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第12章 シレンティウムの一年 冬・北の戦い(その6)

「うわはははは、まさかこんな展開になろうとは!長生きはしてみるもんじゃ!!」


 アルペシオ族長のガッティが馬上から豪快に笑い飛ばすと、ベレフェス族長のランデルエスが笑みを含んで答えた。


「ふむ、シレンティウム軍とは何とも心強き者が味方になったものだ。帝国の技術と我ら北方人の魂を持った素晴らしき軍だ」

「アキルシウス王の器をまだ見誤っていたとは、アルフォード王の慧眼を素直に信用すべきであった…!フリード戦士団前へっ!王に負けるな!汚らしいハレミア人どもを残らず討ち取るぞ!」


フレーディア城代のベルガンは感嘆の言葉を述べると、川岸へ上がろうとするハレミア人を阻止するため配下の戦士団を前に出した。

 それと併せてベレフェス族、アルペシオ族とアルゼント族の戦士団も丸い盾を押し立てて前に出る。


「我らの誇りに懸けて一匹たりとて逃がすでないぞ!かかれいっ!!!」


 ガッティの檄で、部族連合戦士団は一斉に雄叫びを上げて川を渡ってきた敗走中のハレミア人に襲いかかった。





 イネオン河畔へ向かったシレンティウム軍とはフレーディアで一旦別れ、イネオン川の上流へと向かったシレンティウム同盟の部族連合戦士団は、イネオン川の川幅が最も狭い地点でタルペイウスが敷設させた仮設橋を渡ってハレミア人の側面へと回り込み、近郊の森に潜伏していたのである。

 タルペイウスの敷設した橋は急遽作成された物ではあるが、頑丈な丸太を重ねて基礎となし、その上に分厚い板を打ち付けた物で馬や重量物も十分渡すことが出来た。

 ハルはガッティを上級指揮者に任じ、シレンティウム軍と衝突した後に逃げ散るハレミア人を待ち伏せて覆滅するべく、部族連合戦士団を伏兵として配置したのである。


 潜伏中も戦場の様子は手に取るように分かったが、さすがのガッティやランデルエス、そしてベルガンもハルの秘密兵器のすさまじい威力には驚愕を隠せなかった。

 その後の圧倒的な展開に潜伏していることを忘れて思わず飛び上がりそうになったクリフォナムやオランの戦士達は1人や2人ではない。

 その証拠に、ハレミア人が追い散らされ始めると、あちこちの茂みで身じろぎする戦士達の装具がカチャカチャと音を立てているのが聞こえてきた。


 しかし逸る戦士達をよく抑え、ガッティは老練なクリフォナムの戦士長らしく時をじっと待ち続けた。

 そして川を渡って逃げ始めたハレミア人を確認した後、満を持して河岸へと進出したのである。




 イネオン川の南岸ではシレンティウム軍から火炎弾が次々と撃ち出されて川べりで密集するハレミア人を火柱と爆風で吹飛ばしている。

 ガッティはその様子を横目で見つつ、戦士を3段に整列させ、北岸でハレミア人を迎え撃った。


「者共!辺境護民官殿がお膳立てしてくれた名誉ある戦場じゃ!存分に励めい!!」


ガッティの檄に喊声を上げ、戦士達は敗走してくるハレミア人の大群へ長剣を燦めかせて雪崩れ込むと、縦横無尽に切りまくる。

 敗走時に武器を手放しているハレミア人も多くいたが、それでも歯を剥き出し、爪を立てて抵抗しようとするためクリフォナムやオランの戦士は彼らを躊躇無く長剣の錆へと変えてゆく。

イネオン川の浅瀬はたちまち敵味方の血潮で赤く染まり、水がせき止められる程にハレミア人の死体が積み重なった。

 容赦なく剣を振るい、矢を射込みつつ川岸で待ち構える戦士団に、ハレミア人は下流のエレール川方向へと一斉に逃げるが、たちまち深瀬に嵌まりおぼれる者が続出した。

 さらにイネオン川とエレール川の合流地点へ追い立てられたハレミア人は何とか部族連合戦士団の刃から逃れようとして次々と深瀬に嵌まる。


 数刻後、その周辺一帯は力なく浮かぶハレミア人の死体で埋め尽くされ、死体はやがてエレール川の流れに掠われ、下流に向かってゆっくり流れ出した。


「者共一旦退けい!新手が来るぞ、体勢を立て直すのじゃ!」


 ガッティの号令で部族戦士達は一旦イネオン川から出ると、その川岸に戦列を作って待機の態勢に入る。


「心配せずとも良い!間もなく辺境護民官どのが出陣なさるわい、直ぐにどっさり獲物はやってくるわ!」


 豪快に笑いながら発せられたガッティの言葉に、部族戦士達は装備を整え直しつつ、剣を盾に打ち付けてがんがんと音を立てながら雄叫びを上げて気勢を上げるのだった。





 シレンティウム軍陣地、重兵器隊


「特殊火炎弾が切れました!」

「よし、射撃中止!」


 工兵隊からの報告を受け、クイントゥスはオナガーの射撃中止を即座に命じた。


「射撃中止!!」

「中止っ」


 射撃中止の命令が復唱され、直ぐにオナガーの射撃は止んだ。

 クイントゥスとしては通常弾に切り替えてもうしばらく射撃を継続するつもりであったが、ハルから特殊火炎弾を撃ち尽くした後は一旦射撃を止めるように命令されたのだ。


「射撃中止完了しました!」

「分かった、別命令あるまで待機だ。オナガーの整備を行え」

「はっ」


 クイントゥスの命令を受け、工兵隊が腕木や支え木の点検を始め、拗り発条の様子を確かめる。

 不具合が見つかった物はその場で取り替えるべく分解作業が始まった。


「あとは辺境護民官殿に任せますか……」


 クイントゥスは工兵の点検作業を手伝いながらそうつぶやき、前線のある北側を見るのだった。




 シレンティウム軍陣地、正面門


「これより最終作戦に移る!陣地より出た後は第22軍団と第23軍団を並列して隊列を組め!その後方に第21軍団だ。第22軍団はエレール川に向かって展開、第23軍団はイネオン川上流に向かって展開し、中央は後方から第21軍団が受持つ!作戦目的はハレミア人をエレール川へ追い込んで壊滅させる事だ!前線指揮は各軍団長に任せる」


 陣地の守りをクイントゥス率いるシレンティウム臨時軍団に任せ、ハルは3個軍団を前線へ押し出すことにした。

 火炎放射と火炎弾で相当の打撃を与えたが、何せ40万の大群である。

 いまだ決定的な一撃を与えるには至っていない。

ハルは更にそれぞれの軍団へ一基ずつ火炎放射器を預け、折を見て使用するように指示を出した。


「出撃!」


 若干厚みの違う隊列を組んだ第22軍団と第23軍団がハルの号令で進軍し、その後方から第21軍団が続く。




 ハレミア陣営


 火炎弾の攻撃が止み、門が開いたことでハレミア人はシレンティウム軍が勝敗を決すべく出撃してきたことを知った。

 初めて見る重装歩兵の鈍色に光る鎧兜に大楯を見て、一瞬戸惑うが、その下に人間の肌色を見つけ、たちまち戦意を回復させるハレミア人達。

 火炎や竜のような人外の物ならいざ知らず、目に見える人間相手であればどうにでもなる。

 極めて整然と行進してくる姿に不気味なものも感じはするが、あくまでも相手は人であるのだ、それに味方の数は敵より遙かに多い。

 盛んに雄叫びを上げて配下の戦士や族民達を鼓舞し、威嚇する戦士長達に乗って族民や戦士達のやる気が再び戻ってきた。

 そんな喧噪の中、バガンは敵の中央後方にいる大弓を持ち、王冠を兜の上から装着して盛んに周囲へ指示を出している小柄な男を見つけてにやりといやらしい笑みを浮かべた。


「あいつがクリフォナムの新しい王か…あんなちび、直ぐにぶっ殺してやる、あいつさえ殺せば俺たちの勝ちだ!ヤルぞヤルぞっ!!やるぞきさまらあああああっ!!」


 護衛戦士達を奮い立たせ、バガンはずいずいと前面へ叫びながら進み出る。

 そしてシレンティウム軍に向かって咆哮した。


「おれと戦えええええっ!!!」




シレンティウム軍中央


「何か、すんごいのがいるなあ…」


 見るからに蛮族らしい、汚くも雄々しく咆哮しているバガンを見てハルが呆れて言うが、答える者はいない。

 アダマンティウスは左翼側に展開している第22軍団の指揮を執っているし、ベリウスは右翼に展開した第23軍団を指揮するために行ってしまった。

 副官的な役割を担っていたクイントゥスは後衛で陣地守備を担当している。

自然と前面に出たハル率いる第21軍団の正面に現われたバガンとその一党はあらん限りの声で挑発を繰り返していた。


「取り敢えず右翼と左翼を危険にさらすわけにはいかない、一騎討ちは後だ…第21軍団漸進!」


 ハルの号令で、大楯を構えた第21軍団が足音を揃えて進み始めた。




 シレンティウム軍左翼


シレンティウム軍左翼のアダマンティウスは、規則正しい足音を聞きながら麾下の軍団に一旦停止を命じる。


「うむ、火炎放射開始せよ!」


 アダマンティウスは密集体型を組ませた歩兵の合間に火炎放射器を配置し、射程に入ったところでまず火炎放射器を使用した。

 正面にいたハレミア人が焼き尽くされ、後方のハレミア人が怯む。


「火炎放射器は後退」


 アダマンティウスの命令で、火炎放射器を持って工兵隊が後退する。


「漸進、投槍攻撃の後直接攻撃せよ」 


 次いで冷静に命令を下すと、アダマンティウスは自らも剣を引き抜いた。

 第22軍団は元の国境警備隊からなる帝国兵で構成された部隊であることから、装備も帝国の時のままである。

 その為北方軍団兵とは異なり手投げ矢では無く投げ槍を装備しているのだが、その投げ槍がアダマンティウスの命令で投擲された。

 びゅんびゅんと風切り音を残し、威力のある投げ槍が飛びハレミア人に突き刺さった。

 最初の火炎放射で混乱していることからいきなり攻撃された形になったため、次々と投げ槍があたり、壮絶な叫び声が周囲に響いた。


「突撃っ!」


 喊声を上げ、盾を前に剣を腰だめに構えて第22軍団が突撃すると、ハレミア人は大楯によって隠れた帝国兵のどこを攻撃して良いのか分からず戸惑っている内に盾による体当たりを浴びて転倒し、あるいは怯んでよろけた隙を突かれて帝国兵の剣で次々と刺突されて息絶えていった。

 前列が次々と刺殺されて混乱に拍車が掛かる。


 今までに戦ったことも見た事もない相手に戸惑っているのは帝国兵だけではないのだ。

 ハレミア人もまた小柄、俊敏で粘り強く、そして組織組織だった攻撃を大楯の陰から繰り出す帝国兵の戦法に大いに戸惑っていたのである。

 次々と戦列を入れ替え、兵の出し入れを自由自在に行いつつ、アダマンティウスは徐々にハレミア人をエレールの大河へと押し込んでゆく。


「3列目前!2列目後退、1列目投げ槍を用意せよ」


 ようやく反撃に移ろうとしたハレミア人の前で、帝国兵はばしゃんと盾の隙間を詰めて防御態勢を取る。


「1列目、投擲!」


 びゅんびゅんびゅんと今度は重さの加わった風切り音と共に帝国製の投げ槍が再び投擲されてハレミア人の身体を打ち砕く。

 血しぶきを噴き上げて大柄なハレミア人が倒れると、帝国兵が無言で2歩進んだ。

 気圧されて下がるハレミア人。


「突撃!」


 帝国兵が鬨の声を上げ、再び突撃するとそれだけでハレミア人は及び腰になった。

 何とか武器を叩き付けては見るものの、帝国兵の盾に敢え無く弾かれ、更には固い帝国製の盾に負けてハレミア人の手入れされていないヒビだらけの剣が折れ飛ぶ。


 盾を下から押し上げるように敵へぶつけて一気に押し込む帝国兵は、次いで怯んだハレミア人の顎に盾の縁をお見舞いし、剥き出しの臑や足に盾を振り下ろす。

 思いがけない攻撃に昏倒したり、痛みに悶えてひっくり返るハレミア人。

 その頭や首筋に容赦なく帝国兵の剣が振り下ろされていった。

 再度の突撃と攻撃でハレミア人を一所に押し込めたアダマンティウスは、更に命令を下した。


「火炎放射開始!」


 火口を戦列の先へ突き出し、火炎放射器が情け容赦の無い火炎の舌をハレミア人に伸ばすと、たちまち前にいたハレミア人達は焼き尽くされ、そして残った者達は一斉にエレール川へ向かって潰走し始めた。

 既にエレール川へ飛び込んでいる者達も居るが、泳げないハレミア人達は大河に飲まれて為す術無く流されていく。


「防護陣形を張れ!」


 アダマンティウスの命令でガシャンと音を立て、盾をしっかり構え直す帝国兵達。

 後は自陣の右側から追い立てられるハレミア人に立ち直る時間を作らせず、エレール川へ追い込むのが第22軍団の役割である。

 陣を張り終え、兵達が落ち着いてからアダマンティウスは剣を収めると口角を上げて言いきった。


「他愛なしっ!」


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