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第11章 シレンティウムの一年 秋・発展拡大篇

 シレンティウム同盟最前線の城塞都市、フレーディア


 第四軍団が盗賊討伐に苦戦している頃、フレーディアは一足早く秋の季節を迎えていた。

 風向きが西から北に変わり、更には北から届く風に冷たいものが混じり始める。

 小麦畑は早くも黄金色に色づいており、もう間もなく収穫期に入ろうとしていた。

 太陽神殿へ入った男神官はなかなかの力の持ち主だったようで、豊穣祭は族民達の満足のいく結果を生み、フレーディア近郊の収穫は例年通りの質と量が見込めそうである。

 

 相変らずベルガンは王の間での執務を行っているが、ハルの継いだ王位を象徴する玉座は空のまま。

 ハルから玉座を撤去しても構わないとの言を貰ってはいたものの、今現に王位に就いている方がいらっしゃるのだからと、ベルガンは撤去しないでそのまま残すことにしたのである。

 この措置について他の宮廷官や戦士達もベルガンと全くの同意見。

 残された玉座はハルがアルフォードから真っ当に王位を譲られたという証でもある為、ベルガンとしてはハルがフレーディアに滞在する際は玉座を使用して欲しいとまで考えていたものの、ハルは亡きアルフォード王に敬意を払ってという理由から使おうとしない。

 しかしこの謙虚さも実はフリードの族民達に非常に評判が良いのだ。

 フリード族の血を引くエルレイシアを嫁に迎えたことも相まって、フリード族におけるハルの人気と支持は徐々に高まり始めているのである。

 

 そしてそんな中、城代に任じられたベルガンは、フレーディアの街作りに手を付けることにした。

 ハルに以前から指示されていたこともあるが、頼りになる応援が到着したからでもある。

 その応援が今フレーディア城の王の間に到着した。


「私がフレーディア城代のベルガンだ、宜しく頼みたい」

「おう、ご丁寧にどうも、私がシレンティウム按察長官のティベルス・タルペイウスです。城代殿の噂は聞き及んでおりますぞ!」


 王の間に現われ、言葉と共に固い握手をベルガンと交わすのは、シレンティウム按察長官のタルペイウス。

 今回ハルから街道敷設事業担当と併せて、フレーディアの都市改良事業担当に任じられたのである。

 都市改良計画の主体はあくまでもベルガンであるが、計画立案と施工実施、更にはその助言をタルペイウスが行うことになっており、タルペイウスは帝国人の元退役兵からなる技師や官吏を多数率いてきている。


 翻って労働者はクリフォナムの民を雇うつもりであるので連れてきていない。

 これはシレンティウムの都市開発が一段落したからで、ハルから予算を気にせず存分にやって良いと言われ、タルペイウスは張り切ってフレーディアへとやって来たのだ。

 一方ベルガンとしては技術的なことや実施について口を出すつもりはなく、族民からの要望吸い上げや族民との折衝を自分が担当していくつもりである。

 そもそも優れた帝国の都市技術を解することは、いかなベルガンと雖も一朝一夕には無理であるからで、その辺は割り切って考える事の出来るベルガンは、早速その意見をタルペイウスに伝える。


「見ての通り、帝国で言うところのエイセイカンリも十分なされていない街で、甚だ恥ずかしい限りだが、是非お知恵と技術を貸していただきたい、折衝と要望の受け入れ、族民との仲介は私が担当するので、存分にやって貰いたい」


「お…なるほど、計画や施工については一任して頂けるということですな?」


 ベルガンの言葉に目を丸くして発したタルペイウスの言葉に頷きながら、ベルガンは言葉を継ぐ。


「無論だ、専門知識を要する事業に門外漢が余計な口出しをしない方が良いということは十分承知しているつもりだ。しかし族民達の習俗や権利に関わることも多々あるのでその辺は慎重にやって貰いたい」


 ベルガンの言葉に対してタルペイウスは厚い胸板をどんと叩き、にかっと男臭い笑みを浮かべて答えた。


「任せて貰いましょう、ここをきっと誰もが住み良い街にして見せますぞ!」

「宜しくお願いする」


 もう一度ガッチリと力強い握手を交わす2人の目には、初対面にもかかわらず確かな信頼があった。




 タルペイウスはベルガンとの打ち合わせを済ませた後、早速部下の1人とフレーディア城勤めの宮廷官を1人連れて街の視察に出かけることにした。

 ハルから聞いていたとおり、フレーディア市街の様相は芳しくない。

 ゴミと泥土に汚れた道と建物に、不十分な舗装と排水機構。

 低い土地は下水が溢れ、妙な臭いを放つ水たまりが出来ている。

 フリードの族民達は疫病に免疫でもあるのだろうか?

 これで夏場疫病を発生させずに乗り切ったというのだから信じられない。


 シレンティウムは大理石の白色に象徴される美しく清潔な街だが、タルペイウスのフレーディアに対する印象は“黒い都市”であった。

 城壁、街路、家、城、排水溝、人、全てが黒く汚れている。

 上水は井戸水頼りであるが、おそらくこれ程街が汚れていれば井戸水も少なからず汚染されているだろう。

 ベルガンが付けてくれた宮廷官に、タルペイウスは飲み水について尋ねた。


「ここらの井戸水はそのままで飲めるのか?」

「はあ、井戸水は必ず煮沸してから飲むように指導してはいますが…実際夏場などは生水を飲んで腹をこわしたり、病気になる者が多いです。フレーディアは少し川から離れておりますし、水汲みに行くのは大変ですので特に身体の弱い者や女子供は井戸を使う他ありません」


 宮廷官が答えると、タルペイウスは難しそうに唸る。

 やはり汚染はあるようだ。


「ううむ、水もまともに飲めんとは……」


 煮沸する燃料代も馬鹿になるまい。

 それなりに稼ぎのある者は良いが、貧しい者達にとって燃料費は大きな負担であろう。

 そうこうしているタルペイウスの目の前を、真っ黒になったクリフォナムの男達が通り過ぎた。


「あれは最近始まった石炭の採掘場に勤めている者達です」


 訝しげな視線に気が付いたのか、タルペイウスが質問するより早くその男達について宮廷官が説明する。 

 既に近郊では石炭の試掘が始まっており、革の兜を被り、厚手のシャツにズボンを身に着け、ブーツを履き、つるはしを担ぐ真っ黒に汚れた男達が多数出入りしている様子が他でも見受けられた。

 最寄りの炭鉱とフレーディアの間は街道で繋がれ、更にはシレンティウムまでの街道が現在延伸中である。

 恐らく来春頃には帝国風の頑丈な石畳で出来た街道がフレーディアとシレンティウムを繋ぐだろう。

 街道が完成し、輸送網が確立されればここで採掘された石炭がシレンティウムやペトラが市長を務めるコロニア・フェッルムに運ばれ、鉄鋼業が興されることになっている。

 しかし、差し当たっては……


「うむ、これはまず上下水道と風呂だな!風呂と美味い水の素晴らしさをフレーディア市民に教えなければ!!」


 タルペイウスは拳を握りしめて力強く宣言した。

 

 



 同時期、シレンティウム行政庁舎、工芸庁


スイリウスの呼び出しにより、ハルとシッティウスは行政庁舎の1階にある工芸庁の部屋へ向かっていた。

 そしてその後ろに何故かアルトリウスもくっついてきている。


『最近は間諜や刺客の侵入もなく、暇なのである』


 とは当人の言。


「そんなにたくさん来ていたんですか?」


 ハルが驚いて思わずそう聞くと、アルトリウスは腕を腰に当て胸を反らせて答える。


『おお、かなり入り込んでおったぞ。大概はあほ貴族に雇われたどうしようもない下手どもだったがな、幾人かは見所があるので今寝返らせてやろうかと思って泳がしているのである』

「……まあ、その辺は宜しくお願いします」


 ハルが半ば呆れ半ば感心した様子で言うとアルトリウスは胸を更に反らせて答えた。


『うむ、任せておくが良い!前回は間諜や刺客に随分と痛い目に遭わされたが、此度は我がしっかりと防ぎ止めておる故に、ハルヨシは裏を気にせず存分に政治に励むが良い!』




 ハル達が工芸庁の部屋に入ると、スイリウスは一瞬アルトリウスの姿にびっくりした顔をしたが、気を取り直したのか早速近寄ってくる。

 そして3人を促し来客用の机が置かれた場所へと案内した。


「アキルシウス殿、行政長官、顧問官殿も…一つ提案があるので、聞いて欲しい」


 言葉少なく話し始めたスイリウスは、ハルとシッティウスの前に1枚の羊皮紙で出来た広告宣伝紙を見せた。

 アルトリウスがその後ろから覗き込む。

 スイリウスが見せた宣伝紙の内容は、帝国やセトリア諸国で最も一般的な演劇の演目や役者名が記された物である。

 古典ともいうべき悲劇と喜劇、そして神話や英雄譚を元にした活劇を織り込んだ演目内容が記されており、顔料で色鮮やかに仕上げられた宣伝紙。


「…これは?」


 帝国とはいえ南方辺境出身で、あまり演劇には詳しくないハルがその宣伝紙を手に取り顔を横に向けると、視線を受けたシッティウスが頷きながら口を開く。


「ふむ、これは帝国でも人気のある演劇団の宣伝紙ですな。スイリウス工芸長官はこの一座をシレンティウムへ呼び寄せよというのですかな?」

『うむ、まあ妥当な演目であろう』


 更にその演目についてアルトリウスが感想を述べる。


「……そう、この他に帝国と東照の音楽団も招致したい」


 別の宣伝紙を2枚示しながらスイリウス。

 それを覗き込む3人の目の前には、西方共通語で書かれた音楽団の宣伝紙と東方語で書かれた東照の音楽団の宣伝紙が並べられていた。


「…工芸技術は、帝国からの技術吸収が上手く進捗しているので心配は無いです……縫製、織布、精錬、鍛造、鋳造、製材、木工、木細工、藁細工、編細工、鞣革、革細工その他諸々…については順調な発展をしている…日用品は全てシレンティウムで製造できるようになった」


 物珍しそうに宣伝紙を眺めている3人に、スイリウスは自分の指を折りながらシレンティウムにおいて目覚ましい進歩をしている技術や産業を言い並べると、一旦言葉を切ってから3人の反応を待って言葉を足した。


「…だから、今度は街に文化的な楽しみを持ち込みたい…もちろん、クリフォナムの吟遊詩人や音楽家もどんどん招致する」


 物静かではあるがどこか鼻息荒く意気込みを語るスイリウス。

 眼が分り易くきらきらと輝いている。


「しかし…招致した後はどうしますか?一年中シレンティウムで公演し続けるわけにはいかないと思うんですが…」


「拠点はシレンティウムに置いてもらって、東照やその他の北方辺境の町や村でも公演を行って貰います、これは文化事業の一環としてやりたいので…出来れば採算が取れるまでは行政府から援助したいです…」


 少しスイリウスの熱心さに気圧されながらもハルが疑問を呈すと、スイリウスがよどみなく答える。

 それが終わると今度はシッティウスがその隣で疑問を口にする。


「しかし本当に招致は可能ですかな?言っては何ですが、ここシレンティウムは帝国から見れば北方最辺境の蕃地、そんな場所へわざわざ来てくれる楽団や劇団がいるとは思えません、それとかかる費用はどのくらいになりますか?」


 シッティウスの疑問にも、スイリウスは動じた様子を見せない。

 それどころかわずかに微笑を浮かべている。

 顔を見合わせるハルとシッティウス、アルトリウスの頭に浮かぶ疑問符を見たかのように、スイリウスは徐に話し始めた。


「……招致は心配ない、おそらく2つ返事で応じるはず……」

「どうしてですか?」

「その劇団……帝国で演目に入れてはいけない事になっている“何もさせて貰えなかった英雄~平民将軍アルトリウスの活躍~”“ハルモニウム陥落”を公演して、帝国貴族から睨まれてしまった……」


 ハルの疑問にそう答えたスイリウスは、アルトリウスに物言いたげな視線を向けるが、当の本人はご満悦の様子で言う。


『ほほう、我の活躍を演劇にとな?なかなか見所のある劇団ではないか!是非にも招致すべきであるなっ!』

「……先任の?それだけで?」


 翻ってハルが言うと、アルトリウスを見ながらスイリウスが頷いた。


「そう、正に左遷劇団…私たちのお仲間…」

「……なるほど、そういう事情があるのであれば納得ですが…楽団の方は?」


 納得しつつもシッティウスの新たな疑問に、スイリウスは黙って楽団が発行した宣伝紙の一行を指で示した。

 3人が注目したその指先には“南方の勝利者、アルトリウス軍団の行進曲”と記されている。


『ほほう…これもまた、見所のある楽団であるな!』

「…先任ってそんなにダメなんですか…」


 やはりご満悦なアルトリウスであるが、一方のハルは少し痛ましそうに言うと、スイリウスも頷く。


「…ダメ」


 その言い方に引っかかりを覚えたアルトリウスが、抗議するように反論する。


『…ダメとは何であるかっ!それだけ平民の中で我の人気が高いと言うことであろうが。あほ貴族どもが勝手に我の人気の大きさにびびっておるに過ぎないのである』

「だからダメなのですな。今の貴族達はあまり平民の希望を煽りたくないのでしょう」


 シッティウスの冷静な分析に再び頷くスイリウスが言う。


「そう…お客の大半は平民、その要望に添うとこういう目に遭う……でもお客は取りたいから、こっそりやる、そしてばれてしまって、潰される。今の帝国の芸術界は酷い……だから、誘えば必ず応じるはず。費用も安く抑えられると思う」


「分かりました、ではその件はスイリウスさんの計画通りに事を運びましょう…そうか…先任のはダメなんだな」


 スイリウスがハルの回答に対して嬉しそうな笑顔で頷くと、アルトリウスを見つつぽそっと言葉を付け足す。


「うん、ダメ」

「ダメですな」

「ダメなんだ」


 続いてシッティウス、再度ハルが視線をアルトリウスに向けて言うと、アルトリウスはとうとういきり立った。


『…お主ら……我を見てダメダメ言うのでは無いわ!』



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