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第13章 北方平定 政治篇(その3)

 オラニア・オリエンテ、オラン人の都トロニア


オラン人伝統の族長会議。


 中央広場に大きな火が焚かれている。

 その仄かな明かりに照らし出されているのは、オラン人の部族長達。

 思い思いの場所、と見えて、実は部族の序列により立ち位置座り位置が決まっている。

 屋根の無い広場で月明かりの下たき火を前にしてそれぞれの部族長が剣を帯び、鎧兜を身に着け行われる会議は、今正に佳境にあった。


「辺境護民官ハル・アキルシウスの戦振りと支配姿勢は、今までの意見や陳述、報告で皆理解しておることと思うが……わしは同盟に参加するべきと思う」

「私も同意見だ、我々はシレンティウム同盟と辺境護民官に賭けるべきであると思う」


「いや、自主の道は未だ閉ざされてはおらん、ここは早急に結論を出すべきでは無い」


「帝国の圧力は増してきておるのに、結論を出すのに早いということは無いだろう」


「…ここで辺境護民官に合流するのは容易い、恐らく彼の者であれば寛大な支配を行うであろう、しかしそれはクリフォナムと帝国に我々がある意味で飲み込まれてしまうと言うことだ、それでも良いのか?帝国に併合されるのとどう違うのだ?」

「全く違うのではないか?帝国の支配に我々オラン人の意見は反映されない、シレンティウムはそうでは無い、クリフォナムもオランも民の意見としてではあるが、反映されている」

「いや、それでも合流は時期尚早だと思うぞ」


「そうはいっても、辺境護民官に勢いのある今、参加しておかねば意味が無かろう?」

「確かに、帝国の要求や圧力をくじけるのは彼の者に勢いのある今をおいて他に無い、万が一どこかの戦で敗れれば……おそらくシレンティウム同盟は消滅じゃ」


「ううむ……なぜあの辺境護民官は我らオランの地に来てくれなんだのか……悔やまれるわい……」

「それは言っても仕方ないでしょう?それにシレンティウムと辺境護民官がクリフォナムの民を抑えていてくれるからこそ我々が参加しようという機運になったのです。これが逆であったなら我々はあの戦上手の辺境護民官の手でクリフォナムやハレミアとの戦争に連日連夜かり出されていたでしょうな」

「………ううむ」

「いかにも……」




「それに、認めたくは無いがこのまま様子を見ようが時機を待とうが、我らを取り巻く環境は悪い方向へしか変わらんぞ?」

「そんなことは無かろうが……」

「……クリフォナム人の勢いに負け、ハレミア人の侵攻に怯え、帝国の圧力に屈し、島のオラン人の残虐に泣き、海賊共の横行に富を破られる現状を言っておるのだ。この状態がどう好転するのか教えてくれ」

「……そうだな、好転はしないな」

「だろうな、であるからこそだ」

「少なくともシレンティウムに参加すれば、帝国とハレミア、クリフォナムの負荷を除けよう、さすれば我らにも……未来が見える」


「………」

「確かに……」

「最高ではないが、最善では……あるか」

「うむ、最善ではある……」


 そこで部族長達の発言が、全て止まる。


 しばらく時が経つ。

 広場にはしわぶき一つ無く、たき火のぱちぱちとはぜる音だけがしていた。

 黙し、目をつぶるオランの部族長達。

 沈黙を静かに除くような落ち着いた声が響く。


「もう異見は無いな?では……シレンティウム同盟への参加を決する、この決に不満の者はこの場を去れ、意を同じくするならば剣を掲げよ」 


 最長老であるルナシオニ族の族長の発言に、オランの部族長達は一斉に手の中の剣を引き抜いた。

 焚き火に剣が燦めく。

 天に衝き上げられ、微動だにしない部族長達の剣を見て、再び静かな声が響いた。


「……では、辺境護民官ハル・アキルシウスをして我等オランの民の王と成し、我等オランの民は彼の者に先王ベラウェウヌリクス以来の忠誠を捧げる事とする。そしてその治政に誠心誠意協力し、その戦に後れを取らず、彼の者の示す慈悲と寛大、武勇に我等オランの民の行く末を掛けることを表明しよう」


「「「「我等の未来を彼の者に!!」」」」





 イネオン河畔、戦場跡地近辺


イネオン河畔の戦いにて戦場となったエレール川とイネオン川の合流地点はクイントゥスの指揮によって街が創られ始めていた。

 戦後直ぐに設置された兵営を基礎に、セデニア族とポッシア族の捕虜や難民を集め、街を創って住まわせることにしたのである。

 フレーディア郊外にいた難民とハレミア人に捕虜として捕まっていたセデニアとポッシアの族民の内、約3分の1がこの地に居残ることを選択した。

 ハルは、ハレミア人による被害を受けた両部族へ復興支援のため、ハレミア人から奪還した略奪品のほぼ全てを故郷へ戻る者達へ均等に配分し、今後も物資や人手について必要があれば支援を行うが、シレンティウムの支配下に入ることを要求したのである。


 他に選択肢が無かった事もあるだろうが、両部族はその要求を容れ、シレンティウムの傘下に入ることを了承した。

 翻ってこの地に残ることを選択した両部族の族民は、捕虜となっていた女子供全員と若干名、人数で言えば約2万人もの人間がクイントゥスの庇護下へと入ったのである。

 クイントゥスは兵営にその族民達を収容すると共に、捕虜生活で痛んだ体と心を癒やさせる一方、回復した者達へは出来る仕事をどんどん回した。

 薪拾い、簡単な荷物運びと仕分け作業、倉庫管理、文書作成や事務作業、兵士達の食事等の世話、兵営の掃除や整頓などであるが、身体を動かすことで、悪い気持ちと思い出を払拭させようとしたのである。

 この方法が上手くいったのか、族民達は次第に兵士達とも打ち解け、少しずつ笑顔が戻り始めていた。

 クイントゥスも文字の読み書きが出来るセデニア族の元捕虜達を数名雇う形でつかっていたが、どうも勝手が違う。


「あの、クイントゥス将軍…、お茶が入りました」

「あ、ああ、ありがとうございます」 

「クイントゥス将軍、この文書なのですけれども……」

「えっと……ああ、これはシレンティウムのシッティウス行政長官からの調査文書ですね、後で私が回答を作成しますのでその隅に置いて下さい」

「はい」


 手紙をそっとクイントゥスの机に置き、にっこり微笑んで去るクリフォナム人の女性へ引きつった笑みを返すクイントゥス。


 どうにも落ち着かない。


 クイントゥスは、簡素な机で書類作成をするためペンを東照紙へ走らせながら、周囲を見回した。

 周りにいるのは金髪や銀髪、長身で細身のセデニア族の女性達。

 それ以前に着ていた服がボロボロで酷い有様だったので、帝国兵に支給される貫頭衣を支給したのだが、かえって酷くなった。

 帝国人男性とそう背丈が変わらないので大丈夫だろうと考えて支給したのだが、男女の体型の違いや、足の長いクリフォナム人の特徴をすっかり失念していたのだ。


 おかげで非常に目のやり場に困る。


「いやいやいやこれはちがうんだ」


 ついその後ろ姿を目で追ってしまったクイントゥスは生真面目に目をつぶり、愛妻ティオリアの怒った顔を思い浮かべて懺悔する。

 自分で推し進めた方策とは言え、女性にこうも囲まれては非常にやりにくい。

 ましてや今までの仕事はずっと男所帯の軍勤務だったので、仕事場に女性がいると言うだけで違和感があるのだ。


 頭を抱えかけたクイントゥスの耳に、野太い声が届いた。


「失礼します……宜しいでしょうか?」

「あ、ど、どうぞ……じゃなくて、いいぞ、入れ!」


口調すら怪しくなったクイントゥスがそう返答すると、扉を開いて工兵隊長が入ってきた。

 少し妙な顔をして入ってきた工兵隊長は足を揃えて敬礼すると、ゆっくり口を開く。


「臨時軍団長、エレール川への橋桁の設置が完了しました」

「……分かった、ご苦労。早速報告書を作るが、その前にちょっと視察に行こう」

「はっ、では……」


 そそくさと立ち上がるクイントゥスに、工兵隊長が応じる。

 そして工兵隊長の背中を押すように部屋の外へ出るクイントゥス。

 扉を閉めるとふうっとため息をついた。


「それ程苦手なのでしたら、彼女たちは別の場所へ移せば宜しいのではありませんか?」


 苦笑しつつ言う工兵隊長に、クイントゥスも苦笑で言葉を返す。


「いや、でも助かることは助かっているんだ。文章を作るのは得意ではないから」

「そうですか……では、こちらです」


 工兵隊長は苦笑いしたままではあったが、それ以上何も言わずクイントゥスを架橋工事の現場へと案内するのだった。




 クイントゥスが現在率いているのは、元シレンティウム守備隊の面々と帝国退役兵からなる工兵隊。

 フレーディアでの作業が一段落した後、後事を第22軍団に引き継いでイネオン河畔の戦いの後設置された帝国式の兵営を市民が住まう街へと変え、更にハルからエレ-ル川に頑丈な木橋を架けるように命令されたのである。

 イネオン川には既に第22軍団と協力して橋が架けられているが、この地を河川流通の拠点にと睨んだハルの計画に基づいて街と橋が造られることになったのだ。

 ただ、河川流通によって船舶航行が盛んになると海賊の遡上襲撃や密輸船の横行が心配なので、橋を建設して海と上流域を区切ることにしたのである。


 実際、エレール川とイネオン川の合流地点より上流のエレール川は、川底も浅くなり始め、川幅も狭くなる。

 防衛上の理由だけでは無く、上流域への輸送は実際小型船に積み替える必要性があるのだ。

 また、一旦この街で必ず荷を積み替えることになれば、積み替え作業に必要な人手を雇う必要があるし、上流と下流両方で船を維持するより、この街まで商品を運ぶことを目的とし、その先は取引相手に任せた方が効率が良くなる。


 そうすれば上流と下流の間で商取引が行われるようになり、この街が商取引の拠点となれるだろう。

 そうして商取引が盛んになることにより街は潤い、貨幣が普及し、流通に対する監視を行う事も容易になる。

 橋自体の陸上輸送と流通の効率化や促進作用もさることながら、副次的な意味合いも十分以上にあるのだ。




 イネオン川の倍以上の川幅があるエレール川。

 しかし、クイントゥスは帝国の技術力を駆使し、ハルからの命令後架橋に早速取りかかった。

 川底を測量し、頑丈で一様な場所を選定すると、クイントゥスは帝国式の杭打ち筏を作製して早速橋桁の設置を開始する。

 連日連夜の架橋作業でエレ-ルの大河には既に楔が打ち込まれており、橋桁の上流には三角形の流木避けが設置されてもいる。

 イネオン川にすら橋を架けられなかったクリフォナムやオランの民が驚く速さで橋は完成しつつあり、帝国の技術力を持つシレンティウムの勢威を高めたのである。


「いずれは石橋を架けるが、今は町の発展と流通のために自由に渡れる橋が早急に必要なんだ」


 ハルからそう言われたクイントゥスは、兵営がある為に街の建設が容易であったことから、架橋工事に意を注いできたのだ。

 架橋工事の現場に到着したクイントゥスの目の前には、広いエレール川へ一直線に並ぶ橋桁があった。

 10艘の杭打ち筏がこちら側に引き上げて来つつあり、筏を操る工兵達の顔には誇らしげな笑顔があった。


「結構早かったなあ…」

「みんな頑張ってくれました」


 クイントゥスの感心した声に、工兵隊長がやはり誇らしげに答える。


「あとは、天板と欄干か…」

「はい、木材が到着し次第工事を再開します」


つぶやくように言ったクイントゥスに、工兵隊長は2人の姿を見つけて手を振る工兵隊に手を上げて答えながら言う。

 橋の街~コロニア・ポンティス~の名物となる大架橋はもう間もなくの完成である。



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