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第1章 シレンティウムの亡霊 その3

『ここが我が闘技場だ!なかなか良いだろう。』


 アルトリウスらに連れられてきたのは、軍団基地の北端に位置する闘技場跡地。


 跡地というには些か清掃が行き届き過ぎているきらいはあるものの、人が使っていない以上は、例え人であったモノが使っていたとしても跡地と言うほか無いだろう。


『貴官は闘気術を得ておるか?』


「ああ、あなたに効くかどうかは分からないが・・・」


 アルトリウスの問いに対してハルは自信なさげに答える。


 闘気術とは剣や拳に自分の闘気や戦意を込めて戦う術で、普段であれば剣の切れ味が増したり、剣や拳が直接触れられないような存在にもダメージを与える事が出来る。


 達人といわれる練度に達して初めて得られる術であるが、ハルは故郷でも十本の指に入る程の剣士であり、格闘家である。


 当然会得はしているが、死霊と戦った事はもちろん無い。


『やはりな、我の目に狂いは無かった、なに、会得しておるのであれば問題あるまい、我に触れる事が出来れば良いのだからな。』


「・・・そう言うあなたはどうなんだ?」


 ハルが疑問を呈すると、アルトリウスはにっと口角を上げて笑う。


『愚問であろう、我を誰と心得る?我は英雄アルトリウスぞ!我が剣こそ白の聖剣、身は滅せども武力と刃は衰えておらぬ。』




 アルトリウスとハルは一瞬視線を絡み合わせた後、闘技場の床に赤煉瓦で示された開始線へと付く。


 心底愉しそうにアルトリウスがしめやかな冷気をまとう剣を抜き放ち、声を上げた。


『では、新任辺境護民官殿の歓迎を兼ねた剣闘試合を開催する!』


 ハルはため息を一つつくと、エルレイシアが亡霊兵士達に監視されながらも無事な様子を目に留め、すっと腰の刀を抜いた。


『帝国直轄領アルビオニウス州がカストルムの城主、ガイウス・アルトリウス!』 


 その様子を見て満足そうに頷いたアルトリウスは、びしっと剣を立て、名乗りを上げる。


「・・・帝国新領ク州アキルシウス郷の地士、秋留晴義。」


 ハルは刀を肩口に構え静かに名乗りを上げた。


 ハルの名乗りに片眉を上げるアルトリウス。


『ほう、群島嶼連合の剣士か・・・なかなか強力であるとの噂を聞いてはいたが、手合わせするのは初めてだな・・・しかし新領とは、群島嶼連合も遂に帝国に降されたか・・・』


「不本意ながらな・・・。」


苦い物を口に含んだような顔で答えるハル。


 アルトリウスはその様子に何か感じる所があったのか、それまでの勢いある態度を改め、神妙に剣を構えた。


『では始めようか、ヤマトの剣士!』


アルトリウスが薄れた足で地を蹴り、ハルに躍りかかった。



 強力で押してくるアルトリウスをいなし、かわし、さばきつつ時折鋭く反撃を加えるハル。

 

 次第にその撃剣は舞のような華やかさを帯び始め、エルレイシアはもとより周囲を囲む亡霊兵士達も何時しかアルトリウスとハルの試合に見入ってしまう。


『うわははは!ここまでやるとは思わなかったぞ!!やるなヤマトの剣士よ!!』


「・・・英雄から褒められると悪い気はしないな。」


 何度か目になる間合いを取った瞬間に言葉を交わす2人。


『ふんむっ!!!』


「くっ!」


 がきんと互いの剣と刀を打ち合い、離れた後、2人は自然と距離を取る。


『・・・ふふふふ、試合はここまでにしよう、実に愉快な時間であった、礼を言うぞ!!』


「ああ、こちらこそ、ここまで必死に戦ったのは久しぶりだ・・・」


 アルトリウスが涼しい顔で宣言すると、ハルは肩で息をしながら応える。


 互いに開始線まで戻ると、一礼を交わして剣と刀を鞘に収めた。


 満足そうな笑みを浮かべる2人。


 ハルはどっかりと開始線にへたり込む。


「ハル!」


 試合が終わり、亡霊兵士達が包囲することを止めたため、エルレイシアはハルの下に駆け寄った。


「ああ、エルレイシア大丈夫だったか?」


「ええ、兵士さん達は私に指一本触れていません。」


「そうか・・・」


 確認はしていたが改めて無事を聞き、安堵の声を出すハル。


「ハルこそ、大丈夫でしたか?怪我をしていませんか?」


「ああ、大丈夫だ、随分手加減されていたみたいだ。」


 ぺたぺたとハルの身体を触りまくるエルレイシアの頭を軽く撫で、嬉しそうに驚くエルレイシアを余所にアルトリウスを見るハル。


『仲が良いな。』


「あ~そんな事は・・・」


「はい!」


 アルトリウスの言葉を否定しようとしたハルの言葉を遮り、へたり込んだハルに抱きつくエルレイシア。


 ハルはとっさにふりほどこうとするが、力を使い果たしていて果たせない。


 アルトリウスは少しうらやましそうな顔をした後、気を取り直して口を開いた。


『・・・まあ、武力についてはそう卑下したものでは無いな、辺境護民官殿は我が戦った強者の中でも3番目の内に入るだろう。』


「あ~光栄だが・・・もうこれっきりにして欲しいな。」


ハルの言葉にアルトリウスは頷く。


『うむ、心配せずとも良い、これで我が願いは成就された。』


 アルトリウスの厳かな声とと共に、闘技場の周囲に静かな光が満ちる。




「これは・・・?どういう事だアルトリウス!」


 闘技場の周囲から満ち始めた光はやがて都市の遺跡全体を覆い尽くす。


 都市の様子を満足げに眺めるアルトリウス。


『なに・・・我が第21軍団の引き継ぎ式が終了したのだ。』


「!?」


 エルレイシアにかじりつかれたまま驚くハルにアルトリウスは視線を戻す。


『実は新任軍団長と前軍団長で手合わせを行うのが我が軍団伝統の引き継ぎ式なのだ、我も前任者より手荒い歓迎を受けた、懐かしい思い出だ。』


 それまでの意気揚々とした様子はなりを潜め、落ち着いた武人の姿がそこにあった。


 アルトリウスは視線を亡霊兵士達へと向ける。


 ハルとエルレイシアが視線に釣られて目を向けると、兵士達が都市中から続々と闘技場へ集まってきた。


『悪いなハルヨシ、これで我を含めた第21軍団の全体が、お主の指揮下へ入った、そこで、だ、頼みがある。』


「・・・頼みとはなんだ?」


薄々アルトリウスの意図に気が付いたハルは、しかしその頼みの内容を尋ねた。


『長年此の地に縛られていた兵士達を解放してやって欲しいのだ。』


「・・・。」


ハルの予想通りの答えを口にするアルトリウス。


『都市を失陥させたのは我の責任であるが、我の拙い指揮に従い、最善を尽くして命を散らした兵士達に責任は無い・・・どうか故郷へと帰してやってくれぬか?兵士達が我に伴い呪を受けるのは理不尽極まりない所行だ、このとおりだ。』


 淡い光に包まれたアルトリウスは真摯な様子でハルに懇願し、頭を下げる。


『頼む、聞き届けてくれ!』

 


 しばし整列を始めた兵士達の様子と頭を下げるアルトリウスをぼんやり眺めていたハルは、かじりついていたエルレイシアを優しく離して立ち上がった。


 ハルはエルレイシアに一旦下がるように示し、アルトリウスを指揮官位置に整列を完了した亡霊兵士達の前に立つ。


 そしてしっかりとアルトリウスを見据えて命令を下した。


「アルトリウス前軍団長、人員報告を。」


『・・・っ!!おう!帝国北方守備軍司令部及び直轄、帝国第21軍団総員834名!欠員なし!現在総員834名整列完了!!!』


 予感に身を震わせ、アルトリウスがハルへ最後の人員報告を行う。


「軍団長代行職、ハル・アキルシウス辺境護民官の権限にて命を降す・・・40年間もの長きに渡る任務、みんなご苦労だった、第21軍団は本日をもって解隊、各兵士は速やかに復員せよ。」


 ハルの言葉に亡霊兵士達は一様に歓喜の表情を浮かべ、一瞬後、強い光を放ちながら次々と消える。


『ありがとう、最大限の感謝を送る・・・貴官の前途に幸多からんことを祈っている。』



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