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第2章 昔語り アルトリウス編

 見事な月が天に昇り、しずしずと周囲を照らす。


 保存食料で簡単な食事を終えたハルとエルレイシアは、アルトリウスを交えてのんびりと時を過ごしていた。


 場所はアルトリウスがかつて暮していた執務室兼軍団長私室。


 暖炉もあり、40年前の物であるが蝋燭も灯せるので、一夜の宿へと早変わりした。


 当のアルトリウスは頓着せず、金庫代わりの部屋を再封印した後は、都市設備の解説や保存物品の調査をハルと共に行って満足げである。


都市には武具や食料の類いも保存されていたが、食料はかつての籠城戦でほとんど使い果たしている上に、封印が上手く機能しておらず、40年の歳月が全てを土へと化していた。


 武具類は、きっちり封印された武器庫に保存されていたせいか、かなり良い状態で保管されており、型式が古い為にもう使われていないとは言え、しっかりした鎧兜、剣と槍、帝国風の短弓、弩にそれらの矢がかなりの数保存されていた。


 また、その他の建材や資材、日常工具や建築工具、機械工具に留まらず農機具の類いも充実して保存されており、ハルを驚かせる。


『我はこの地を開拓するつもりであったのでな、帝国からは色々せしめてやったのだ。』


 アルトリウスが保管庫を開いてハルに見せるにあたって、得意げに語った。





『さて、落ち着いた事でもあるし、昔語りでも致そうか?』


 月を窓から眺めていたアルトリウスが突然言い出した。


「そうですね、これから一緒に色々とやっていく上で相互の理解は必要だと思います。」


「・・・あまり話す事は無いが。」


『まあ、話したくない部分があるのであれば、話さなければ良いのだ。』


「・・・分かった。」


 エルレイシアは賛成し、ハルは少し渋ったが、アルトリウスに説得されて応じる。


『よし、では言い出した我から話そうか。』


 アルトリウスは嬉しそうに話し始めた。






 ガイウス・アルトリウスは若くして優秀な成績を収めて平民の身でありながら軍将校に取り立てられ、更には初めての赴任先である、南部大陸国境において、部族連合軍の襲撃を新造の砦で食い止め、帝国軍南部大侵攻の契機を作り出した。


 帝国が南部大陸に本格進出が可能になったのはこの一戦以降で、アルトリウスは功績により平民の身でありながら故郷の城主として貴族階級の末席に連なる。


 しかし出世したガイウス・アルトリウスの栄華は長くは続かず、あちこちの閑職をたらい回しにされた挙げ句には、ハルと同じように辺境護民官としてクリフォナ南部へと派遣された。


 当時クリフォナ南部地域はオラン人とクリフォナム人の係争地域で、人はほとんど住んでおらず、言わば勢力の空白地帯で、帝国はこの状態に目を付けてアルトリウスを送り込んだのである。


 上手くいけば儲けもの、帝国の版図が広がる。


 失敗すれば、目障りな平民出の優秀な将官を失脚させられるか、最悪彼の地で蛮族によって命を落とす。


 そうなってもそれを口実に戦争を仕掛ける事が出来るのだから、帝国にとって何一つ損は無いはずだった。


 平民の英雄となっていたアルトリウスを無碍に扱う事も出来ず、帝国貴族達が苦慮の末編み出した措置であったが、アルトリウスはこれを奇貨とした。


『平民出で優秀であったが故に腐らされている奴は結構おったのだ、そ奴らを誘った。』


 アルトリウスが願い出た条件は、州格上げの暁には州総督を置かず帝国皇帝直轄領として、北方守備軍司令部を設け、アルトリウスが率いる、平民出身者の第21軍団軍団長がその司令官を兼ねる事。


 また、本来5000人を超える帝国の1個軍団であるが、第21軍団は平民出身者で帝国に不満を持つ者ばかりを集めた結果、834名の新造軍団となった。


 アルトリウスはこの軍団を率いてハルモニウムが設けられる地に赴任し、わずか10年で北の都と呼ばれるまでに成長させたのである。


 そしてアルトリウスは辺境護民官から北方守備軍司令官に格上げされ、引き続いてハルモニウムを治める事となった。


『ただ、帝国人は入植させておらん、我はあくまでその地の民を募集した、ハルモニウムを境に西をオラン人、東をクリフォナム人に分け定着させて、その中継地点として帝国の都市であるハルモニウムを使った、言わば我はオラン人とクリフォナム人の仲介役をやったわけだ。』


 ハルが立ち寄ったアルマール村もそうした村の一つ。


 元々は別の地域にいたアルマール人の一派を呼び寄せて定住して貰ったのであるが、帝国風の農法を伝えられ、また商業を習い覚えた事により発展し、ついにはアルマールの族長を輩出できるまでに大きくなった。


 係争地域は中継地へと変貌を遂げ、もともと陸路としては東照やシルーハへの抜け道でもあったことから、発展は加速し、争いが消えた事で荒蕪地は農地へ、獣道や軍道は街道へと変わる。


 アルトリウスは帝国内に入る時以外は関所や鑑札を設けなかったので、都市では自由に商売や流通が出来た事も大きい。


『正直そこは我が疎かっただけなのだがな、怪我の功名という奴だな。』


 アルトリウスは悪びれずに言う。


 しかし、その発展が帝国中枢から睨まれ、阻害が始められる。


『・・・中央官吏共がこの町の税金に注目し始めたのだ。』


 アルトリウスが苦々しげに吐き捨てた。


 中央官吏は、帝国直轄領である事を口実に、官吏を送り込んで徴税を始めた。


 関所税、住民税、販売者税、城壁税、地税、酒税等々、ありとあらゆる税金がハルモニウムに襲いかかる。


 それまでは都市内の住民税と売上税のみで十分貢納に耐えたのであるが、これで一気に貢納額が跳ね上がり、ハルモニウムの徴税額で中央官吏が潤い始めることとなった。


 しかし、その官吏と対立している貴族や軍人は中央官吏が力を付ける事を望まなかった。


 それまで課されなかった新たな徴税で、オラン人クリフォナム人双方に不満が溜まっていた事も不利に影響した。


 帝国が支配していたのはハルモニアとその周辺の僅かな土地であり、オラン人とクリフォナム人の係争地を折半させたと言うのが実情であるが、もともとクリフォナム人の他の部族は帝国に自分達の地が侵攻されたという思いしか無く、実情を理解していない。


 そして反乱が起きた。


 反乱はクリフォナム人の中でも勇猛で知られるフリード族主導で始まり、アルトリウスが反乱に気が付いた時は既にその影響はクリフォナ・スペリオール州の州域全体に広まっていた。


『支配していたとはとても言えぬ、我はただ点を押さえていただけなのだが、アルフォードには我が諸悪の根源に見えていたのであろうな。』


 アルトリウスは都市の住民、ほとんどはクリフォナム人とオラン人であったが、これを都市外に逃がし、中央から来た官吏共を使者に立てるという名目で追い出して籠城策を取るが、援軍は来なかった。


『ま、今となっては詮無い事だが、もう少し上手く立ち回れていたらとは思う、性には合わぬが、軍人か貴族に賄賂でも贈っておればこうはならなかっただろう。』


 そして5ヶ月の後、アルトリウスの英雄譚だけを残してハルモニウムはこの地から消えたのである。



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