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第11章 シレンティウムの一年 秋・収穫篇(その1)

 秋口、シレンティウム郊外


 今日は待ちに待った収穫の日。

 大麦と黒麦がたわわに実るシレンティウム周辺の農場は、農民達の喜びの声で満ちていた。

 エルレイシアが行った豊穣祭は威力を十分に発揮し、シレンティウムは大豊作。

 ルルスもさすがにこれ程の成果が上がるとは考えていなかったらしく、検見を行った際には驚きを通り越して呆れた程であった。


 本来開拓したばかりの土地は地味が薄く、大豊作にまでは繋がらない。

 しかし、エルレイシアの豊穣祭とアクエリウスから得た肥料の御陰でシレンティウムはクリフォナムの族民達が今まで経験したことのないすさまじいまでの豊作となった。

 今年はルルスの施策により、小麦栽培をせず、それ以外の麦を栽培するという大胆な農業政策も成功の一因であろう。

 そして元来寒冷に強く泥炭地などの荒れ地でも育つ黒麦に、小麦より寒冷気候に強い大麦は、農民とルルスを始めとする農業庁の官吏達の期待を裏切るどころかそれ以上の収穫をもたらしたのだった。

 

 シレンティウム西農場のテオネルは、一家総出で収穫に勤しんでいた。

 テオネルが大鎌で麦を根元から刈り倒すと、少し離れたところから妻と子供達が麦を集める。

 数日間は刈り取り作業が一日中続くが、雨が降ることで麦が駄目になることを嫌がる農民達は一生懸命に麦を刈る。

 あちこちで似たような作業が行われており、シレンティウムは正に喜びの収穫期を迎えているのだ。



「すっごいね~むらにいたときだってこんないっぱい取れなかったよ~」

「すごいね~」


 テオネルが作業を一段落させると、腕に抱えきらないくらいの麦束を抱えた息子と娘がよたよたとテオネルに近寄ってきた。

 その後ろからは妻と収穫を手伝いに来た妹のティオリアが同じように腕一杯の麦束を抱えてにこにこしている。


「おう、ここは大神官様のお膝元だしな、おまけに…あんまり認めたくはないが帝国の農法の御陰でもあるか…」


 むせ返るような麦藁と土の臭いが立ちこめる中、近寄ってきた子供達の頭を撫でながら複雑な表情で妻とティオリアにそう言うテオネル。

 圃場整備や灌漑設備の整備の他にも、施肥方法や除草、栽培作物の選定に新しい輪作の導入など、今年は豊作の影響もあるので一概には言えないが、帝国の農法と技術によってシレンティウムは一般的なクリフォナムの農村に比べるとおよそ2倍近い収量を実現しているのだ。

 ちょいと娘の鼻の頭についた麦藁のくずを取ってやりながら、見渡す限り広がる黄金色の農場を見遣るテオネル。


 くすぐったそうに笑った娘が息子に誘われて走ってゆくのと同時に、シレンティウムの時鐘が鳴らされた。

 麦束を置いた子供達が昼の休憩が近いことを知って集まり始めていたのだろう。

 早速刈り入れの終わった農場へ向かい、追いかけっこを始める子供達。

 そこには一年前命からがらこの都市へ逃げてきたとは思えない程自然で、平和な光景があった。


「全く、ボレウスのクソ野郎に村を追われた時はどうなるかと思ったが……その追ったのと同じ帝国の辺境護民官に救われるとは…これも太陽神様のお導きか」


 テオネルが思わず言うと、妻がにっこりと微笑んでから口を開いた。


「そうね、太陽神様は子供も授けて下さったわ」 

「え?ホントか!」

「兄さんおめでとう、アルスハレア様の見立てだと、生まれるのは来年夏頃だろうって」


 驚いて妻の腹部を見るテオネルに、ティオリアが麦束をまとめながら言うと、テオネルは笑って妻を優しく抱きしめた。


「次も男の子が良いんだが…」

「あら?私はもう1人は娘が良いわ」


畑のど真ん中でイチャイチャする兄夫婦にティオリアが麦束を手押し車に積みながら苛立たしげに口を挟んだ。


「兄さん、義姉さんも!麦束どうするの~運んじゃうわよ!」

「……そういえば、お前はどうなんだ?」


 その声で気が付いたように言うテオネルにティオリアの手が止まる。


「えっ?」

「仕事大変そうだけど、クイントゥスさんちゃんと致してるのかしら…」

「…ええっ?」


 更に義姉が言葉を継ぐと、ティオリアが目をあからさまに彷徨わせた。


「今度言っとくか!」

「い、言わなくて良いからっ、ちゃんとしてるから!」


 兄の言葉に思わず反論したティオリアは、兄夫婦の意味ありげな含み笑いに自分が失言したことに気が付いた。


「ほう、ちゃんと、な」

「ちゃんと、ね」


「……ううっ、しまった」


兄夫婦に引っかけられてしまい、真っ赤な顔でうつむくティオリアだった。




同時期、コロニア・フェッルム


 鉱山の中はむっとするような熱気で包まれており、時折パラパラと土が崩れて降ってくる。

 じっとり汗を掻いたペトラは、同じように大汗を掻いている一族の男達と共にアルトリウスがかつて掘った坑道に入っていた。

 周囲は指向灯やカンテラで照らされているとはいえ視界良好とはいかない。


「初めて入る坑道は何時になっても慣れないね」

「全くです」


 ペトラの言葉に近くに居た一族の男が答える。




 ペトラ達はコロニア・フェッルムに到着してから直ぐにアルトリウスが掘ろうとしていた鉱山を改めて整備し直した。

 基礎が幾らしっかりしているとは言っても、40年以上整備も使用もされずに放置されていた坑道はあちこちが崩れて埋まり、設備は腐ったり傷んだりして使えなくなっていたのだ。

 坑道を拡張してから木材や石材で固め直し、支柱と枠の木材を交換し、排水道を掘り起こしてトロッコの軌道を敷き直した。

 そうして一通りの整備が終わってから、採掘を少しずつ開始したのである。


 北辺山脈の山麓に穿たれた横穴の先は、今までペトラ達が採掘してきた坑道に比べればそれ程深くはないが、地中に居るという圧迫感と暗闇は変わらない。

 ペトラ達の採掘師集団は革兜にごつい靴を履き、革の手袋をしている。

 もちろん円匙やつるはし、穿孔具を手にしていることは言うまでもない。

坑道の行き止まりに到着したところで、ペトラ達は分厚い鉄鉱石の鉱脈に行き当たった。


「これはすごい……」


 ペトラが思わず声を漏らす。

 長年採掘師集団の長を務めてきたが、これ程大規模な鉄鉱山にお目にかかることはそれ程ない。

一族の男達も皆同じ思いのようで、ゴクリとつばを飲み込んだりほうっとため息をつく声があちこちから聞こえてくる。


「よし、早速試掘だ、取り敢えず純度の高そうな鉱石を持って帰るよ」


 ペトラの号令で男達が動き出した。




 その後、銅鉱の坑道にも入り銅鉱石と鉄鉱石を採掘してきたペトラは、山盛りになったトロッコの山からそれぞれ1つずつ鉱石を取りだし、小さな木箱に入れて自室へと持ち帰った。

 そして、大切に保管していた鉄の箱を取り出す。

 厳重に封印され、鍵までかけられている鉄の箱。


 ペトラはその箱を開錠し、ゆっくりふたを開けると中から慎重に宝玉を取り出した。

 宝玉はきらきらと緑色の光を周囲に漏らしている。

 不思議な文様が幾重にも描かれたそのえも言われぬ美しさを持つ宝玉に、ペトラはそっと口を寄せて話しかけた。


「スフェラ、起きてくれるかい?仕事だよ」


 ペトラの声に反応し、光が大きく揺らめき、ふわりと大きな光が塊となって宝玉から飛び出した。

 光の塊は次第に輪郭を形作り、最後は緑色の身体をした美しい精霊となる。

 所々にきらきら光る鉱石のような物が張り付いているのと、身体や髪の色を除けば人と何ら変わりない姿をしているその精霊にペトラが声をかけた。


「おはよう、スフェラ」

『おはよう、ペトラ……って、随分早いわね?』


 周囲を見回して訝るスフェラへ苦笑を返しつつ答えるペトラ。


「ああ、色々事情があってね、早速で悪いんだが、仕事をお願い出来るかな?」

『ええ、いいわ』


ペトラが採掘したばかりの銅鉱石と鉄鉱石の入った木箱を精霊に見せる。


「どうだい?上手くいきそうかい?」

『うん、大丈夫、ここの鉱石は純度が高いからそれ程苦労しなくて済みそう』


 鉱石をじっと見つめてから軽く手を触れたり、離れて眺めたりしていたスフェラが言うと、にんまりと笑みを浮かべるペトラ。


「そうかい、じゃあようやく私たちも落ち着けるって訳だね」

『でも……前にも聞いたけど、私ここの土地に定着しちゃっていいの?そうすると私は他に移れなくなっちゃうわよ』


 手にしたそれぞれの鉱石を箱へ戻しながら、心配そうな顔で言う精霊にペトラは破顔した。


「良いんだよスフェラはそんな心配をしなくて、あんただって定着した方がより力を出せるし、暴走もしなくなるんだろ?」

『それはそうだけど……ペトラ達が居なくなるのは嫌よ?』


 緑色の精霊、宝玉の精霊スフェラは、美しい眉根を寄せて言うが、当のペトラはひらひらと手を振りあっさりと答える。


「大丈夫、居なくなりやしないよ、ここの御領主は随分と気前と気持ちの良い方だからね。私たちもようやく定住出来ることになったのさ」

『本当!?すごいっ』

「だから、あんたも普段から宝玉に封じておく必要もなくなった、これからは自由にやって良いよ、あんたが宿る物はここの大地で良いんだろ?これもお役ご免ってわけさ」


 ペトラがかざすのは複雑な文様が幾重にも刻み込まれている、かつてスフェラを封じていた緑色の宝玉。

 しかし今は光を失っており、空虚な緑色を映し込んでいるだけ。


『ええ……ありがとう、ペトラ』

「あははは、全く、最初は行き場がなくて仕方なしに昔なじみの嫌な奴に誘われるまま来たんだけれども、こんな良いことが待ってるなんてさ!全く持って嫌な奴だけど、感謝しなきゃね」


『喧嘩は駄目よ?』

「シッティウスと?」


 心配そうに言うスフェラにペトラは答えると同時に爆笑した。


『そ、そんなに変なこと言ったかしら…』


 契約者の爆笑に戸惑いを隠せないスフェラであった。



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