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第14章 都市飛躍 市民生活篇(その2)

 シレンティウム行政区、公会堂


 薄暗い公会堂は鏡を利用した照明装置であちこちが照し出され、また蝋燭や燭台、ランプで至る所に照明が設けられてもいる。

 その公会堂では、帝国から招聘した劇団が舞台“真説・ハルモニウム陥落”の第3幕を演じていた。

 再現されたシーンは森の中に静謐な水を湛える泉のほとり。

 帝国の高位将官率いる、帝国第21軍団がその近くに陣を張っていた。


{貴方こそ私が100年間求め続けていた英雄、私を是非従者に!}

{その方、泉の精霊であるか…では我と盟約を結ぼうぞ!}


水色の羽衣を羽織り、同じ色のベールを被った美しい女性が帝国兵達に押さえ付けられている。

 その前には剣を鞘ごと杖のように立て、手を載せた帝国軍の高位将官が鷹揚な様子で大石に腰掛けていた。


{何と慈悲深い帝国の将軍、盟約に拠り、私に名を与えたまえ}

{では今日よりそなたはアクエリウス、我が名アルトリウスに従う者よ、盟約に従いこの地を統べる手助けをするが良い!}


 落ち着いた曲が劇場に流れ出す。

 舞台の袖で楽団が場面に合せて楽曲を演奏しているのだ。

 場面は解放されたアクエリウスがアルトリウスと盟を結ぶものへと変わっている。


『…随分脚色されておるのであるな』

『でも、良いんじゃ無いの?大筋は間違っていないわ』


 客席の最後方から演劇の様子を眺める亡霊と精霊が感想を述べるが、正面にいる満員の観客達はそのシーンに見惚れて2人?に気付く様子はなかった。



 スイリウスの招聘した劇団と楽団は北の平定の後シレンティウムに相次いで到着し、ハルに目通りした彼らは口々に招聘に対する感謝を述べ、今後はシレンティウムを中心に活動することを宣言したのである。

 そしてもうあと2つほどの楽団と劇団がシレンティウムの招聘に応じて北方辺境へ向かっていることを告げた。

 劇団と楽団を統括するファブラエス団長は、ハルからイネオン河畔の戦いの一部始終を聞き取ると、直ぐさま今までのハルの活躍と合せて演劇に起こし、筋書きや台詞を調整して新たに演劇“辺境護民官”を創作した。

 舞台劇の筋書きや台詞一式は、合せて作成された楽曲の楽譜や楽団配置と共にファブラエス団長の手で帝国各地の劇団へ伝送石通信で頒布され、帝国のあちこちでハルの活躍と北方辺境での出来事が上演され始めていた。

 そのファブラエス団長は、英雄アルトリウスを前にして感激の余り近づき過ぎてその幽体に触れ、昏倒してしまうという失態を演じる。


「最近どうも帝国の演劇はマンネリでしてなあ~。ま、そこでアルトリウス殿の演劇を上演した所大人気を博しまして…ま、もともと庶民には人気のある演目ですので、目論見通りと言えばそれまでなんですがな。久々にやった演目でもありましたし、ご存じの通り、貴族受けはしない演劇ですのでねえ~。いやあ、まさかあそこまで貴族に反発されるとは思いもよりませんで、難儀していた所でした。ま、後悔はしていませんが、最後まで公演を全う出来なかったのが心残りではあります」


 その後目を覚ましたファブラエス団長は、アルトリウスの姿に感激しつつも少し落ち着いてそう言った。

 貴族然とした優雅な楕円長衣を纏ったファブラエス団長が笑顔で目を回す様子を見下ろし苦笑する他無かったアルトリウス。

 しかしその言葉を聞いていたく感心し、今まで細部がぼかされていた精霊アクエリウスとの出会いの場面や最後の戦いの直前、アクエリウスを封じ、アルスハレアの保護を敵に求めて認められた場面、更にはアルフォードとの決闘の推移などを告げ、ファブラエス団長を更に感激させた。

 アルトリウスから聞き取り、ファブラエス団長が場面を追加して完成させた“真説・ハルモニウム陥落”は、現在シレンティウムにおいて絶賛上演中。

 朝と昼に上演されるその演劇を見るために、公会堂は連日市民が長蛇の列を作っているのである。


残念ながら帝国では上演が忌避されている、いわゆる“アルトリウスもの”に当ることから、ファブラエス団長は極々親しい劇団長にだけこの筋書きと台詞書きを郵送していたが、帝国本土での公演は未定であった。


「非常に良い出来と自負しておりますのに、残念です」


 アルトリウスに詫びるように言ったファブラエス団長。

 しかしその一方、北の辺境で貴族の左遷にもめげず奮闘する辺境護民官ハル・アキルシウスの名は、演劇“辺境護民官”の上演回数の増加に伴って広まり、そして高まっていったのである。




 シレンティウム行政区、行政庁舎1階・待合室


 行政庁舎の待合室は今日も満員。

 陳情、要請、届出、訴訟などに訪れる人が多くいるが、その中でも取分け多いのが転入者による戸籍申請である。


「クィンキナトゥスさん、クィンキナトゥスさあん!こちらへどうぞ~」


 若いオラン人女性の戸籍官吏が呼ぶ声に、1人の帝国人が顔を上げる。

 そしてカウンターへと近づいた。


「クィンキナトゥスです」

「担当します戸籍官吏のピエレットです。クィンキナトゥスさんは帝国本土からのご転入ですね?」

「そうだよ、済まないね」


 笑顔で問い掛けるオラン人の戸籍官吏、ピエレットに笑顔を返しながら書類を取り出す帝国人クィンキナトゥス。

 ピエレットはカウンターに出されている石板を掌を上にして示しながら言葉を継いだ。


「はい、では帝国で取った戸籍状をこちらに提出して下さい」

「ここで良いかな…お?」


 帝国ではありふれた公文書鑑定石板であるが、幾ら発展しているとは言え、このような北方辺境にあると思わなかったクィンキナトゥスが目を丸くする。

 帝国では公文書には真贋選別の魔法が掛けられており、この石板に載せることで真正の公文書は特定の淡い光を発する。

 偽物は発光すること無く、また官庁で使用されている以外の発光魔法が掛けられていたとしても、その発光の程度や色合いで真贋は直ぐに発覚するのである。

 大規模な商取引でこれに似た石板が使用されることもあるが、官庁で使用されるものは特別注文で、余所に流出することは無い。

 その石板にクィンキナトゥスが帝国で取得した自分の戸籍状を載せると、草茎紙で出来たそれは淡い黄色の光を放った。

 真正の書類であることが確認出来たのである。


「はい、ありがとうございます。ではこちら戸籍申請書です、この太い枠の中へそこのペンとインクを使って記入をお願いします」


 真贋鑑定が終わった戸籍状を受け取ったピエレットは、今度はカウンターのしたから1枚の書類を取り出してクィンキナトゥスへと手渡す。


「……へえ、東照紙ね」


 その書類を手にしたクィンキナトゥスが再度目を丸くした。

 帝国では特別な書類以外には使用されない、上質の東照紙でその書類が出来ているからで、しかも戸籍原簿そのものでは無くただの申請書類に使用されていることに驚いたのである。


「はい、こちらの書類では全て東照紙が使われていますよ」

「なるほど…ここで良いかな?」

「は~い、お願いします」


 ピエレットの案内と説明で、そのクィンキナトゥスはさらさらと流麗な字体で申請書類の空欄を埋めてゆく。

 しばらくして全ての項目が埋まり、クィンキナトゥスはペンを戻し、書類を反対にしてピエレットへと差し出した。


「はい、ありがとうございます。では確認をさせて頂きます…お名前、グナエウス・クィンキナトゥスさん、7月5日生まれの35歳、元の住所が西方帝国帝都第2街区181番地、現住所、シレンティウム市南街区1丁目55番8号21、扶養家族無し、仕事…なし、で宜しいですか?」


 ピエレットが項目ごとに書類を読み上げると、律儀に一々頷いていたクィンキナトゥスは、最後の確認を求める言葉に大きく頷いた。


「ああ、大丈夫だ」


 その様子にほほえみを浮かべながらピエレットが再確認を行う。


「…あの、失礼ですがお仕事は本当に何もされていないのですか?」

「そうなんだ、就職活動中でね」


 苦笑いするクィンキナトゥスにピエレットはにっこりと笑みを浮かべて励ましの言葉をかけた。


「今この街は今どこも人手不足ですから、きっと大丈夫ですよ」

「そうか、それは助かるね」

「……はい、これで手続きは終了です、お疲れ様でした、そしてようこそシレンティウム市へ!これからどうぞ宜しくお願いします」


 書類を封書へ入れ、ピエレットが言うと、クィンキナトゥスは笑みと共に言葉を返す。


「ああ、ありがとう、こちらこそ宜しく」


 笑顔を残して立ち去るクィンキナトゥスの後ろ姿を少し名残惜しそうに見送りながら、ピエレットは次の仮申請書を取り出した。


「エラトスティヌスさん、エラトスティヌスさ~ん、いらっしゃいませんか~?」




 シレンティウム太陽神殿、薬事院 


 妊娠休暇中のエルレイシアに代わってアルスハレアが差配する太陽神殿と薬事院は、いつも通り大盛況である。

 隣接する学習所の子供達の喧噪も加わって、本来静粛なはずの太陽神殿は結構騒がしい。

 その薬事院の事務室には、ホーが1人の澄ました様子の東方人女性を伴ってアルスハレアと面談していた。


「こちら、ワタシの~知り合いの知り合いの知り合いから紹介されタ、鈴春茗リンシュンメイネ~東照で薬師やってたネ、とても優秀な薬師ヨ!」

「初めまして…鈴春茗と申します。東照の薬師をお求めとの由で御座いましたので、私共でお役に立てるならばと承った次第で御座います」


 鈴春茗と名乗ったその女性は細身で小柄、黒い髪を結い上げ、東照風の前袷の衣服を身に着けている。

 年の頃は20代前半、手指は熟練の薬師らしく荒れており、物静かな様子であった。


「初めまして、私がここの薬事院長をしているアルスハレアです。西方語がお上手ですね?」

「はい、以前から西方の薬事や医事に興味がありまして、書物などを取り寄せて居りました関係で西方語を学んだ次第で御座います」


 アルスハレアの言葉に、堅苦しい西方語で応じる鈴春茗。

 言葉だけで無く、顔も硬いので緊張しているのだと分かるが、とても年頃の女性が使うとは思えない古くて堅苦しい言葉使いに何となくおかしみを感じて微笑むアルスハレアに、鈴春茗は首を傾げて質問する。


「…どこか面妖なる箇所があるので御座いましょうや?何分書物を元にほぼ独学で学んで参りましたもので面妖なる箇所があるやもしれず…失礼あらば指導のほどお願い致します」

「いいえ、素敵な言葉使いですよ?お気になさらず」


 微笑みをそのままにアルスハレアが答えると、ようやく鈴春茗も笑顔になった。


「有り難きことに御座います」

「そうヨ~変な所なんかないヨ~ワタシの方がよっぽど変ヨ、鈴のは気になるほどじゃ無いヨ~」


「…変なのは自覚があったのですね」


 鈴春茗をそう言って慰めるホーの言葉に、思わずつぶやいてしまうアルスハレアだった。



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