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第11章 シレンティウムの一年 秋・情勢変化篇

 ドレシネスの爆弾的な発言により締めくくられた行政府会議。


 突然降って沸いた話に長官達はしばらく衝撃から立ち直れず呆然としたままであったが、シッティウスが散会を告げたことによってようやく時が動き出した。

 衝撃冷めやらぬまま長官達はそれぞれの部署へと戻り、後にはハルとアルトリウス、シッティウスとルキウスだけが残る。


 新たにアルスハレアとエルレイシアが太陽神殿から呼ばれ、また楓とプリミアがやって来たことで会議が少し質の違うものへと変わった。

 ハルは先程の行政府会議で持ち上がったオラン人のシレンティウム同盟参加要請について、新たに来た4人に説明をした上で、徐にシッティウスとアルトリウスへ向き直る。


「先任、シッティウスさん、当然分かり切っているんですけど、オラン人達を受け入れる余地が今のシレンティウムにありますか?」

「………分かり切っていますが、ありませんな。もし無理をしてシレンティウム同盟を膨らませてしまえば、その経済的負担と軍事的負担にシレンティウムは耐えられませんでしょう。オラン人をシレンティウム同盟に参加させた場合、北方の海賊や島のオラン人、ハレミア人が正面の敵として浮上してきます。これに現在シレンティウムが相対しているクリフォナム北部諸族を加えて対処せねばなりません。東照は比較的友好的ですが軍事力としては当てに出来ませんし、シルーハや帝国の出方が分からない以上、四面に敵を抱える事にもなり兼ねませんので、私は現実的な面からオランの族民の申し出は断るべきと考えます」


 ハルの問い掛けににべもなく答えるシッティウスであったが、その表情は決して明るくはない。

 先程同様、額に手を当てているシッティウスの表情は苦渋に満ちている。


『しかし……ある意味好機では、あるのである。この機を捉えて、一気に北方をまとめ上げることは可能であろう』


苦しげにではあるがアルトリウスがそう言うと、シッティウスが言葉を捕捉した。


「残念ながらそのような余裕はシレンティウムのどこを探してもありませんな。大部族だけでも20余り、オラン全部族ともなれば族民数を考えてもざっと600万人ですぞ?今我々がどうにかこうにか同盟という形で繋ぎ止めている部族の族民達は全部で約180万人程度、その3倍以上の人々を抱え込む余裕なぞ、シレンティウムのどこを浚っても出てくることはありません」

「……ですよねえ……」


 ハルとてその辺の事情は十分に知っているが、自分達がシレンティウム同盟を立ち上げた意義や目的から言えば、オラン人の参加表明は本来喜ばしいことであり、歓迎すべき事であるはずなのだ。

 ただ、時期や情勢というものがある。


「……徐々に同盟を拡大していく過程でオラン人を取り込んでいくつもりだったんですが、これは少し早過ぎます。」

「そうですな、まずはクリフォナムの南部諸族をしっかりと固め、北部諸族を取込み、それから西への勢力拡大という形が望ましいでしょう。しかし今は東照やシルーハとの関係もはっきりとせず、帝国も内部的にきな臭いとあっては時期尚早と言わざるを得ませんな」


 ハルが思わずこぼすと、シッティウスも頷きつつその意見に賛同を示した。

 唸る他無いシレンティウムの首脳陣。

 無い袖は振れないのだ。

 第一未だ不完全とはいえ帝国が領有宣言を既にしているものの、実効支配は果たせていないという曖昧なオランの地域である。

 本来であれば辺境護民官が赴任してもおかしくない土地柄ではあるのだが、北辺山脈の北にあり、シレンティウムと比較しても帝国本土との交通の便は非常に悪いことから、なり手がいないのと支援のし難さから放置されてきたという経緯がある。


 そこに、たとえ同じ帝国に属するものとは言え隣接する地域担当の辺境護民官が手を出して良いのかという問題も存在していた。


「ハル、少し宜しいですか?」


 悩むハルをじっと見つめていたエルレイシアが、ゆっくり口を開く。


「エル……ああ、いいですよ」


 少し驚いたように言うハルにほほえみを向けながら、エルレイシアが言葉を発した。


「私は本来こう言うことを言う立場には無いことを承知はしていますが……一言だけ」


 エルレイシアは額を押さえているシッティウスや難しい顔をして腕組みをしているあアルトリウス、そしてハルを見て短く言った。


「助けを求めている者を前にして、迷わないで下さい」


 はっと顔を上げる3人に、エルレイシアはにっこりと微笑んで言った。


「それがこの街の礎であったはずです。ハル、あなたはみんなの協力を得てそれを実践してきました。規模が大きくなったからといっても、工夫次第でやりようはあると思います。どうかオランの民が上げている、救いを求める声を無碍にするような判断だけはしないようにして下さいませんか?」


 エルレイシアの言葉に現実と理想の狭間で悶える3人。


「うう、確かに助けを求めてくる者を拒むことは……」

『むう……太陽神官殿の申し様は一々ご尤もであるが……ううむ』

「ふむ……やり方次第、ということですか……」


 しばらく頭を捻った後にすっと席から立ち上がったシッティウスは、持参している資料から1枚の紙を抜き出した。


「アキルシウス殿、顧問官殿。一つ提案と言いましょうか、参考となります事例があります」


 そう言いつつ差し出したその資料には、帝国とかつて地方都市国家であったペルオンの間で結ばれた同盟協約の内容が記されていた。


 その資料に記されているのは

1 帝国とペルオンは帝国を上位とする同盟を締結する。

2 ペルオンは帝国の庇護下にある事を内外に宣言する。

3 帝国皇帝はペルオン市長を兼ねる。

4 ペルオンは副市長を首班とする行政府にて内政外交を独自に行うが、帝国に敵対する行為、施策、政策を行わない。

  また帝国と敵対する勢力に利する政策を行わない。

5 帝国とペルオンは交易、通信、人的交流について相互に障壁を設けない。

6 この同盟の有効期限は5年間。

  5年後に同盟もしくは編入について帝国とペルオンで話し合いの場を設ける事とする。

 と言うものである。


「ペルオンって、西方大陸に近い島にあるペルオン市のことですか?」


 ハルが尋ねると、シッティウスは頷きながらその資料の出所について解説を始めた。


「これはかつて100年前に成長著しい帝国が、西方大陸への進出を目論んで西方諸国の都市国家であったペルオンと結んだ同盟の内容を記したものです。ペルオンは西方諸国に対し優位性を保つ為に帝国の後ろ盾を必要としましたが、この当時帝国は現在のテッシア市を中心とするオラン人勢力と交戦中で兵を出す余裕がなく、有名無実ではありますがこの同盟を宣言することにより、帝国の後ろ盾を得た形になったペルオンは他の西方諸国から攻められなくなりました。若干手直しは必要でしょうがこの文章の“帝国”をシレンティウムに“ペルオン”をオランの各部族に変えれば宜しいかと」


 シッティウスの言葉に感心したように頷くアルトリウス。


『うむ、なるほど、オランの族民達がシレンティウムへ求めているものは、実際の庇護もそうであるが、今は帝国への自動編入を為さず、自己の平穏と立場を守ることであろうからな。これであればシレンティウムの負担は最小限で済む一方で、オランの族民達はシレンティウム同盟に参加しつつも自主性を保ち、更には帝国と一線を画せるわけである』


 資料をシッティウスに返しつつ、ハルが力強く言葉を発した。


「オラン人の代表者という者が誰になるのか、また部族別にやってくるのか、全オラン人を代表する者が現われるのか……それにシレンティウムに対してどういった要望や意見を出してくるのかまだ全く分かっていません。ですから、この話を進めるに当たってシレンティウムの基本方針として“来る者は拒まない”という方向で話を進めようと思います」

「……世知辛いことを申しますと、今検討した条件にて、という但し書きが入ってしまいますが、これは今のシレンティウムの勢力としての体力から勘案すれば当然です。また、第一同盟者たる6部族の面子も立てなければなりませんので、格下の条件提示は妥当なところであると思います………しかし曲がり形にも同盟を結ぶのですから、危険性もはらんでいることを理解して頂かなくてはなりませんが」


 シッティウスの最後の言葉にハルが渋い顔をして答えた。


「……たとえ援軍を出す約束をしていなくとも、オランの民が困っているのを見捨てられはしませんからね」


 ハルの言葉にシッティウスは珍しく笑みを浮かべ、徐に口を開いた。


「アキルシウス殿のご気性であればこその懸念ですな。しかしその様なことになった場合に補佐するのが私たちの役目でもあります。アキルシウス殿が理想と理念に向けて直走って頂ければ、現実面での補佐や助言は私を始めとする“なれの果て達”や顧問官殿、楓殿やルキウス殿、プリミア殿、それに細君になられたエルレイシア殿やその叔母のアルスハレア殿がしてくれます」


 シッティウスの言に大きく頷きながらハルに対して全員が口々に言葉を発した。


「もちろんです。私ハルの為ならなんだってします」

『言うまでも無いことである』

「友達も忘れんなよな!」

「私も及ばずながら、アキルシウスさんのお力になりたいと思っていますよ」

「当然でしょ?ハル兄の性格はボクが一番知ってるもん!」

「わ、私もお力にっ」


「シッティウスさん……みんな………」


呆気に取られるハルを余所に、シッティウスは笑みを浮かべたまま言う。


「全員が同じ気持ちと言うことです……自分も救われた身でありながらお恥ずかしい。このような根本的なことを忘れてしまうとは私もまだまだ修行が足りませんな。オランの民にはしばらくこの不十分な同盟で我慢を強いることになりますが“シレンティウムは見捨てない”と言うことを知らしめるのにも良い機会だと思います」


『うむ、シレンティウムは常に希望をもたらす存在であるべきなのである!』


 最後にアルトリウスが言うと、全員が意を強くした頷きをハルへと送るのだった。





 話は一旦オラン人の同盟参加から卑近なものへと移る。

 今日楓やプリミア、それにエルレイシアとアルスハレアを呼んだのは本来この用件の為である。


「新たな部署をいくつか増やしたいのですが宜しいでしょうか?」


 ハルの発言にシッティウスが片眉を上げる。


「むやみやたらと部署を増やすと余計な混乱を招きかねませんが……どのような部署を考えておられますか?」

「学習所担当と薬事院担当、それから情報庁です。ま、薬事院長は既にアルスハレアさんにお願いしてありますから、正式に長官に任命するだけです。もしくは学習所と合せても良いかもしれませんが、いずれにせよ正式な部署にしたいんです。」


「まあ、それぐらいであれば問題ありませんでしょう。既に薬師の方や治療術士の方もおりますし、その方達の給与を含めて予算も実質は行政府で出しておりますからな。それに発展し始めたシレンティウムの医療技術を生かすにはアルスハレア殿にもう少し裁量権を与えるべきでしょうからな」


 シッティウスが肯定的な意見を出したので、ハルも笑顔になる。

 そしてエルレイシアの隣に座るアルスハレアへと声をかけた。


「というわけで、学習所長を兼ねた薬事院長をお願い出来ますか?」

「もちろんです。フレーディアから移って以来御世話になりっ放しで心苦しく思っていましたので、私の得意とする分野で貢献出来るのは嬉しいことです。こちらこそ宜しくお願いします」


 にっこりと微笑みながら承諾したアルスハレア。

 これでシレンティウムに新たに薬事院長が誕生したのである。

 薬事院と学習所の話がつくと、ルキウスが口を開く。


「ハル、情報庁ってのは?ひょっとしてうちの仕事とも被るのか?」

「ああ、前に先任から聞いたんだ。結構間諜が入り込んでるって……」

『うむ、まあそうであるが…我がいる限りは何もさせんのであるが?』


 アルトリウスが何か問題でもあるのかと言った風情で言うが、ハルは首を横に振った。


「いえ、それだけではなく、こちらからも情報を取りたいのです。それに先任の様な人…でいいのかな?…がいない他の都市に間諜が入り込んでも困ります。どっちかというと間者対策の方が意味合いとして大きいですね」

「……しかし、そんな人員どうやって養成するんだ?こう言っちゃ何だが、帝国のその手の組合は良い評判は聞かないぜ?治安官吏とも度々衝突しているのは実際やりあって知っているだろ?あいつらは辞めた方が良い」


 ルキウスが言うのは、帝都の暗部として活躍する暗殺者や間諜の元締め達である。

 帝国は独自に諜報組織を持っているが、それに依存出来ない貴族から雇用されることが多く、殊に最近は貴族の横暴傲慢振りと共に雇われる機会も多くなり、急速に勢力を伸ばしていた。


 帝都治安官吏時代に平民指導者に対する脅迫や傷害、果ては殺人事件に絡んでハルやルキウスは武術に優れていたこともあって、度々制圧や衝突現場にかり出され、実際そのやり口や非合法振りが露わになる現場に居合わせたのである。


「いや、あんな使えない者を使うんじゃない。間諜の取り締まりや諜報活動はウチの楓がやる」

「へ?ボクが?」


 突然の指名に驚く楓を余所に、ハルは言葉を継いだ。


「これはあんまり余所で話さないようにして貰いたいんだけど、群島嶼制圧戦争で群島嶼の剣士達が度々帝国の裏をかけたのは地元で地理に精通してた他に“陰者”と呼ばれている群島嶼独自の諜報者集団がいたからなんだ。楓はこの陰者を10人程連れてきているから、この10人を基礎にしてシレンティウムで見所のある人間を育成すると同時に群島嶼から本職も呼ぼうと思ってる」

『ほう、群島嶼にはそのような者が居るのか、知らなかったのである』


 ハルの言葉に対し、アルトリウスが興味深そうな声を出す。


「ふ~ん、じゃあ諜者集団はそのカゲモノってやつを使って作るのか?まあ、帝国の組合を使わないんなら良いけどよ。あいつらなんか引き込んだら品性を疑われるからな」


 ルキウスは余程その手の組合に悪感情を持っているのか、しかめ面のままそう言うと、引き下がった。


「……確かに、陰者は戦争が終わって暇になっちゃってるけど、遠い此処まで来てくれるかな?」


 楓の言葉の通り、人手不足の秋留領でも陰者だけは手持ちぶさたにしている。

 諜報活動をする相手であった帝国が雇い主達の主人になってしまった、つまりは仕事が消滅したのであるから当然であるが、元々その性質から正面戦力としては考えられていなかったので、戦争による人的被害も少なく、人数的には余裕がある。

 なので、楓も10人もの陰者を引き連れてくることが出来たのだ。

 ただそれでも故郷を離れることを承諾してくれる者を探すのに苦労した楓は、その苦労を思い出しながらハルに言う。


「食べ物も全然違うしさ、陰道具1つとっても自作するしかないんだよ?そんな面倒な所へ来てくれるの他にいるかな?」

「それは聞いてみる以外にないだろう?」

「む~……わかった、ボクが陰者へ聞いてみるよ。こっちに来てる陰者の知り合いや一族で来てくれそうな人がいたら来て貰うけど良い?」


 ハルの言葉に、楓は自分がした苦労を分かって貰えていないと思ったのか少々不満げではあったが、ようやく折れて言った。


「ああ、頼む……それからプリミア」

「は、はい?」


 楓に陰者の招致を頼み終えたハルはプリミアに向き直る。


「プリミアには官営旅館に来るお客から聞き取り調査をして欲しい。とは言ってもそうあからさまにしなくても良いから、世間話や雑談の中で出てきた帝国やその他の国の情勢や都市の雰囲気、噂話何でも良いから集めて欲しいんだ。特に同じような話が何度も出た時は注意して情報を集めて貰いたいのだけれども……」

「分かりました…それぐらいであれば大丈夫です。普段からお客様とそのような会話はしていますから、それをまとめれば良いのですね?」


 プリミアはハルの頼みをごく自然に受け入れる。

 と言うのも、これまでも度々ルキウスが訪れてそう言った聞き取り調査をしていたからで、今までと変わるのはそれをあらかじめまとめておく事と、話の出所を確認する為に、誰から聞いたかを記録することである。

 補佐に付いているメテラも元は宿屋を経営していたので、その辺についての理解はあるだろう。


「受け取りは……」

「ああ、俺が今まで通り行くって、心配ないよ」


 少し戸惑って尋ねかけたプリミアにすかさずルキウスが答える。

 ほっとした様子のプリミアを見て、ルキウスがハルを見た。


「いいだろ?」

「…あ、ああ、ルキウスからも情報を貰うから、そこは今まで通りで構わないよ。」


 ルキウスの言葉に少し戸惑いつつ応えるハル。

 ルキウスは、自分とプリミアの様子をエルレイシアが微笑んで見ていた事に気が付いて思わず目をそらす。

 ハルがエルレイシアの意味ありげな視線に気付いて声をかけようとしたその時、会議室の扉が大きく開かれた。


ばんっ


そこに立っているのは、血相を変えたシレンティウム都市警備隊長のクイントゥス。


「どうかしましたか?」


 冷静なシッティウスの声に我に返ったクイントゥスは、失礼、と小さく言い置いてつかつかと軍靴を鳴らしハルへと近づく。


「フレーディア城代のベルガン殿から至急の伝送石通信が届きました。北部諸族の内、ポッシア族とセデニア族がハレミア人に敗れて蹂躙された模様です。2部族の生き残りは散り散りになって南へ逃れ出ているようで、既に大量の難民がフレーディアに溢れているとの内容が加えられています」



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