
いったい誰が、このような場所にバナナの皮を置かなくてはならなかったのだろうか。
皮に包まれたバナナを食べ歩いている人など見たことがなかったので、僕は疑問に思った。
わざわざこの場所に、バナナの皮を置かなくてはならない確固とした理由があったのだろうか。
そんなことを考えながら、僕はバナナの皮をそっと避けると、いつものようにジョギングに出かけた。
昨日バナナが置かれていた場所には、二つのバナナの皮がきちんと置かれていた。
昨日はひとつだったバナナの皮が二つに増えている。
もしかしたら細胞分裂して二つに増えたのかもしれない。
そう思ったが、すぐに考え直してそんなはずはないと自分に言い聞かせた。
バナナの皮は朝露に濡れて、艶やかに光っている。昨日と同じ人物によって置かれたものなのだろうか。
もしかしたら、これはなにかのイタズラかもしれない。
一般的にバナナの皮は、よく滑るとされている。
それはいつからか脳にインプットされた情報で、実際にバナナの皮を踏んで滑ったという人の話は聞いたことがなかった。
僕は一つまみの塩ほどの好奇心で、そのバナナの皮の片方を、スニーカーの裏で踏んでみた。
片方のバナナの皮は、少し体重をかけると、足の下でスルリと数センチほど滑った。
本当にバナナの皮は滑るのだ。
それだけわかると、僕は満足して、まだ日が昇ったばかりの街へ駆け出した。
バナナの皮は毎日、そうした義務でもあるかのように、一つずつ確実に増えていった。
そのようにして一日経つごとに、確実に増えていくバナナの皮を数えることが僕の日課になったのだ。
今日もバナナの皮は、昨日の七つから八つに増えていて、歩道を横切るように一列に、きっちりと並んでいた。僕はそれを数えてからいつものコースに向かって走り始めた。
走っている間ずっと、僕はバナナの皮の中身について考えていた。
何者かによって置かれたバナナの皮の中身はいったいどうなっているのだろうか。
もしかしたらバナナの皮の中身も、家の前のバナナの皮と同じ数だけ、どこかの歩道に置かれているのだろうか。
でもそれは、バナナの皮を並べることよりも困難なことのように思える。
バナナの中身を歩道に立てて並べることは、不安定で頼りないだろう。
もしかしたら少しの風でも倒れてしまうかもしれない。
それに比べるとバナナの皮を歩道に並べることは、理にかなっていることのように思えた。
僕は帰り道にコンビニエンスストアに向かうと、青果コーナーでバナナを探した。
しかしバナナは一本では売られておらず、売られていたのは房についたままの五本のバナナと、半分にカットされて、ラップに包まれたバナナだけだ。
もともとバナナがあまり好きでない僕は、半分にカットされたバナナをレジに持っていって、ポケットに入った小銭で代金を払った。
コンビニエンスストアを出ると、僕はすぐに半分のバナナをラップから取り出し、皮を破らないように丁寧にバナナの皮の中身だけを食べた。
家に向かいながら食べるバナナは乾いた喉をさらに乾かせ、なかなか飲み込むことができない。
なんとかバナナを食べ終える頃には家の前に着いていて、口の中にはバナナの皮の中身の味が鈍く残った。
僕は屈みこんで中身のなくなったバナナの皮を、足元に置かれたバナナの皮の法則に従って、列の端に丁寧に並べた。
僕の並べた半分のバナナの皮は、他のバナナの皮よりももちろん半分小さく、なんだか申し訳ない気がしたが、九個に増えたバナナの皮は美しく歩道に並んだ。
あれから数日が経った今、やはり誰かによってバナナの皮が毎日一つずつ置かれている。
バナナの皮はもう十九個となり、誰に片付けられることもなく、隊列を崩さない兵士のようにそこでじっとしていた。
しかし、僕が半分のバナナの皮を置いたことで、新たな法則ができたようで、九日前からバナナの皮は、しっかりと半分にカットされたものになっていた。
バナナの皮を置いている誰かは、やはりなんらかの法則に従って置いているようだ。
僕はジョギングを終えるとそのまま、熱く火照った体でコンビニエンスストアに向かった。
青果コーナーでバナナを探し、半分にカットされたバナナをポケットの小銭で買う。
そして前と同じように、コンビニエンスストアを出て、まだ冷たいバナナをすぐにラップから取り出した。
僕はバナナの皮を丁寧に剥いて、その半分のバナナの皮をしっかりと燃えるゴミのボックスに捨てた。
残されたバナナの皮の中身だけを持って、僕はまたあの歩道に向かう。