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第12章 シレンティウムの一年 冬・北の戦い(その3)

3週間後、フレーディア城王の間


 フレーディア郊外に宿営地を設営し、一旦待機の態勢に入ったシレンティウム軍。

 集まった部族達と協議するべく、将官達だけがフレーディア城へ入る。

 今回はフリード族シレンティウム派に対する防衛戦争と位置付けがなされ、シレンティウム軍の他に、ベレフェス族のランデルエスがオラン戦士6000を率いて駆けつけている他、アルペシオ族とアルゼント族の戦士団12000をアルペシオ族長のガッティが率いて既にフレーディアへ入っていた。


 王の間に集まったのは

    辺境護民官    ハル・アキルシウス

    第22軍団軍団長 デキムス・アダマンティウス

    第23軍団軍団長 ベリウス

    臨時軍団軍団長  クイントゥス・ウェルス

    フレーディア城代 ベルガン

    アルペシオ族長  ガッティ

    ベレフェス族長  ランデルエス

の7名。

 その前には、ハルが製作を依頼してあったフレーディアの周辺地図が置かれている。


 開口一番にハルがベルガンへ尋ねた。


「敵のハレミア人ですが…率いている者は分かりますか?」

「率いている部族長が恐らくバガンという者であろうと言うことだけです。ハレミア人でも南に住む一派で、30万から40万の族民を持っていますが、今まではこれ程積極的に動くことはありませんでした」

「やはり、アルフォード王の死が響いているのか…」


 ベルガンの言葉を受け、アダマンティウスが意見を述べるが、ベルガンはその一部を否定した。


「いや、それだけでは無いと思う。噂はとうの昔に届いているはずなのに、今まで動きがなかったことがその証左だ、それにハレミア人にしては動きが直線的すぎる。アキルシウス王には既にお伝えしたが、手引きしている者がいると思う」

「ダンフォード王子?」


 思わず言うハルに、ベルガンは苦虫を噛み潰したような顔で応じる。


「……残念ながら、それ以外に考えられません。このフレーディアを目指している事からも恐らくそうでは無いかと…」

「この先のエレール川はどうなっていますか?渡河は簡単ですか?」

「いえ、この先は支流のイネオン川との合流地点が唯一の渡河地点です。ハレミア人は基本的に水を嫌いますので、泳いで川を渡ることはしません。イネオン川も上流はしばらく崖が続くので、渡ることは出来ませんでしょう」


 クイントゥスが地図の一部分を示して尋ねると、ベルガンはクイントゥスが示したのとは少し端に寄った地点に手を置いて答え、更に言葉を継ぐ。


「ましてや、ダンフォードが手引きしているのであれば、渡河地点は分かっているはずです。恐らくこの合流地点に現れるでしょう。ここは段丘状の地形でして、フレーディアに向かうには最短距離で浅瀬が一番幅のある渡河地点です」

「間違いないよっ、蛮族はそこへ向かってるよ。陣地にいたクリフォナムの偉い人っぽいのが色々説明してた。川を渡るのはそこが良いって説明して、蛮族の族長も納得したみたい」


 突如現れたのは、先行して陰者と共に偵察を行っていた楓である。

 結婚式にハル側の親族としてただ1人出席していたので、一応この場にいる全員が顔を見知っているので、特に驚くことなく楓を受け入れる。 


「楓、お疲れだったな」

「うん、ハル兄も」


 ハルの労いの言葉に嬉しそうな笑顔を見せると、楓はそのまま地図へと歩み寄り、ベルガンが示した場所にほっそりとした指を置いて動かしながら言う。


「蛮族は川沿いに進んでここへ出てる。今は休憩してるけど、ここ最近は動いてない。陣地を作るのならこの段丘が良いんじゃないかな?川からも適当に離れているし、高低差も十分だし、地盤も大丈夫、重兵器は置けるよ。道がないから運ぶのは大変だけどね」


 これで敵の目的地が分かった。


「……クイントゥス、アダマンティウスさん。この河畔に臨時の陣地を築いてくれ、出来るだけこの段丘へ敵を集める工夫を頼みます」

「了解しました」

「了解した」


ハルの命令に、直ぐさま応じたクイントゥスとアダマンティウス。

 続いてハルはベルガン、ランデルエス、ガッティの3人に顔を向けた。


「部族戦士は何人いますか?」

「フリード戦士団で動かせるのは7000」

「ベレフェスのオラン戦士は6000だ」

「アルゼントとアルペシオの戦士が12000じゃ」


 合計2万5千の部族戦士がいることを確認し、ハルはにっこり笑う。


「では、部族戦士の皆さんには仕上げをお願いしたいと思います」




 1週間後、エレール川支流、イネオン河畔


 ポッシア族、セデニア族の居住地域を蹂躙し、ロールフルト族の戦士団を打ち破り、加勢を得て40万に膨れ上がったハレミア人の大群は、進路上で抵抗しようとした反シレンティウム派のフリード族を追い散らかしてエレール川支流のイネオン河畔に迫った。

 この川を越えてしばらく進めばフレーディア城があり、その先はもう小川や丘、森、湿地以外にシレンティウムまでハレミア人を遮るものは何も無い。

 しかし、一旦その歩みは止まることとなった。


「おい、あれは何だ?あんな物があるとは聞いていないぞ」

「知らない……くそ、辺境護民官めっ先回りしてやがったか!」


 バガンの怒りを含んだ質問に焦ったダンフォードが何とか自分に怒りの矛先が向かないようにとそう口にする。

 思う存分略奪、強姦、暴行、放火、破壊を愉しみつつゆっくり進むハレミア人の集団が見たのは、イネオン川の河岸段丘に築かれたシレンティウムの旗が翻る陣地であった。

 段丘面に生い茂っていた灌木は切り払われ、真っ直ぐな傾斜の付いた坂面が剥き出しの地面を覗かせており、その上には丸木で作られた柵がある。


 その下には僅かではあるが逆茂木が設けられており、地形の関係だろうか、中央部が凹んでいる変則的な形で、門までもがその中央部に設置されている。


「……他に川を渡るところはないのか?」

「泳げないあんた達が渡れるとなると、無いな…」


 バガンの質問に少し考えてから答えるダンフォード。

 曲がり形にも世話になっているフリンク族の勢力圏に入ってしまうので、上流へハレミア人を導くのは不味い。

 伯父との約束で、ハレミア人はフリンク族の土地へ誘導しないことになってもいる。

下流に行けば、また新たなクリフォナムの民と衝突せざるを得ず、この戦いに勝った後にはアルフォードの後継者になりたいダンフォードにとってこれ以上クリフォナムの民が減っては困る。


 バガンは舌なめずりすると、考えていたダンフォードを無視して戦士を呼び、戦いの準備をするよう命令を出す。


「それ程頑丈そうでもない……ぶっ壊して押し通ってやるわ」

「おい、幾ら陣地があると言っても、こっちは大軍だぞ?改めて準備なんぞ必要ないだろう。あんな小勢直ぐに踏みつぶしてしまえよ」

「…まだ時でない」


 ハレミア人のバガンは挑発的なダンフォードの言葉にも動ぜず、切り株の上に悠然と座ったまま応じた。

 ダンフォードはそんなバガンの態度に苛立ちを隠そうともせず強い口調で言う。


「……そんな悠長な事をしていたら、クリフォナムの援軍が駆けつけてしまうぞ?」


 その言葉に不遜なものを感じ取ったのだろう、バガンは黄色い歯を髭の間からむき出して笑うと口を開いた。


「貴様…ここに来るまでに4つの部族を破ったのを見たろ?アルフォードのいないクリフォナム人なぞ我々の相手ではない」

「…そんなことは…」

「試してみるか?」


 一度は言い募るものの、バガンが抜き身の剣を握りなおしたのを見たダンフォードはあからさまに怯んで後ずさった。


「い、いや、いい…」


 慌ててその場を離れるダンフォードの背中に、ハレミア人の族長や戦士長達の嘲笑が遠慮なく浴びせられたが、ダンフォードは顔を青くし、振り向くことなく自陣へ逃げ帰るように歩くのだった。



 ハレミア人の集団、檻馬車


 セデニア族の族長の娘であったディートリンテは、粗末な綱に他の女達と一緒に繋がれて檻馬車へと押し込められていた。

 檻馬車も元々はセデニアの集落にあった家畜搬送用の物。

 父の率いる戦士団がポッシア族の戦士団と共に敗れて全滅し、父や兄の戦死を悲しむ遑も無く集落は蹂躙されたのである。


 抵抗や逃走の時間もなく、それをする術も無いまま集落はあっという間に食糧や財貨を奪い尽くされ、男は殺され、女は犯され、最後は子供と一緒に掠われた。

 集落の家屋はその最中に放火され、全てが煙と灰になって消えてしまった。

 殺されなかった女や子供は縄で手を数珠つなぎに繋がれ、何台もの檻馬車に積み込まれて運ばれているのだ。

 恐らく落ち着いてからどこかに売り渡すのだろう。


 自分が受けた屈辱や暴行よりも、目の前で次々に家族や友人、知人や集落に住む人々が殺されてしまったことで精神的に参ってしまったディートリンテ。

 食事や水も与えられず、糞尿は垂れ流しの状態で放置され、他の捕まった者達と同様に涙の涸れた目で呆然と中空を見つめる毎日を送っていたが、ふと我に返って見てみると周囲の状況が一変していた。


 周囲で慌ただしくハレミア人達が動いている。


 ハレミア人の表情は今まで汚らしくおぞましい笑み以外に見た事がなかったが、厳しい表情して剣を振り回している姿を見て、何となく滑稽に思う。

 しかしディートリンテの口からはふと力なく息がもれただけで終わってしまった。

 ぼうっと耳に入るハレミア人達の言葉を聞いていると、どうやら敵が現れた様子であることが霞のかかったままの頭でも理解出来た。


「敵…?」


 あの怖ろしいハレミア人に敵など居るのだろうか?

 未だ晴れない頭の片隅でそんなことをぼんやり考えていると、がくんという衝撃と共に馬車が止まる。

 衝撃に揺られるまま前を向くディートリンテの視界に、川を挟んだ丘の途中、柵や逆茂木が設けられた陣地と、銀色に光り輝く鎧を身に着けた兵士達の姿が入った。


「何?」


ぽつりとこぼしたディートリンテの言葉に何人かが反応して前を見る。

 そしてその中の一人がぽつりと答えた。


「……辺境護民官だ……」

「…へんきょうごみんかん?」


 初めて聞く言葉に、頭が働かないながらも興味を持つディートリンテは、その集団をぼうっと見上げるのだった。



 同時刻、シレンティウム軍本陣


 ハルはイネオン河畔の河岸段丘に陣を張り、ハレミア人を真っ正面から受け止める姿勢を見せた。

 対岸に布陣したシレンティウム軍を見たハレミア人は、盛んに雄叫びや奇声を発して挑発を繰り返すが、シレンティウム軍は微動だにしない。


「……正に大軍…いや、大群だな……」


 思わず漏らすのは第23軍団軍団長に任命されたベリウス。

 最初は帝国戦法の導入に難色を示していたシオネウス族の元戦士長は、模擬戦闘での結果を真摯に受け止め、あれ以来人一倍努力と研究を重ねて戦法と指揮方法を学んだ。

 元々が族長に連なる者である為文字の読み書きが出来たことが大きく寄与し、アルトリウスの教授もあって、帝国の将官と比べても遜色ない程に成長したのである。

 第21軍団は自分が直卒することにしていたものの、第23軍団の軍団長が空席であったので、ハルがアルトリウスに適任者の推薦を求めたところ、ベリウスの名が上がった。

 ハルは面接して本人の意志を確かめた上で第23軍団の軍団長にベリウスを命じたのであった。


 そのベリウスの言葉にハルは頷きながら答える。


「ああ、烏合の衆だろうがあの数は侮れない、それなりに統率力のある者が率いているんでしょう」

「ふふふ、このような大敵に見えたのは長い軍人人生でもそうは無い、腕が鳴りますぞ!」


 ぶるりと武者震いしながら笑顔の第22軍団軍団長のアダマンティウスが言うと、ハルは老将の勇ましい言葉に苦笑を漏らしつつ口を開く。 


「兵士達の様子はどうですか?」

「帝国兵達は初めて見る蛮族に少々面食らっているが、まあ、普段通りです」

「北方軍団兵は自由戦士や部族戦士だった時に直接ハレミア人と干戈を交えている者が大半だ、大丈夫、落ち着いている」


 アダマンティウスとベリウスがそれぞれ兵士の状態をハルへ伝える。


「そうですか、士気は大丈夫ですね」

「無論だ」

「もちろんだ」


 胸を叩く頼もしげな2人の軍団長に頷くとハルはハレミア人の大群へ視線を戻した。


「しかし…蛮族と言うからてっきり見境無しに川を渡るかと思いましたが…やはりそれなりの者が率いているのでしょうね」

「うむ、間違いない、様子を見るつもりであろう」


 ハルの言葉にアダマンティウスも同意する。

 最初は見境なく川を渡るハレミア人を迎え撃つ事を想定していたシレンティウム軍だったが、ハレミア人はこちらの布陣を見て取った為か、今は川を渡る様子を見せていない。


「おかげで秘密兵器や重兵器の設置に時間が取れます」


 そういうのはシレンティウム軍団を率いるクイントゥス。

 時間が欲しいと言いつつも既に重兵器の設置は7割方完了しており、後はスイリウスの開発した秘密兵器の設置を残すのみであるが、それもほぼ完了しつつある。

 またフリード族の反シレンティウム派の抵抗もあって、ハレミア人の到着が予想したよりも遙かに遅かったことで、河畔のあちこちにも既に工兵隊が罠や仕掛けを施し終えていた。


 ハルがぽつりとつぶやく。


「……挑発してみますか」

「どのように?」

「私の弓を使います」


 続いて出たハルの言葉に、アダマンティウスとベリウスは躊躇した。

 いかな弓上手のハルとて、ここで武を示せず失敗してしまえば折角アルフォード王を破って手に入れた名声と権威に傷が付く。

 何よりハレミア人がその挑発に乗ってくるとは限らないのだ。


「いかな辺境護民官殿とは雖もそれは無理では?対岸まで矢が届かないでしょう」

「重兵器で攻撃してみては如何か?」


 それぞれ意見を述べるが、ハルは首を左右に振った。


「このまま長い間あいつらを野放しにして居座らせるわけにはいきません。なるべく早く決着を付けないと、連鎖的にハレミア人が南下し始める恐れがありますしね…かと言って重兵器でいきなり威力のある攻撃をすると、怖じ気づいてこっちへ攻めて来ないで逃げ散ってしまうかもしれません。それでは意味がありませんから、まあ、見ていて下さい」


 ハルは持ってきた群島嶼風の箙を装備し、大弓に弦を張る。

 今までで一番強い弦を使い、弓が破損しない限界を見極めて慎重に作業を進めた。

 革の手袋を両手に嵌め弦の張り具合と強さを実際に弾いたり、弓を引いたりして確かめ終える。


「では、あいつらが川を渡り始めたら開戦です、直前には伝令を出しますが、手はず通りお願いします」


 ハルは笑顔と共にその言葉を残して最前線へと進み出た。



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