第1章 シレンティウムの亡霊 その4
最後の兵士が敬礼を残して光の中に消え去る。
全員がハルと目を合わせ、感謝の笑顔を残して消え去った。
「・・・感謝か・・・」
834名分の感謝。
自分が特別な事を為したとは思えない。
ただ自分が出来る事をやっただけ。
でもそれが人の幸せにつながる事ならば、こんな良い事は無い。
今回は既に人では無くなってしまった者達だったが、40年ぶりの故郷にどのような思いを抱くだろうか。
「・・・で、あんたは逝かないのか?」
そして、そのきっかけを作った過去の英雄にハルは目をやった。
『あ?我か?』
兜の脇から器用に指を差し込み、アルトリウスは耳をかきながら不思議そうに言った。
「任務は解除しただろう?」
『うむ、任務は解除された、つまり我は自由と言う事だ。逝かぬというのも自由の内ではないか?』
「・・・なんださっきの思わせぶりな言葉は?」
『あれか?あれは兵士達の言葉を代弁しただけだ、彼らは意志を保ち続ける代償として言葉を失ってしまったからな。』
ハルの言葉にアルトリウスは悪びれずに答える。
びきっとハルの額に青筋が浮かんだ。
「で?」
『勤めは解除されたとはいえ、我には前任者としての責任がある、もちろん、誇りだって、ある。』
「だから、なんだよ。」
『栄えある前任者として、貴官の力になってやろう!』
「・・・いいからさっさと逝け!!」
両手を広げてマントを翻し、自信満々に宣言するアルトリウス。
その様子に苛立たしさを隠そうともせずハルが言い放つものの、アルトリウスはまるで意に介した様子を見せない。
エルレイシアは完全に観客となって2人?の遣り取りを見守っている。
「助けは要らない。」
再度きっぱり断るハルであったが、アルトリウスがどうして断るのか分からないと言った様子で腕を組み、右手を顎に添えた。
『ふむ、先程も言ったが、栄えある前任者に対する敬意が無いな、それでは駄目だ、やはり先達の指導が必要と見た!』
「いらん。」
ずばっと顎に添えていた手を突き出して人差し指でハルを示し、アルトリウスは力強く言うが、ハルは間髪入れずに拒絶する。
『・・・ま、まあ、そう無碍にするものでは無い、これでも現役時代に此の地を統べておったのだ、我は色々と知っておる故に、役立つと思うぞ?』
「・・・例えばどんな風に役立つんだ?」
余りのすげなさに焦りを感じたアルトリウスは、それまでと少し違った説得するような様子でハルに話しかける。
その言葉にハルは少しばかり考えてみる気になった。
確かに、地理不案内である上に何の寄る辺も無い身の上である、生活の為に周囲の地理や情勢気候等の知識は必要だ。
死霊とはいえ、理性を残して死霊化しているらしいアルトリウスに禍々しさは無く、呪われる心配はなさそうである。
例え何か狙いがあるにしても、40年前の出来事では、ハルやエルレイシアに関わる事では無い。
ハルの僅かな心変わりを察したのか、アルトリウスが語る。
『うむ、貴官の仕事の役に立つ知識というのであれば・・・この地にあった農業用地であるとか栽培作物やその栽培方法であるとか、鉱物資源や薬草などの自然資源の分布、それから埋もれてしまった旧街道の場所に、残っている都市の構成、周辺部族や民族の風俗、気性や勢力範囲などといったところか、ざっとでこのようなものだな!』
40年前とはいえこの地を統治して成功を収めていたアルトリウスの知識や経験は、この地を復興させるのであれば、確かに生かせるだろう。
しかし、ハルはこの地で仕事をする気は無かった。
帝都に戻る見込みの無い以上、取り敢ずはこの地で生きていかなくてはならない。
その為の知識を求めただけである。
今アルトリウスが語った知識はハルにとって必要では無い。
「・・・俺は左遷されたんだ、仕事なんてあるわけ無いだろう。」
『そんな事はあるまい、左遷とは言うが、貴官も帝国の高位文官に違いないのだ、仕事が無いわけはない、例え無理難題とはいえそれも一つの仕事、おろそかにして良いわけは無い、一見果たせない命令であったとしてもそれを為すべく勤め、全力を尽くすのが帝国官吏としてあるべき姿であろう。』
アルトリウスはくさるハルに官吏道を説くが、ハルはうさんくさそうに尋ねる。
「自分も左遷されたんだろう?」
『うむ、我も左遷された、平民の身で活躍し過ぎたのでな、御主の気持ちは分かるつもりだ。』
「じゃあ、なぜ仕事をしろと言うんだ?」
『・・・我は帝都のあほ貴族に反抗的な兵士を集めた軍団と新設された地方軍司令官の地位を与えられ、クリフォナム人とオラン人の勢力がせめぎ合うこの地へ来たのだ、だが我は職務を放棄しなかった、それが我の矜持であったからな、基地を設営し、街道を整備し、各地の商人を呼び寄せて都市を造った・・・地の利もあったし、周辺の部族とは仲良くやっておった故に、わずか10年で北の都と呼ばれるまでに賑わうまでになった。』
懐かしそうに遠くを見る目で語るアルトリウス。
『・・・それ故に滅びたが、それはまた別の事・・・左遷とてそう悪いモノではないぞ!自由はあるし、ここで何をしても文句を言う奴はおらぬ、ましてや御主はほぼ全権を掌握しておる辺境護民官ではないか!そう腐るものでは無い、我が手伝おう、この地に再び平和と繁栄をもたらそう!!』
最初の言葉は声量が小さく、ハルとエルレイシアの耳には届かなかったが、アルトリウスの言葉は力強くハルを打つ。
「任務は、何の支援もなしに・・・1人で人の居なくなった都市を復興させるんだぞ?無理に決まっている!任期が終わるまで、ここで何とか暮していくだけだ。」
首を左右に振り、アルトリウスの言葉を否定するハル。
しかしその心にはこの地で何かを為すという選択肢がしっかりと刻まれる。
否定の仕方もそれまでのように切って捨てたものでは無く、どこか悩みを含み始めたものへと変わってきている事にアルトリウスとエルレイシアは気が付いていた。
そしてハル自身もそれを自覚し始める。
しばらく考え込むハルの肩にそっと触れ、エルレイシアが言葉で背を押す。
「ハル、私も協力します、クリフォナムの太陽神官がいれば、それだけでクリフォナムの民はやってきますから。」
『うむ、それは間違いない、この都市にも太陽神殿を設けアルスハレア神官殿に逗留頂いていたが、参拝や相談に来るクリフォナムの者達がたくさん居た。』
エルレイシアの言葉に同意するアルトリウス。
確かに、アルマール村ではハルよりもエルレイシアに対する歓迎の方が熱が入っていたし、その後もエルレイシアに村人達は何かと群がっていた。
「ハル1人ではありません、2人です。」
『・・・我もおるのだ、3人であろう?神官殿・・・』
「あ、そうですね。」
エルレイシアとアルトリウスの言葉に、ハルは決意を固める。
「・・・分かった、何処まで出来るか分からないが、やってみる。」
ハルの言葉にアルトリウスは満足げに頷くと
『そう来なくては!ではこちらへ来るが良い。』
ハルとエルレイシアは、アルトリウスの案内で行政区のひときわ立派な建物まで来ると、その中の厳重に封印された一室へとさらに案内された。
アルトリウスが自分の持つ剣をかざすと、封印は淡い光に包まれた後に解かれた。
『他でも無い、都市の財物を引き渡そう!我は着服などしておらんぞ?しても使い道は無いし、後任者に財務を引き継ぐのは至極当然であるからな!では辺境護民官殿、この扉を開いてくれ。』
「財物?」
アルトリウスの指示に従い、封印が解かれた部屋の扉を開きながら問い返すハル。
重くさび付いた青銅製の扉がハルの手によって開かれる。
びかびかっと、破れた窓から差し込む太陽光に反射し、ハルとエルレイシアの目を射る黄金の光。
まばゆい光に目を細めて部屋の中を見る2人の前には信じられない光景が広がっていた。
「「・・・・!!」」
部屋の中の光景に圧倒されるハルとエルレイシア。
部屋には大判金貨がうずたかく積みあげられ、ぎらぎらと強い光を放ち続けている。
『どうだ、すごかろう?この都市に官吏どもが集めていた税が集約されておったのだ、我はむやみに税を集める事など必要ないと抑えておったが、それでも官吏どもめ徴税だけは熱心でな?都市が陥落する直前に全員戦の邪魔だと追い出してしまった後は誰も取りに来るわけも無く、すっかり忘れられてしまった物がそっくり残っておるのだ、額は大判金貨おおよそ5万枚だ。』
驚く2人に気をよくしたアルトリウスが金の由来を得意げに語った。
「「5万枚!!?」」
金額を聞いてさらに驚く2人。
『おう、もっともこれは帝国から支給された都市の予算や我等の軍事費を除いてだ、それを含めれば、全部で金貨8万5千枚ほどにはなろうか、全て御主に引き渡す、これで都市経営に不自由はあるまい!』