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第12章 シレンティウムの一年 冬・北の戦い(その7)

 シレンティウム軍右翼


「防御陣形を取れ!」  


ベリウスの命令で、北方軍団兵達が一斉に盾を地面に付けて深く構え直し、攻撃を受け止める体勢を取った。

 すぐ前から、黄色い歯を剥き出しにしたハレミア人達が雄叫びを上げて突撃してくる。

 イネオン川上流域に一旦逃れたハレミア人達は、少し余裕があったのか第23軍団が進撃してくるのを見ると抵抗する構えを見せた。

 そして第23軍団が進出すると、突如襲いかかってきたのである。

 手投げ矢を投射する時が無いと判断したベリウスは、一旦攻撃を受け止めてやり過ごすこと選択したのだ。


 錆びて歪んだ剣をかざし、北方軍団兵の持つ盾に叩き付け、突き上げ、切り付けるが第23軍団の前衛は微動だにしない。

 がんがんがんと通用しないにも関わらずしつこく剣を打ち続けるハレミア人であったが、それ以前に川を渡り、シレンティウム軍の陣地に攻めかかったりしてずっと走りっぱなしであった為、徐々に勢いが失われてきた。

 声の勢いさえも落ちてくる。

 ベリウスはその様子を注意深く見守っていたが、敵の腰が退けてきた者が出始めたのを見て取り、時機が来た事を知った。


「押し返せ!」


 それまでひたすら歯を食いしばって敵の攻撃に耐え続けていた北方軍団兵の口元に笑みが浮かぶ。


 瞬時に前衛の盾が北方軍団兵の喊声と共に前へと押し出され、吹飛ばされたハレミア人が驚愕のまま北方軍団兵の剣で刺し殺された。

 帝国兵と違い、北方軍団兵はハレミア人と体格的に遜色ないため、思い切り盾を押し上げると全員が仰向けに倒れてしまうのである。


「2列目!」


 攻撃に耐えていた1列目とすかさず2列目が交代し、怯んで後ずさったハレミア人に襲いかかった。


「3列目!」


 更に追討ちをかけるベリウスと第23軍団。

 ハレミア人がイネオン川に向かって退却するが、そこには部族連合戦士団が待ち構えていた。

 たちまち両軍に追い立てられてエレール川方向へと敗走するハレミア人。

 そして自分達の軍の中央部、すなわちバガンの陣取る陣営へとぶつかってしまう。


「火炎放射開始!」


 逃げる左翼のハレミア人と本陣を固めていたハレミア人が密集したところ狙ってベリウスが火炎放射を命じた。

 車輪を転がし、北方軍団兵の構える盾の間へ移動した工兵達が手押しポンプを思い切り押し込んだ。


 炎が轟音と共にハレミア人を無慈悲に撫でる。

 すさまじい絶叫が上がり、背や腹を焼かれ、手足を焼き飛ばされて悶死する者が続出した。

 飛び火が周囲にまき散らされる。

 たちまち混乱が広がった。




 シレンティウム軍中央


 ハルが指揮する正面は、ハレミア人の族長であるバガンが直々に出てきたこともあって戦意旺盛で、猛烈な突撃を受けることとなった。


うぎゃあああ


 ハレミア人の奇声叫声が周囲に響く。


「狼狽えるな!盾を構えろ、対人亀甲隊形を取れ!」


 ハルの号令が出され、北方軍団兵が盾を正面に構え、その後列の兵士が最前列の兵士の頭上に自分の盾を被せる。

 既に距離が近く、手投げ矢を放っている暇はない。


 ずごんという鈍くもすさまじい音が響いた。 

 ハレミア人が渾身の力を込めて体当たりをしてきたのだ。

 受け止めきれずによろめく者も出るが、直後の戦列の兵士が前列の兵士の肩を支えて衝撃を受け止める。


ぎゃあああああ


 雄叫びとはとても言えない、悲鳴じみた声を上げながら棍棒や剣を無茶苦茶に盾へと叩き付けるハレミア人達であるが、後列の兵士が前列の兵士の頭上へ盾を被せているため、その刃や打撃は北方軍団兵までは届かない。

 盾に蹴りを入れたり、肩からぶつかってみたり、ハレミア人は何とか北方軍団兵の堅陣を突破しようとあらゆる手段を試みるが、微動だにしない第21軍団の戦列を攻め倦ねて動きが鈍くなり始めた。

 次第にもみ合いに似た状況が生まれるが、後ろのハレミア人達は見境無しに突っ込んでくるために更に前線はもみくちゃの状態になる。


「今だ!押し返せ!」


 緊張感が緩んだハレミア人の隙を突き、ハルの号令と共に最前列が一斉に踏み出した。

 後列と3列目の兵士が盾を両手で構える最前列の兵士の背を押し、力を込めて押し込む。


 密集していたが為に踏ん張りが利かず、不意の押し出しによって将棋倒しになるハレミア人達。

 その上を北方軍団兵が剣を突き刺し、盾を頭に落とし、更には踏み潰しながら通過する。

 最前列の兵士は盾の隙間から剣を差しだして戸惑うハレミア人の腹を血祭りに上げた。


「停止!2列目、3列目手投げ矢用意!………投擲っ2射目3射目は自由投擲!」


ハルの矢継ぎ早の命令に即応し、第21軍団はぴたりと停止し、最前列の兵士が盾を構えたまま敵の攻撃を防ぐ体勢を取ると同時に、2列目と3列目の兵士は盾の裏から手投げ矢を素早く取り外し、構え、そして力一杯放った。


 少し間が開いたとは言え、至近距離である事に変わりなく、一斉に投げられた手投げ矢は直線軌道で鋭い風切り音を立ててハレミア人達に突き刺さる。

 手投げ矢を頭に受けて倒れる者、胸板を撃ち抜かれて卒倒する者、腹に刺さりのたうち回る者、手足に当たった者も大怪我を負って泣き叫ぶ。

 そして2射目が思い思いに投擲され、ハレミア人はたちまち血煙の中に沈んでいった。

 機械的とも言える訓練の行き届いた戦闘行動に恐れをなすハレミア人達。

 しかし蛮勇はまだ尽きず、彼らは奇声を発して襲いかかってくるのだった。


 

レイルケン十人隊の最年少兵士であるヘーグリンドは最前列で盾を構えていたが、ハレミア人の太った中年男がすさまじい体当たりをしてきたために後方へよろけてしまった。


「あっ!?」


 運悪く、足を下げた場所にハレミア人の血泥がたまっており、レイルケンや同僚兵士の助力も間に合わず、足を取られて盾ごと転倒してしまうヘーグリンド。 


 ハレミア人がその隙を逃さず、盾の壁をこじ開けようと殺到してきた。

 後方の兵士が穴を埋めようにも倒れているヘーグリンドが邪魔で前へ出られない。

 おぞましいまでの笑顔でひび割れた剣を手に迫るハレミア人。


 ヘーグリンドが恐怖に顔を引きつらせ、レイルケンが諦念の色を浮かべた時、鋭い飛翔音と共に先頭のハレミア人の眉間に黒い矢羽根を付けた矢が突き立った。

 物も言わず張り付いたような笑みを浮かべてひっくり返るハレミア人。

 驚くレイルケンやヘーグリンドを余所に、今度は2条の線が走る。


 その後方に居たハレミア人とへーグリンドに体当たりしてきた男も相次いで矢を受けて倒れると、レイルケンが後方を見てから直ぐさまヘーグリンドの開けてしまった穴を埋めた。


「しっかりしろ!」


 周囲にいた別の隊の兵士達に引き起こされ、後方へと引き出されたヘーグリンドが驚いて後ろを見ると、何食わぬ顔で矢を番えているハルの姿が目に入る。


「大丈夫か?怪我はないか?」


 その兵士達が尋ねるが、ヘーグリンドは驚きと安堵感で声を出すことが出来ないままこくこくと頷きながらハルを見つめた。

 安堵のため息を残し、ヘーグリンドを助けた兵士達が持ち場へもどると、ハルはヘーグリンドの視線に気付いた様子もなく別の方角へ矢を放つ。


 びっと線を引いた様な直線で飛ぶ黒い矢羽根を目で追うと、左翼方向で北方軍団兵の盾を両手で持って引きはがそうとしていた巨漢のハレミア人が仰向けにひっくり返った。


「第21軍団前進!」


 弓を下ろしたハルの号令が響き渡ったことで、ヘーグリンドは我に返って盾を持ち直して立ち上がる。


「無理はしなくて良いから、最後尾に付け」


気合いを入れ直して前線へ出ようとしたヘーグリンドにハルが声をかけたのだ。


「えっ?」


 驚くヘーグリンドの肩をぽんと叩き、ハルが前進する軍団に追随してゆく。


「……すげえ」





 ハルは雄叫びを上げて挑発してくるバガン達を威圧するように少しずつ距離を縮めていたが、ベリウスとガッティに追われた敵の左翼が中央とぶつかって混乱するのを見て指揮下にある第21軍団へさらなる前進を命じた。


「進め!」

「臆病者があああああっ戦えぇぇぇっ!!」


 挑発に乗らないハルに業を煮やしたバガンが絶叫するが、直ぐに混乱の中に飲み込まれる。


「火炎放射開始!!」


 そこへハルは火炎放射器の火口を向けた。


 すさまじい音と共に族長達がいっぺんに炎に飲まれて灰と化したのを見て、とうとうハレミア人はエレール川へ向かって雪崩を打って潰走し始めた。


「追い立てろ!」


 ハルの命令でその後尾へ追いすがり、遅れたハレミア人に斬撃を浴びせ、槍で突き殺す第21軍団の北方軍団兵達。

 右翼からベリウス率いる第23軍団も追い付いてきた。

 イネオン川の川岸からは渡河を牽制しつつ部族連合戦士団がハレミア人を血祭りに上げている。

 第22軍団と部族連合戦士団に進路を限定させられ、後方から第21軍団と第23軍団に追い立てられたハレミア人達は次々とエレールの大河へと呑まれていった。


 数名のハレミア人が血路を開いて北へと逃げていったが、正に状況は全滅。

 40万人ものハレミア人はこうして跡形もなく片付けられてしまったのだ。 




 イネオン河畔


 ぱちぱちと残り火があちこちで音を立て、黒焦げの死体をさらにしつこく焦がしていた。

 すさまじい臭気と煙が戦場を漂っており、第23軍団の兵士達は死体処理を割り振られたことに愚痴をこぼしながらも次々と死体を河岸段丘の端に埋めてゆく。

 シレンティウム臨時軍団と第22軍団は陣地に使っていた資材を転用してイネオン川に橋を架けるべく敷設作業に従事しており、第21軍団はイネオン川北岸に遺留された略奪品や捕虜を確保するため、部族連合戦士団と共に偵察を周囲へ放ちながら進出していた。


 略奪品はポッシア族とセデニア族からのもので、小麦や黒麦、乾し肉や乾し野菜類、牛、馬、豚、鶏などの家畜、衣類、装飾品、そして人間であった。

 第21軍団の医療術兵が主体となって怪我人や病人の治療に当たり、また略奪品を使用して配給を始める。


 成人の男は全くおらず、女子供ばかりが2万人余り、鎖や縄に繋がれたり、檻馬車に詰め込まれたりしていたのだ。

 いずれも酷く衰弱しており、直ぐには動かせそうにない。

 幸いハレミア人はほぼ全滅したことから差し当たっての危険はないので、ハルはこの場で兵営を設置することにしていた。


「……手が足りないな、ベルガンさん、至急フレーディアへ薬師と医療術士の応援を寄越して貰うように伝令を出して下さい」

「承知しました。早急に」


 ハルの依頼にベルガンは配下の騎兵を選び、口頭で命令を伝えようとしたその時、南岸から敷設の終わった橋を渡ってベリウスが血相を変えてやって来た。

 その後ろにはアダマンティウスとクイントゥスも続いているが、2人とも顔が強ばっている。


「何かあったのかな?」


 ハルが怪訝そうにその3人が急ぎ足でやって来るのを見つめていると、開口一番、叩き付けるようにベリウスが言い放った。


「辺境護民官殿、してやられた!」

「え?」

「フレーディアが…落ちたっ」

「なっ何でっ!!?」



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