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第13章 北方平定 政治篇(その2)

前話第12章(その10)について、若干補正しました。

最後の突撃前後です。

宜しくお願いします。

 シレンティウム行政府


 シレンティウム行政府の大広間では、シッティウスが思いがけない来客を迎えていた。


「ほいじゃあ辺境護民官殿…もといフリード王の秋留晴義殿はおられんのか?」

「現在ここより更に北のフレーディア市にて政務中でして…折角ご足労頂きました所を申し訳ない次第ですが…」

「なんのなんの、こっちが急に来たのや、気にせんでくれ…しかし困ったの、本人に渡さんと意味無いし……」


 謹厳実直を絵に描いたような対応を行うシッティウスとは対照的に、訛りはあるものの意外と流ちょうな西方語を操る黎盛行の態度は砕けたものであった。

 



東照帝国の官服が入った桐の箱を携え、官位が記された竹簡を手にした東照帝国西方府の黎盛行都督が突如やって来たのは同じ日の朝。

 東照の騎兵500余りを引き連れて東門に来着した黎盛行は、城市大使である介大成の出迎えを受け、驚くシレンティウム側を余所に入城を求めた。

 留守を預かるシッティウスが応対する事になり、一旦東照大使館へ入って貰った後、歓迎会を兼ねて夕食を用意し、黎都督と介大使を行政府へと招いたのである。




「しばらく待って頂けるのであれば、こちらへアキルシウス殿を呼び寄せますが」

「ああ~そこまでせんで構わんよ、面白そうな街だからのう、秋留晴義殿の仕事が一段落付くまでのんびり待たして貰うわい」


あくまで姿勢を崩さないシッティウスに、黎盛行も自分の態度を崩さず対応する。

 2人の噛み合わない様子を見ながら含み笑った介大成は、コホンと咳払いで笑みを追い出してから徐に口を開いた。


「それで、東方郵便協会の支所の設置についてなのですが…ご承諾頂けますか?」

「そうですな…一日待って頂けますかな?フレーディアのアキルシウス殿へお伺いを立てません事には……事は外国使節との遣り取りになりますので」

「分かりました」


 シッティウスの回答に介大成も素直に引き下がる。

 恐らくハルは断わりはしまい、そう考えた介大成と黎盛行。

 東照との郵便や伝送石通信が開通すればシレンティウムの重要な収入源である奉玄黄の交易商売にも便利であるし、東照との通信交渉も可能となる。


 あの開明的な思考の持ち主である辺境護民官ならば、外国との通信にその事実以上の高い価値を見出すだろう。


「では、東方郵便協会シレンティウム支局については秋留晴義殿の承諾を待ってから設置致します」

「宜しくお願いします」


 介大成の言葉にシッティウスも頷いた。




シレンティウム市内、東照城市大使館


「良い街やないか」


 夕食後、大使館に着くなり椅子に座る時間も惜しむように黎盛行が満面の笑みで言う。


「ここと商売したら面白いなあ!」

「素晴らしい勢いで発展していますので、将来性は抜群です」


 椅子に座ってから言葉を足した黎盛行に、介大成はお茶を出しながら笑みを浮かべて答えた。


「それだけじゃなかろう、噂を聞くに、シレンティウムは貨幣経済の浸透を目指しとるそうじゃのう…これは北辺の地が巨大な市場へ化けるという事じゃ、こんな好機見逃せんわい」


 黎盛行が皮算用も甚だしくほくほく顔で言うと、介大成の笑顔が苦笑に変わる。

 それでも黎盛行の見立てはあながち間違いではない。

 既に北辺地域は有望巨大な市場として、シレンティウムの工業生産力を飲み込みつつある。

 シレンティウムから食糧を塩畔へ運び、塩畔からは東照の産品をシレンティウムへ運ぶ通商路を上手く開ければ相当の旨味ある交易となるだろう。


「それだけではありませんよ」


 ほくほく顔の黎盛行に笑みを消し、介大成は徐に口を開いた。


「何じゃ?」


 怪訝そうに質問する黎盛行に、介大成は顔を引き締めて口を開く。


「先程極北地域に巣喰う北狄のハレミア人40万を辺境護民官殿の指揮で打ち破り、殲滅したとのことですから、彼の者の勢力圏は更に広まることでしょう」


 黎盛行の目がきらりと光った。


「ほう!また勝ちよったのか?」

「一時的に先王アルフォードの子息ダンフォードにフレーディアを奪われましたが、無事奪還し、今はその復興と北方蛮族の平定に意を注いでいるとのことです」

「なるほどなあ……ほいじゃ官位は丁度釣り合うたな」


介大成の言葉に黎盛行はうむうむと何度も頷く。

 その様子に介大成が不審を覚えて質問した。


「……どの程度の官位が用意出来ましたか?」

「おう、だいぶ奮発したつもりじゃったが……これならばとんとんじゃ」


 黎盛行が持っていた東照紙の別の書き付けには、ハルが贈られる東照帝国の官位が記されているのであるが、黎盛行は特に頓着無くその紙を差し出す。


「竹簡と同じものじゃ、心配ない」


 黎盛行から紙を受け取ってその場で広げる介大成、その紙面には


北辺諸州統括都督

      匙錬丁宇務太守


の東方文字が黒々と大書されていた。


「…これはまた」

「おう、新設の令外官とは言え、令外官簿に登載する歴とした官位じゃ。異人にやるには随分と高い。てっきり“なんちゃら王”でお茶を濁すかと思いきや、都の連中も思いきったことをしよる。これで秋留晴義殿はわしより高官じゃなあ…まあ、それに見合うくらいの功績はあるわな、何せウチでまともに戦争に勝った者はここ最近おらん、あやかりたいものじゃ」


 驚く介大成に胸を張る黎盛行が答える。

 令外官とは正式な官位では無く、臨時設置する官位のことである。

 普通であれば外国人や異国の王を冊封する際には王位を授与するところであるが、この王位は東照国内では通用しない謂わば名誉職的な意味合いがあり、当然正式な官位ではない。

 しかしながら、今回ハルが叙任されようとしているのは“令外官簿”に登載される、正式に臨時設置される官位である。


 東照は異国人であるハルを取込みにかかったのだ。


「ま、何にせよ彼の者が戻ってからの話じゃわ、しばらくゆっくりさせてもらうぞ」


 黎盛行は出された茶を喫しつつ、最後に含みのあるような言葉で締めくくったのだった。




 フリンク族の城邑、ハランド


「ふん、いきなり斬りかかってくるとはご挨拶だな」


 大剣をかつての護衛戦士の腹から抜くと、グランドルは口元を歪めた。

 力なく護衛戦士が崩れ落ちると、グランドルは隻眼で周囲を睨め回す。

 いずれも剣を抜き、その切っ先はグランドルへ向けられていた。

 しかしここは戦場では無く、自分の部屋。


「どうした?かかってこんのか?老いぼれ1人だぞ!」


 最後に大喝を入れると、飛び掛かろうと身構えていたフリンク戦士達が一斉に下がる。

血まみれの大剣を担ぎ上げ、グランドルは戦士達を率いている1人の戦士長を見据えて隻眼を怒らせた。


「ヴィンフリンド、貴様…」

「グランドル族長、あんたは失敗した、失敗した者は去るのが習わしだ」

「…去るか否かはわしが決める、貴様ごとき若輩者に左右されるいわれは無いわ!」


 吼えるグランドルからざっと足音を立てて後ずさる戦士達を余所に、ヴィンフリンドと呼ばれた若い戦士長は肩をすくめて余裕たっぷりに答えた。


「そんな時間はないのだ、辺境護民官は直ぐそこのフレーディアにいる。使者の口上は聞かせて貰ったぞ、握りつぶせるとでも思っていたのか?」

「降伏するにせよ一戦交えてからで無くては意味が無い、我らの手強さを思い知らせなくては有利な条件は望めぬ……奴らは全面降伏を求めてきたのだぞ!」


 グランドルは油断無く剣を構え直しながらも苦虫をかみ潰したような顔で答えた。 


「それが無謀だというのが何故分からないのだ?彼の辺境護民官は女子供一切構わずハレミア人40万を焼き尽くしたのだぞ……しかし降伏する者には非常に寛大だ。反抗していたフリードの貴族達も皆降伏し、所領や勢力を安堵されている、同盟参加の呼びかけを無視していたセデニアとポッシアの遺民達も援助を受け、それぞれの土地や新しい街を創っていると聞く、周辺の部族達も全て使者を送っている」

「……誇りは命に代えられん」


 諭すようなヴィンフリンドの言葉にも耳を貸さず、グランドルはそう言って剣を突きつけた。


「我らクリフォナムの…フリンクの誇りを忘れたかっ!」

「……誇りはある、しかし、族民達の命や生活もあるのだ。誇りは我らの生活を守るためのもの、その生活を蔑ろにしてまで守る誇りでは意味が無い。皆の意見を聞いてくれ」

「ふん、それのどこが誇りなのだ、その様な見識の者共と話す言葉は最早無い、真の誇りとは何か、教えてやろうっ!かかって来るが良いっ!」


 グランドルの叫びにも似た声に、ヴィンフリンドに額にうっすらと青筋が浮かんだ。

 辺境護民官とシレンティウム同盟の日の出の勢いが何故分からないのだ?

 かつては傍若無人に暴れていたフリンクの族民達も、長い平和な時代で気質が変り、もはや積極的に争いを望むことはない。

 そして部族一丸となって敵に当っていたフリンク族はもういない。

 ここで統一見解を出し、シレンティウムに従わなければ恐らく有力貴族達は離反してしまうだろう。


 時代は変わったのである。


 ダンフォードを匿うという決定にも相当数の有力者や族民達が反対したにも関わらず、グランドルは血縁を重視してこれを受け入れた。

 ハレミア人との連絡然り、ダンフォードへの戦士の貸与然りである。

 そうした挙げ句の果てに現われたのは、降伏を勧める辺境護民官からの使者であったのだ。

 もうグランドルに任せてはおけない。


「……石頭め……お前ら下がれ、俺がやる」


 しゅらりと長剣を抜き放ったヴィンフリンドが躊躇する戦士達を下がらせて前へと出る。

一呼吸置いた後、バネがはじけるような勢いで2人の戦士が激突した。

 ごっと重い音と共に剣が火花と共に衝突し、そのまま鍔迫り合いとなるグランドルとヴィンフリンド。

 お互い歯を食いしばり、腕と太腿、背中の筋肉を盛り上げて剣を擦り合わせる。

 ばっと同時に後方へ飛び退いた後、再び剣が噛み合う。

 真正面から力の限り剣を1合、2合、3合と打ち合わせる2人。

 その度に火花と鋭い音が響いた。

 そして4合目、激しく打ち合わされた剣がそれぞれの手元へと引かれるその時、ヴィンフリンドの剣が跳ね上がったのだ。

 グランドルの隻眼の死角から差し入れられたヴィンフリンドの剣は、さくっと軽くグランドルの喉元へ吸い込まれた。


「ぐむっ!」


 グランドルがうめき声と共に大剣を取り落とした。

 すっと剣を引かれた喉から血がにじみ出し、膝を突いたグランドルの衣服を染めてゆく。


「……かつて豪腕剣士と呼ばれた貴方も歳には勝てなかったようだな」


 切っ先だけが血に濡れた剣を手に、ヴィンフリンドが痛ましそうにうずくまるグランドルの姿を見つめた。

 やがて血が床中に広がり、力なく倒れ伏したグランドルを見て取ったヴィンフリンドがゆっくりと剣を収め、周囲で固唾を呑んで戦いの全てを見守っていた戦士達に指示を出す。


「丁重に運べ、前族長としての礼を忘れるな」


 仰向けにされ、手厚く毛織物の敷布に包まれたグランドルの顔は、どこか満足げである。


「……すまないな、親父……」


 ヴィンフリンドは静かな顔で運ばれてゆく、父親であり前族長であるグランドルを見送った後、眦をつり上げて号令を下した。


「デルンフォードとシャルローテを捕らえるぞ!抵抗するようならば殺して良い」


 まだ辛い仕事が残っている。

 今度は従弟達を捕らえ、辺境護民官へ差し出さなければならないのだ。



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